第9話、愚か者には十字架を


「腕がっ! オレの腕がっ!」


 ヘーレ子爵は、右腕から無くなった手首の傷を見ながらヒステリックな声を上げた。


「き、貴様ら、何をしている!? このオレに刃を向けた不届き者を始末しろ!」

「おいおい」


 お前、その言葉の意味するところをわかって言っているのだろうな?


「つまり、ヘーレ子爵家は、ヴァンデ王国に正真正銘、反逆を企てたということだな。よろしい、一族郎党、処刑だ。ここで刃を向けてきたものも同罪とする!」


 俺は愛用の武器であるロングソード――カースブレードを向ける。


「ここで剣を抜かなかった者は、その一族もろとも処罰対象から外してやる。それでもかかってくるなら命はない。さあ、どうする!?」


 武器を抜きかけた騎士、兵士らが止まる。ヘーレ子爵は叫んだ。


「貴様ら! オレの部下だろうが! オレの命令に従え! ここでの命令の優先権は領主であるオレにあるッ!」


 こいつ、今ここで首を刎ねてやろうか? 王族に剣を向けるように命令となれば、完全に反逆じゃないか。


 と、そこへソルラが割り込むように、ヘーレ子爵のもとへと歩み寄った。


「失礼」


 次の瞬間、ソルラの鉄拳がヘーレ子爵の顔面を殴りつけ、その場に倒した。子爵の部下たちが動揺する。


「子爵様っ!?」

「神殿騎士、抜剣! 王族に仇なす不届き者を囲め!」


 ソルラの声に、弾かれたように剣を抜く神殿騎士たち。神殿騎士はヴァンデ王国の王族の部下ではないので命令権はないのだが、教会内で王族が死傷すれば、責任問題になる。


 子爵の部下たちは、武器を抜くこともなく引き下がる。ヘーレ子爵はその場で捕縛され、俺の前で膝をつかされた。


「さて、子爵。弁明を聞こうか」


 何故、こんな軽挙妄動な振る舞いをした?



  ・  ・  ・



「つまり、ヘーレ子爵。お前は、自分に心当たりがないという理由だけで、王族ではないと思い込み、私を疑ったわけか?」

「……はい」


 ガックリと肩を落とすヘーレ。俺は長椅子に座り、軽はずみな行動で、右手を失った馬鹿を見下ろした。


「腕を失えば、ショックも受けよう。正気を保てなかったのもわかるが、それ以前の問題で、私を偽者と決めつけて行動した。貴族でありながら実に浅はか。王族への侮辱に満ちている」

「……」

「なあ、ヘーレ。答えろ。王族の証である虹色の宝玉を見て、何故さらに前に出た。貴族ならば、たとえお前が知っている王族だったとしても、即刻打ち首になりかねない暴挙だとわかっていたはずだ。……まさか、お前は国王陛下を前にしても、同じことをするのか?」

「い、いえ、そんな滅相な――!」

「では、何故私にはしたのだ?」


 その言葉に、ヘーレは詰まった。


「偽者だと判断したから? いや、違うな。お前は俺を見て、本物かどうかなどどうでもよかったのだろう」

「!?」

「!?」


 聞いていたソルラや周りの神殿騎士たちがギョッとする。


「宝玉が本物でも、取り上げてしまえば関係ない。ここは片田舎。護衛のいない王族を始末しても、どうせわかりはしないと思ったのではないか?」


 偽者ならよし。本物でも口封じできる――そう考えたのだろう。地方の闇というやつだ。蒸発することはよくあることである。


「だから、こちらに考える間も与えず、無言で踏み込んだのだろう? 自分は貴族だから、問答無用で斬られることはないだろうと高をくくったわけだ」


 俺は、ヘーレを注視する。顔を上げられず、ガタガタと震えている子爵。


「お前はツイているな、右腕だけで済んで。本当なら首が飛んでいる」


 近衛騎士がついていたら、四方から剣で串刺しだったろうな。


「門番とのやりとりの報復か? いいや、それだけならお前自ら動くことはなかっただろうな。明らかに王族の証である宝玉に関心があったのだろう。腕を切られてショックを受けても、予め俺を殺そうと考えていたから、すんなり命令が出たのだ」


 ショックを受けた時こそ、本心が出るものだ。俺を殺そうと一度でも考えていたから、無意識にそれが口をついたのだろう。


 まあ、どう言い繕うとも、俺に刃を向けるよう指示を出した時点で、王族、国家、君主への忠誠義務に違反、つまり反逆罪である。


「王族に刃を向けたら、極刑は免れない。最期に言い残すことは?」

「お許しくださいっ! お許しくださいっ! アレス様っ!」


 左手で跪いて、頭を下げるヘーレ。


「魔がさしたのでございます! いえ、きっとオレ、いや、私は呪われておったのです! 悪魔の仕業ですっ! 私は王家に反逆する気などこれっぽっちもなかったのです!」


 おやおやおや……。何か言い始めたぞ。


「そうです! ここに来たのは、王族である貴方様に、領主としてご挨拶に参っただけなのです!」

「本当に挨拶するつもりだったなら、こうはなっていないだろう?」

「う……で、ですから、悪魔の呪いにやられていたのですっ! そうに違いありません!」


 ヘーレは必死の形相だった。死にたくない、その目は訴えている。必死に、必死に、必死に――


「ほう、呪いか」

「さ、左様です! 呪いです、全部呪いが悪いのです」


 いるんだよな、自分の犯罪の言い訳を呪いのせいにする奴。精神が病んでいて、自分の意思じゃなかった、知らなかったと逃れようとする愚か者。呪い持ちの前で呪いのフリをすることの実に愚かしいことよ。


「お前からは、呪いのオーラが見えないが?」

「そ、それは、見えないタイプの呪いなのです! ええっ!」

「そうかそうか、では仕方がないな。お前の呪いはどこだ? 頭か? そのせいで馬鹿になったのか?」


 一瞬ムッとした顔になりかけ、しかし愛想笑いを浮かべるヘーレ。


「は、はい! 頭でございます! 時々記憶が飛びまして……そうでなければ、貴方様の宝玉を取ろうなどと馬鹿なことは、するはずがありません――うっ」


 俺の左手が、ヘーレの額に触れた。呪いなんてないなー、おかしいなぁ。


「どうだ?」

「へ? あ、え――うっ!? あ、あがががががっ」


 ヘーレが頭を押さえてて、その場に蹲った。


「大変だ。ヘーレ、お前の頭に呪いのオーラが出ているな。どうやらお前の話は本当だったな」

「あ、はいっ、あ、あだだっ――ううっ!」


 脳に響く激痛の呪い。その呪いは、俺がため込んだ数ある呪いのうちの一つだ。


「それでは仕方がない、とっても仕方がない。私は寛大だ。お前をこの場で刎ねるのはなしにしてやる。さっさと帰るがいい」


 その呪いは、悪魔級の高度なやつだ。そこらの術者では解除できない。四六時中、痛みが取れず、死ぬまで苦しみ続けることになるだろう。気が狂うのが先か、自分から頭を割って死ぬか、好きに選ぶといい。発狂しながら果てろ。


 それにしても――


「ヴァンデ王国王族は、この五十年の間に、ずいぶんと舐められているようだ」


 俺とヘーレ子爵の間に、そこまでの確執も因縁もないはずだ。それにも関わらず、欲にくらんで牙を剥くとは、普段から王家を蔑ろにしているが故だろう。

 尊敬と敬意、忠誠があれば、こうはならなかったはずだから。

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