第8話、教会に行ったら、何か貴族がいた
「待たせたな、すまん」
酒場を離れて俺が謝ると、ソルラはブンブンと首を横に振った。
「いいえ! 大丈夫です。あれだけ救いを求めている人々がいたのですから、仕方ありません」
まあ、そうだな。途中でここまでです、って切るのも寝覚めが悪い。俺がここにいられるのはどれくらいかわからないわけで、また明日、なんて保証がない以上、呪いをここで解いてほしい。目の前で終了です、なんて言われたら絶望ものだろう。
「お体は大丈夫ですか?」
「魔法を使っているわけじゃないからな。呪いを取り込むのは、別に疲れないよ」
呪い解除の魔法は、呪いの程度にもよるが、強いものほど解除に魔力を使う。だから、運が悪いと一回の呪い解除で術者がダウンすることもある。
ソルラは神殿騎士だから、そっち方面も人より詳しいのだろう。だから俺を気遣ってくれたわけだ。あの列を独りで捌くのは、常人のレベルではないのは認める。
「あ、お金返すわ。周りから奢られたから、使わなかった」
呪いを解いてくれたお礼ってことで、俺は皆の奢りで酒を飲んだからな。借りたお金は、ソルラに返す。受け取りながら、彼女は言った。
「返礼というには、お気持ち程度のお礼ですね」
「ん? 奢りの話?」
普通に呪い解きに頼めば、この程度じゃ済まないから、釣り合いは取れていないと思われたんだろう。
「俺は単に呪いを食っただけだからな。こんなものでも充分だよ」
教会への道を歩く。もう深夜に片足を突っ込んでいる時間帯だ。
「かなり待たせてしまったな」
「大丈夫です。部屋を用意してあるので今日はそのままお休みください。王都へは、また明日ということで」
気をつかわせたかな。俺が五十年前とはいえ王子だったから、まずはゆっくり休んでもらおうっていう。……今はそんな疲れないんだけどな。
「今日は、感動しました」
ソルラがそんなことを言った。事務的に見えて、内心ウキウキしているような調子だ。
「さすがは、アレス様。伝説にあった通り、民のために苦労を厭わず、慈しみを持って接する……。神殿騎士として、私もそうありたいと痛感しました」
「伝説とか言うと、こそばゆいな」
一体どんな伝説だ? 知りたいような、知らないほうがいいような。いい風に伝わっている話って、原型以上に賛美したり、誇張されてるものだからな。聖人君子に祭り上げられたりなんてのは、たぶん俺じゃないから混同しないでほしい。
「今のうちに言っておくが、俺が呪いを回収したのは、そう仕向ける呪いのせいだ。民が救われたのは、俺自身の呪い、欲求を満たすついでだ。だから、そう聖人のように見ないでくれよ」
「わかりました」
ソルラは頷いた。……本当にわかってる? はいはい、あなたはそう言って、本当は民を救いたかったんでしょう――みたいな顔しているのは気のせいか?
ユニヴェル教会ヘクトンの町支部に到着すると……おや。
「こんな時間なのに、教会は盛況なんだな」
そんな皮肉が出るのも、教会入り口前に、数台の馬車と武装した兵士が複数いたからだ。俺の出迎えにしては、物々しいな。
「教会が手配したのか?」
「いいえ……。私が戻る前にはいませんでした」
ソルラは眉をひそめた。
「そもそも、兵士など呼んでいませんし」
「嫌な予感がしてきた。……心当たりは?」
「いえ、特に」
じゃあ、用件は、門でのやりとり――つまり俺絡みかな。
兵たちが警戒する。明らかに王族歓迎って空気じゃないな。だが神殿騎士であるソルラがいるせいか、彼らは道を開けた。部外者は追い返すって態度だったけどな。……こんな時間に教会を訪れる部外者もいないと思うが。
教会に入る。奥に祭壇と教会のシンボル。そして長椅子の列がずらりと手前から奥まで並んでいる。いわゆる礼拝堂だ。
「一体いつまで待たせるのだ!?」
奥から男の怒鳴り声が聞こえた。
「この私が、こうも待たされるとは! 無礼極まるだろうが! このクソボロ教会め! さっさと潰れてしまえ!」
どこかの貴族かな。しかし何とも聞くに耐えない言葉を吐くものだ。
周りには部下と思しき騎士と兵がいる。対峙しているのは、この教会の神官と、神殿騎士がやはり数名。ソルラが声を張り上げた。
「タローナ司祭様!」
「おお、ソルラ・アッシェ殿――」
呼びかけられた司祭が反応し、貴族めいた男と騎士たちも、視線をこちらに向けた。
「何事ですか?」
「こちら、この町の領主であるヘーレ子爵殿。ヘクトンに王族が参られたと聞いて、お訪ねになられたのですが――」
「ようやくお出ましか」
ヘーレ子爵という、三十代半ばと思われる男は、こちらへと歩き出した。俺に対して、胡散臭いものを見る目を向けている。まあ、騎士装備では、王族には見えないかな。
「失礼だが、貴殿が、ヘクトンを訪れた王族であるか?」
微妙に無礼な、しかし一応、礼儀を弁えたような調子で、ヘーレ子爵は聞いてきた。門番とのやりとりを思えば、否定するわけにもいくまい。
「そうだ」
「ふん……またまた失礼だが、貴殿の顔に覚えがない。名を聞いてもよろしいか?」
「アレスだ」
「アレス……」
ヘーレ子爵は、一度視線を落とし、しかし首を横に振った。
「私は、アレスという名の王族を知らないのだが? 王族の証とやらを持っているのだろう? 見せろ」
おや、随分と口調が横柄になった。どうやら子爵は、俺の名前を聞いて、こっちが嘘をついていると判断したようだ。しょうがない……。俺は王族の証明である虹色の宝玉付きネックレスを取り出してみせた。
ヘーレ子爵が、ツカツカと近づく。そんなに近づかないと見えないのか?
「一体、それをどこで手に入れた? それとも偽造したのか?」
子爵は手を伸ばして触ろうとした。ソルラが目を剥く。
「子爵!」
俺は剣を抜いた。そしてそのままヘーレ子爵の右手を切り飛ばした!
「う……?」
子爵は呆然とする。彼の右手首が落ちて、床を汚す。
「痴れ者め! 誰の許可を得て、王族の宝玉に触れようとした!? それでも貴族か!」
俺は一喝した。
王族の証明は、目で見るもの。それに触れるならば、持ち主である王族の許可を得なければいけない。これは常識以前の問題であり、それを破る者は王族の地位を簒奪せんとする反逆者と見なされる。即刻、首を刎ねられてもおかしくない暴挙なのだ。
普通に考えて、王族の持ち物に気軽に触れていいわけではないのだ。
「何故、王族の証に手を出そうとした? 理由の如何によっては、命は助けてやるぞ」
そう、普通なら、問答無用で殺されても文句が言えないほどの愚行である。
俺は、ヘーレ子爵を見下ろす。右腕を切り飛ばされて、子爵は傷口を押さえつつ呆然としている。
まあ、この不届き者は、俺を王族を自称する偽者だと判断したのだろうが、それは早計だったな。
王族を偽者扱いは、明らかに不敬罪だ。
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