第7話、王族の献身
「これは……いったい何ですか?」
女騎士の声がして、俺はちら、とそれを一瞥した。
「よう、ソルラ。お疲れさん」
「あの、アレス。これは何なんですか?」
神殿騎士殿は困惑していらっしゃる。俺は酒場にいて、マスターの用意してくれた葡萄酒で喉を潤しつつ、長蛇の列に対応していた。
そう、長蛇の列だ。
「呪いを解いてもらいたい人たちが、並んでいるんだよ。……ほら、爺さん、もう大丈夫だよ」
「ありがたや、ありがたや。本当にありがとうございます……」
俺がたった今、呪いを取り除いたことで、ずっと苛まれていた痛みが消え去り、ご老体が何度も頭を下げた。
「お大事に。……はい、次の人、どうぞ」
席を代わり、並んでいた町娘の番になる。どうしました――ああ、これは植物系の魔物の毒っぽいね。
まるで医者のように、やってきた呪い持ちを診ている。まあ、俺にできるのは、呪いを取り除いてやることくらいだけど。ソルラが控えめな調子で言った。
「アレス?」
「名前を呼んでくれたな」
ソルラには、普通の冒険者とか、そういう扱いでいいよ、と言ってあったけど、普通に名前で呼ばれるのは新鮮だな。
「俺を呼び捨てにしたのは、両親くらいだったからな」
「あ、えと……」
王族を呼び捨てにしたと気づき、ソルラの表情にさっと緊張が走った。ふふ――
「呼び捨てでいいよ。その調子だ」
責めてはいない。むしろ、若い娘から呼び捨てにされると、むず痒いな。何でだろう。新鮮なのは間違いないんだけど。
「ありがとうございますー! 痛みが引きました!」
「うん、お大事に。次の人ー――すまんな、ソルラ。この列が終わるまで待てるか」
「は、はぁ……」
「酒場の客の呪いを解いていたら、皆が酒を奢ると言い出してな。この町にいるのか、と聞かれたから、直に王都へ行くって言ったら頼まれたんだ」
ここにいないが呪い持ちの連中も助けてくれないかって。俺は呪いさえ喰えれば、時間以外は問題ないから、いいよって答えたわけだ。
ここはヴァンデ王国。俺の生まれた国だ。民が呪いに苦しめられていて、それを救ってやれるなら是非もない。
「それなんですが、アレスさん、様――」
「アレスでいいよ」
呼び捨てはまずいと思ったらしいソルラだけど、俺としては全然呼び捨てで構わないよ。
「何だ?」
「呪いを解除できる、のですか?」
「まあ、そういう解釈でいいんじゃないか」
正確には、呪いを喰って取り入れているのだが、呪いを取り上げられた人にとっては、解いてもらったのと一緒だからな。
正直に言えば、俺にかけられた呪いの一つが、周りの呪いを求めているせいである。ヘタに我慢するとむしろ衝動が強くなるから、それで大事になるくらいなら、積極的にやろうというわけだ。民の苦痛も消える、一石二鳥。
「こういう機会は普通はないからな。先に解いた客が、呪い持ちの知り合いにドンドン声を掛けたんだそうだ」
俺がこの町にいるうちにね。それが長蛇の列の理由。
今この酒場は、普段にないほど大繁盛している。陰気な雰囲気はなく、周りは賑やかで明るい。程度の差はあれ、差別され、苦労していた者たちが、その原因を取り除いてもらえて、気分がよくなっているのだ。
もう夜も遅くなりつつあるのだが、普段なら暗くなったらさっさと寝る一般人たちも、まだまだお祭りにいるようなテンションである。苦痛からの解放――こんなに嬉しいこともないだろう。
今でこそ俺は呪いに耐性があるが、悪魔を倒した後に受けた呪いは、時に夜も眠れないほどの痛みを伴った。だから気持ちはわかるよ。
・ ・ ・
何という方だろう――ソルラ・アッシェは、五十年前の王子アレスを見つめる。
ヴァンデ王国の災厄と言われた大悪魔の討伐に乗り出し、自身に呪いが降り掛かるのも構わずに、困難に立ち向かい勝利した英雄。
ソルラが神殿騎士になったのも、幼い頃から聞いた、英雄王子アレスの自己犠牲を伴う尊き献身と勇気に、強い羨望の感情を抱いたからだ。
思えばヴァンデ王国は、ソルラが物心ついた頃には、すでに暗い影がちらついていた。年々、生きるのが苦しくなるような話が増え、王都の人々から笑顔が消えていった。神殿騎士になり、地方を見て回った時も、町や村から明るい声が聞こえなかった。
重苦しい空気。停滞した世界。まさに息苦しい環境。
だがどうだ。復活したアレスは、英雄王子の伝説通り、気高く、民に優しく、献身的だ。ユニヴェル教会に属し、神に仕え、人々を救おうとする神殿騎士のソルラから見ても、まさに理想。
――彼こそ、私がなりたかった騎士そのものだ!
聞けば、町に済む呪い持ちが集まってきていると言う。皆、救いを求めているのだ。教会にも呪い解きがいるが、呪いのすべてを解いてあげられるわけではない。強力な呪いには手も足も出ないし、術者自身の数も足りない。
――教会は、呪いを解くのにお金を取っている。
お布施という形ではあるが、教会もタダではない。
もちろん理由はある。のべつ幕なしに解いてやることができない、術者の数にも限界がある、など。
呪い解きの術者たちが、仕事の外では疲れ果て、ぐったりしている様を見れば、ソルラとしても何も言えなかった。仕事とベッドを往復しているだけの彼らを見れば、多少お金をとっても仕方ないとも思う。
だがそれで、助ける相手を選定しているのも事実だ。お金がなければ、呪いは解いてもらえない。
つまり助けを求めたくても求められない人もいるということだ。
呪いは強烈なハンデだ。ものによっては実生活に多大な影響が出る。お金を稼げる状態ではない場合もあるし、差別で働けない場合も少なくない。稼げない、呪いが解けないの負の連鎖。
教会以外にも呪いを解くことができる者たちがいるが、要求される金額は、お布施など生易しいくらいに高額だった。好き好んで、呪いにかかわろうという人間など、そうはいない。だからこれもまた、仕方がないことかもしれない。
しかし、アレスは――王子殿下はどうだ。その振る舞いは、高貴な聖職者のようであり、嫌な顔ひとつせず、万人を受け入れる。
彼こそ、本物の聖者。民のために見せる献身的姿勢は、まさに王族。
ソルラは、歓喜の震えを感じた。英雄王子の伝説は本物だった。物語の英雄は作り話ではなかったのだ!
――あぁ、私、泣きそう。
本当なら、早く町の教会にお連れしなくてはならない。だが、列をなす民に穏やかに応対するアレスを見て、そして周囲の喜びの感情で溢れている民を見て、ソルラも静かに全員が救われるのを見守るのだった。
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