第6話、カース・イーター
酒場に踏み込み、カウンターでマスターに『金を貸してほしい』と頼み込む痩身の戦士。
剣をそれぞれの手に持った、見ようによっては強盗が脅迫しているような場面ではあるが、マスターはため息をついた。
「ポム、お前、また呪われたって?」
「ああっ! 今度は右手だっ!!」
ポムと呼ばれた戦士は、剣を持った右手を突き出した。もちろん刃をマスターには向けないようにしている。
そうしていると、店主を脅しつけているようにしか見えない。俺の目に、そのポムの手から呪いのオーラが見えた。
「持ったものがくっついてしまうタイプの呪いか」
俺が言えば、ポムは頷いた。
「その通りだ! ダンジョンで拾った武器が呪われてた!」
「あれだけ気をつけろと言ったのに……」
マスターが首を横に振った。ポムは唸る。
「気をつけていたさ! だけど、金がいるんだよ。左手の呪いの剣を引き剥がすのにさあ!」
「それで、今度は右手も塞がったと。馬鹿か?」
「うるせぇよ! なあ、助けてくれよ。両手が塞がってちゃ、メシも食えねえよ……」
いわゆる呪いの装備というものがある。呪いがこもって武器や防具を、一度持ったり装備したりすると、解除の魔法や祝福でもないと外せないっていうたちの悪い呪いだ。
片手が塞がるだけでも、日常生活に支障があるのに、両手が呪いで塞がるのは、もはやひとりだと食事にも困るというもの。身体能力は健康であっても、人に助けてもらわなくては生きていけず、餓死するのだから恐ろしい。
で、その呪いを解いてもらうには、教会だったり解除魔法を使える魔術師に助けを求めるわけだが、基本有料。呪いを解く魔法というのは、術者にも高度な能力と相当な魔力を必要とするから、治すほうも簡単ではないのだ。
それで金が払えなければそのまま……。呪いの種類によっては、人を狂わせたり、毒として体を蝕むこともあるから、最悪その部位を切り落とすことにもなりかねない。
ポムが必死になるのもわかるというものだ。この酒場にいるのは、比較的軽度な呪い持ちなんだけど、他人事だって笑ってもいられないわけだ。
ま、ちょうどいい。情報代の代わりに貸しを作ってやるか。
「話に割って入るのは失礼と思うが、ポム。ちょっといいかな?」
俺は、マスターとポムの間に手を差し入れた。怪訝な顔になるポムに、俺は右手を差し出した。
「俺はアレス。旅の騎士だ」
何か言われる前に名乗っておく。こういうのは不審を抱かれる前に話を進めるに限る。
「どうも、アレス。……英雄と同じ名前なんだな」
「ああ、五十年前の、だろ? そう、それと同じアレスだ」
俺の差し出す手に、握手で応えようとしたかポムは手を出しかけ、剣を握っていて握手できない。
「すまないが、手がこのザマでね。まさか、あんたが呪い解きの金を工面してくれるってのか?」
話に割り込んだ俺に期待の眼差しを向けるポム。
「残念ながら、俺も人から金を借りている状態で、人に貸すお金はないんだ」
ポムの右手を俺は包み込むように無理矢理、握った。
「……!」
「知っているか? 大抵の呪いってのは人に伝染すことができるんだ」
俺は、右手でポムの右手の指を剣から引き離して、左手てその剣を取り上げた。
「ほら、これで右手は自由だぞ」
「マジかっ!? 嘘だろっ、ひぃぃやっほぉぉっ!」
奇声を上げるポムである。よほど嬉しかったのだろう。周りは驚いた。
「ほら、左手も出せ。そっちも解いてやる」
「マジかよっ! 凄ぇ、あんた呪い解きなのか!? ありがとうっ! 本当にありがとうっ!」
歓喜し、目に涙を浮かべるポムの左手から、呪いの剣を取ってやる。自由になった手を、信じられない面持ちで見つめ、ポムは指を握り、次の瞬間跪いて祈りの仕草をとった。
「ありがとう、あんたは神様だぜ! 金はないが、何か恩返しさせてくれ!」
「そうか。じゃあ、俺と世間話に付き合ってくれ」
「お安いご用だ。……で、何をしているんだ?」
ポムは俺の隣の席に座った。俺は二振りの剣をカウンターに置いた。
「あんたは、呪いでくっつかないのか?」
「俺も呪い持ちだからな。多少の呪いは、俺の持っている呪いで殺せる」
それだけ悪魔の呪いが強いってことなんだけどな。
「で、この呪われた剣の呪いを俺が吸い取ったら、この剣は普通の剣になるってことさ。武器屋に売れるぞ」
呪いの武器は普通の店ではお断りされるだろうが、呪いがなければただの武器だからな。
「呪いを食ったら、こいつはあんたに返すよ。使うなり、借金返済するなり、好きに使え」
「いいのかよ?」
ポムは目を丸くする。
「それを取ってくれたのはあんただ、アレス。その剣の処分はあんたがしてもいいだぜ?」
「俺は、ちゃんと武器があるからな。これなどより、もっと強い呪いがあるやつが」
「お、おう……」
俺の腰に下げている剣、それを見やり、ポムは息を呑んだ。
「でも、剣が外せなくなるだけの剣でよかったな。血を見るのが好き過ぎて、人を斬らねば収まらない妖剣の類いだったら、あんたは今頃、誰かを殺し殺されてたかもしれないぞ」
真っ青になるポム。そして気づけば、俺たちの元に、酒場にいた客たちが集まってきた。
「な、なあ、あんた、呪い解きなのか?」
「アレスだ。呪い解き、というか呪い喰いだな」
答えると、客たちは顔を見合わせた。
「呪い喰い?」
「人の呪いを見ると、すこぶる取り込みたくなるっていう――これも一種の呪いだよ」
五十年前に倒した悪魔の、俺に刻んだ呪いだ。その意図は、人の呪いをたくさん取り込んで、もっと苦しめってやつなんだが……。他の悪魔たちの呪いを受けていたら、いい感じに中和されているのか、俺はすこぶる元気だ。混ぜるな危険ではなく、混ぜたら奇跡が起きたって類いの。
ポムが恐る恐る言った。
「他人に呪いが伝染せるって言っていたけど、あんたは呪いを取り込んでも平気なのかい?」
「ま、見ての通りさ。だから――」
俺は椅子を回して、集まってきた人たちを見回した。
「金は取らないから、呪いを喰ってほしいって言うなら言ってくれ。俺が取ってやる」
酒場にいた呪い持ちたちが押し寄せた。……まあ、こうなるよな。大なり小なり、苦しめてきた病気みたいなもので、一度ついたら簡単に外せない。それがなくなるって言われれば、な。
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