第11話、王都へ


 タローナ司祭と話をした。大まかにソルラから聞いていた話との齟齬はなく、彼女も知らない昔話も、頭に入れておく。


 俺にとっては空白の五十年。だがタローナは、その間も普通に生きてきた。年々、このヴァンデ王国の空気が悪くなっていったようだが……。王族の端くれとして、聞いていて心が痛む。


 一番の原因は、隣国からの圧力。これにはヴァンデ王国も大変苦慮しているらしい。そんな状況下でも、教会が王国を見捨てないのは、隣国――ガンティエ帝国とユニヴェル教会は明確な敵だからだ。


 要するに宗教戦争。ユニヴェル教会は、帝国の絶対潰す敵リストに入っているのだ。だから教会側から歩み寄ることはない。途端に解体、弾圧されるからだ。解体だけで済めば御の字。関係者全員の首を吊るなんて当たり前のようにする連中である。


 とりあえず、隣国が元気なうちは教会は味方だ。ヴァンデ王国が見捨てられる時は、教会が国外へ逃亡するくらいだろう。


 閑話休題。


 会談の後、俺は、教会地下にある、関係者しか利用できない転移門に移動した。これを使って、王都にある教会まで一瞬で移動だ。


「アレス様の御無事を、何よりお祈りしております」


 別れ際、タローナ司教は言った。


「アレス様に拝謁でき、恐悦至極にございました。御壮健でありますよう」

「あなたもな、タローナ司祭」


 老いてなお、民を導き、守ってきた。至らぬこともあるというが、彼のできる権限の範囲において、尽くしてくれたのは間違いない。その日々を考えれば感謝しかない。……たとえ、教会の教えに従っただけだとか、王国と利害が一致していたから、だとしても。


 俺は転移門を見やる。高さ3メートルメルトほどの門。青白い光に満ちたその中へ踏み込めば、そこは王都となる。

 俺は、ソルラを見やる。


「行こうか」

「はい、アレス様」


 ソルラ・アッシェは、元々王都の教会所属の神殿騎士だという。彼女と所属部隊を派遣したのは、王都ユニヴェル教会の大司教ガルフォードだと聞いている。……あの人、まだ生きているのか。いや、さすがに親族とかだろう。俺の知っているガルフォードといえば、五十年前時点でも40を超えていた。



  ・  ・  ・



「お待ちしておりました、アレス様」

「……ガルフォード、大司教」


 わお。歳を重ねているが、俺の知っているガルフォードだとわかる高齢の男がいた。衣装の模様の豪華さは、大司教で間違いない。周りにいる神官たちも、ゲートをくぐった俺に頭を下げている。


「おお、覚えていただけているとは、まことに光栄」

「忘れるわけがない」


 この人には大変お世話になっていたからな。そのガルフォードは一礼したまま言った。


「この日が来るのを、一日千秋の思いで待ちわびておりました。殿下のご帰還、お慶び申し上げます」

「大儀」


 待たせたな。と言いたいところだが――


「楽にしてくれ。……私が戻ってくると本当に信じていたのか?」

「亡くなられたわけではありませんから、このような日が来るという予感はありました」

「神のお告げか?」

「そのようなものです」


 ガルフォードは、うっすらと笑みを浮かべた。……これだ。タローナ司祭は無害そうな表情だったがのに、ガルフォードがやると、何か腹に抱えているのではないかと勘ぐってしまう。


「幾つになった?」

「先日、九十一になりました」

「本当か? 私の目には、ひいき目に見ても六十代だぞ」


 九十の老人には見えないのだ、このガルフォードという男は。

 髪は白いし、顔には皺も刻まれている。だが重ね着して重いだろう大司教の装いをまとっても、なお背筋が伸び、俺と並んで歩いても、その歩調は成人男性のそれと変わらない。


「神への祈りを欠かさないと若返るのかな?」

「さあて、どうでしょうな。しかし私のことを仰るならば、アレス様も七十代には見えませんな」


 それを言われると、俺も苦笑するしかない。


「いや、俺には七十代という認識はない。あれから五十年経ったというのが、まだ信じられないくらいだ」

「左様で。つまり、二十代のままで止まっている、ということですかな?」

「それが正しいと思う。その五十年の記憶がないからな」


 ただ、俺の中の呪いのせい、だとは思うがな。俺が覚えていない、知らないと言ったところで、この世から五十年の間、消えていたわけでもないだろう。


 ……あまり考えたくないが、呪いによる不老不死っぽくあるんだよな、俺の体。外見が二十代から変わっていないってのもあるけど、俺の動かせる呪いの中にあるんだ。不死の呪いってやつが。


 地下の転移門の部屋を出て、聖堂へと出る。さすが王都教会、いや大聖堂。広くて、また天井などに描かれた画や、至る所にある規則正しい模様やレリーフも荘厳の一言だ。ただ、昔きた時より、若干くすんだかなとも思う。しっかり五十年の月日は流れているのだ。


「ソルラ・アッシェは、よくやってくれた」


 俺は、ガルフォード大司教を見る。


「彼女の部隊は全滅してしまったようだが、目覚め、復活の後の俺を導いてくれた。聞けば、神殿騎士を派遣したのはあなたらしいな」

「捕らえた邪教教団の手の者が、あなたの祠で何やら儀式をするなどと漏らしましてな。英雄の魂をどうこう、と宣ったので、我らが英雄への冒涜を阻止するために、部隊を送りました」


 ガルフォードは足を止めて、やや距離を置いてついてきていたソルラを見た。


「よく任を果たした、ソルラ・アッシェ。ここまでよくアレス様をお連れした」


 ソルラは胸に手を当てて、深くお辞儀をした。俺は大司教に言う。


「俺がこうして再び聖堂に足を踏み入れるなんてことは、想像外だったんじゃないか?」

「ええ、まあ。もっと違う形でご帰還なさると思っておりましたから。今日この時とは、思っておりませなんだ」


 ガルフォードは真顔になって歩き出した。


「アレス様もすでに聞き及んでおるでしょうが、今、この国の状況はよろしくありません。害意が人々を苦しめ、王国を崩壊へと導こうとしている」


 大聖堂の窓から、王都の景色を見やる。

 俺は眉間にしわが寄るのを感じた。五十年前にはなかった巨大な物体が、ドンとそびえ立っている。


 魔の塔ダンジョン。忌まわしき呪いの象徴が、王都に存在していた。王国に暗い影を落とさせる一端がこれだ。

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