第10話、教会で一泊
ヘーレ子爵は頭を抱えて、教会から出ていった。俺は、子爵の部下たちに告げた。
『その呪いは、強力な悪魔の呪いだ。近づくと伝染するかもしれないから気をつけろ』
自称の通り、ヘーレは呪い持ちになった。世間では呪い持ちというのは、差別される傾向にある。
呪いの痛みに苛まれる彼に対して、周りも距離を取らざるを得ないだろう。……ヘーレは呪いを解こうと、幾ら金を積んでも解除に尽力するだろう。
ま、無駄なんだけどね。そんな簡単に解除できる呪いなら、五十年前に俺が呪いを抱えて、戦い続けることもなかった。つまり、そういうことだ。
彼が正気のうちに、ヘクトンの町に現れた呪い解きの噂を聞くかもしれない。呪い持ちが集う酒場で、その呪いを取り除いた凄腕の呪い解き――それが俺だとわかった時、奴は絶望するだろうな。
まさか自分が葬ろうとした相手が、自分を唯一救うことができるかもしれない男なんて。恥も外聞も捨てて、俺に謝り倒すかな? それとも諦めて人生を捨てるかな? ……俺に殺意を向けたのだ、己の愚かさを『呪う』がいい。その呪いがお前を殺すのだ、ヘーレよ。
「アレス様」
ユニヴェル教会ヘクトンの町支部の司祭――確か、ソルラは『タローナ司祭』と言っていたな。白い髭をたっぷり蓄えた小柄なご老体が、俺のもとにきて頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ユニヴェル教会タローナと申します」
「これはご丁寧に。アレスだ」
「おおっ、アレス殿下っ……」
タローナは、急にその場に膝をつく。
「五十年前、出征される殿下のお姿を覚えております。よくぞ、よくご帰還くださいました……」
感無量、と言わんばかりに目に涙を浮かべる司祭殿。うむ、俺のことを知っていたか。まあ、外見からの推測になるが、五十年前といえば、この御仁が十代くらいかな。その年頃なら、俺を実際に見た者もそりゃいただろう。
手を差し出したので、握手かなと呪いの影響のない右手を出したら、両手で包まれるように握られた。
「殿下に後を託されながら、私たちが不甲斐ないばかりに、今のヴァンデ王国は腐敗と不法がまかり通ってしまっております。……本当に、申し訳ございません……!」
タローナは泣いた。この国の近況は、ソルラからざっと聞いているが、司教も思うところがあるのだろう。……周りの神殿騎士たちも、何だか悔しそうな顔をしている。
「苦労をかけたな」
少なくとも、先ほどのヘーレと違い、この国を憂い、忠節を持っている。聞いているような王国の惨状ならば、こういうまともな人間の精神をかなりすり減らしてしまっているだろう。
「俺が全てをどうこうできるわけではないが、俺のいない間、よく頑張ってくれた」
「勿体なきお言葉にございます」
「うっ――」
神殿騎士たちまでもらい泣き。ヴァンデ王国で、まともな組織と言われているユニヴェル教会。酒場で聞いた話だと、領主の悪口はあったが、教会に対してはさほど批判的な声はなかった。……もちろん、皆無ではなかったけど。
「さて、語り合いたいこともあるが、今宵はもう遅い。明日の業務に差し支えてもよろしくない。ここまでとしよう」
「はい、殿下」
タローナな恭しく頭を下げた。
「お部屋を用意してございます。粗末ではありますが、どうぞお休みくださいませ」
「ありがとう」
久々にベッドで眠れそうだ。……はて、俺はこの五十年、どう眠っていたっけ? 思い出せない……。
・ ・ ・
翌朝、外は快晴。誰かが起こしに来るでもなく、目が覚めた。
上着を脱いで寝たが、改めて自分の体を見下ろす。無数の呪いが刻まれている。オーラはある程度抑えられるが、この呪いの模様はな……まるで入れ墨だ。幸い顔などに出ていないから、服を着て鎧を纏えば、傍目からはわからない。
その時、扉がノックされた。
「はい」
『失礼します』
ソルラの声だった。扉が開き、桶を手に持った神殿騎士殿が入ってきた。
「おはようございます、殿下……って、ああっ!? 失礼しました」
俺が上半身裸だからビックリしたかな? 城にいた頃は、侍女らにそんな反応されたことはないんだけど……。意外とウブなのかね、ソルラは。
「水桶か。ありがとう。ちょうど体を拭こうと思っていた」
俺は気にしないという態度で、彼女を招いた。安心してほしい。着ていないのは上だけで、下はちゃんと身につけている。
「し、失礼します」
生真面目そうなソルラだが、声が裏返っている。そんなに緊張するものかな?
「そこに置いてくれ」
「はい……」
「どうした? 男性の裸は初めてか?」
「は、裸!? ……え、いえ。同僚が訓練の後、急に脱いだところとかは、見たことがありますが」
そういう答えが帰ってくるとは……。ほんと、真面目だなぁソルラは。
「怖いか?」
「はい?」
俺が、背中を見せつつ、指で指し示す。肌に浮かんでいる呪いの模様。
「それも呪いなのですか?」
「ああ、悪魔どもを倒した後、向けられた呪いが俺に突き刺さって、こうなった」
防具を身につけ、護符や魔法で対策しても貫通してくる呪い。程度の差はあれど、厄介なものである。
「呪いのオーラは、左腕だけ……?」
「いや、そちらに集めているだけ。普段は――」
意識しないと、全身から湯気のように黒い呪いオーラが出てくる。その光景に、ソルラが「うっ」と思わず引いた。
「大丈夫だ。こちらでも制御している。触れなければ、そうそう他人には伝染らない」
「そうですか……」
沈黙。まあ、気まずいだろうな。俺は布を水桶に浸し、水気を絞って体を拭いた。
「それで、他に用件は?」
「あ、はい。これからのご予定です。タローナ司祭様と談話。その後、殿下がよろしければ地下転移門を用いて、王都へ転移します」
「了解した」
転移門――文字通り、転移のために使われる門。転移門同士の間でしか使えないが、これを保有するユニヴェル教会は、それで身分の高い神官や、神殿騎士たちが移動に利用している。
これを使えば、辺境であるヘクトンの町から、王都へ一気に飛べるのだ!
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