第12話、魔の塔という呪い


 ダンジョンと呼ばれるものがある。


 洞窟であったり遺跡だったりと様々だが、大抵は魔力が多い、吹き溜まりのような場所に発生する。


 その発生原因は、魔法生物とされるダンジョンコアなるものが根を張った魔獣の巣、という説が有力だ。


 これらは魔獣や魔物を生み出し、テリトリーを広げながら周囲に害をもたらす。人間側も、それらダンジョンの猛威に対抗するべく、討伐したりするわけだが……。実は旨みも存在する。


 ダンジョンは、宝石やら魔石、希少な植物なども発生し、金になる資源も生み出す。故に刈り尽くさず、ほどほどに共生しようというのがもっぱらである。


 そしてこれらダンジョンで、魔物討伐だったり、資源採集などの仕事をする人々を、冒険者と呼んでいる。


 さて、ダンジョンにも色々あるのだが、その中で厄介なものも存在する。『魔の塔』ダンジョンは、その最たるもので、一説には自然発生ではなく、人工的に作られたもの、と言われている。


 そしてそれを作っているのが、邪教教団モルファー――邪神復活を企む連中である。


 この塔型のダンジョンは周囲から魔力を集めている。邪神を復活させるためには、莫大な魔力が必要らしい。


 当然、こんなものを設置されたら、大抵の国が排除しようとするわけだが、このダンジョンの制御は、塔の奥深くであり、これを踏破しなくてはならない。


 中は異空間であり、外観以上の広さと、強力な魔物が跋扈する。そこらの軍隊では束になっても突破できず、死体は魔力に変換されて、かえって塔の魔力集めを手伝う羽目となる。


 面倒なのは、塔の外からの攻撃して破壊する手段がないことであり、つまりは中に入ってダンジョンを制するしか解決方法がないときている。

 それは、このヴァンデ王国も例外ではないということだ。


「邪神復活に必要な魔力の量が、どれほどのものかはわかりませんが――」


 ガルフォード大司教は、王都北東側に生えている邪な塔を凝視する。


「あそこに塔が発生して、はや三十年。いつ塔が役割を終えて邪神が復活するか、まったく見当がつきません」

「明日からもしれないし、一カ月かもしれない。一年後かもしれないし、あるいは十年後かもしれない」


 俺が頷くと、ガルフォードは目を鋭くさせた。


「最近では王都の民も、いつか来ると予感しつつも、この状況に慣れてしまっております。無理もない話です。毎年毎年、来るぞ来るぞと言われ、結局、一年が過ぎていく」

「それが来るのはわかっていても、予兆もなく、平穏であるならば危機感も薄れる、か」


 今こうしている間にも、邪神復活の時が来るかもしれない。ただそれをずっと怯え続けることもできない。何もないまま三十年か。事態は間違いなく悪いほうに行っているのに、対策されない、か。


「塔の攻略は?」

「王国軍は、ここ数年は動いておりません。大規模な攻勢は、この三十年で五回。いずれも失敗に終わっております。最近では、貴族たちも討伐軍への参加を渋っております」

「冒険者は?」


 ダンジョンを職場にしている連中はどうなのか。あの手のダンジョンは、深い場所ほど危険度が増すのだが、見返りも大きい。一攫千金も夢ではない。


「正確な情報はわかりませんが、40階層辺りまでは到達した者がいるようです。ですが、まだ最深部ではないようで」


 果たして、どれほど深いのか。


「まあ、このまま放置ってわけにも行かないな」

「はい。邪神復活は何としても阻止しなくてはなりません。あれは、この世の終焉を意味します」


 ガルフォードは真剣そのものだった。


「その塔攻略には、俺も行こう。さすがにアレを見て、何もしないわけにはいかない」


 五十年前を思い出す。ヴァンデ王国を滅ぼしにかかる悪魔たちを討伐して回った日々。呪いをたっぷりもらう結果になったが、少なくともその時、王国は助かった。今度は、悪魔がダンジョンに変わったという話だ。


「アレス様が向かわれますか。それはここ最近で一番の朗報でございましょう」

「煽てても何も出ないぞ」


 俺は苦笑する。


「王族として、当然の義務というやつだ。国の一大事だからな」

「左様で」

「それはそれとして、一度ヴァルム……国王に会っておかないとな。王国側での現状も知りたいし、隣国との問題もあるからね」


 ここ最近、王国軍の動きがないとはいえ、計画があるなら便乗参加するなんてこともある。何か魔の塔ダンジョン攻略に向けての情報があるかもしれないしな。


 ガルフォードの表情は僅かに曇る。


「では、王城に先触れを出します。ここのところ、ヴァルム陛下におかれましては体調が優れないとのこと。アレス様のご帰還といえど、五十年も音沙汰なくいきなり登城されるのは、いらぬ騒ぎになるやもしれません」

「それはそうだ」


 ヘクトンの町の門での騒動とか、ヘーレ子爵に絡まれた件もある。そもそも国王に会いたいで、即会えるものでもないのだ。正規の手続きを踏んで、問題にならないように進めよう。


「ただ、お返事に少々お時間が掛かるやもしれません。お待ちの間は、こちら聖堂と教会施設をご利用ください」

「助かる。だが、ただ待っているというのも芸がない」


 俺は窓から見える王都を眺める。うーん、面影はあるが、色々変わっている。


「五十年ぶりの王都だ。散策と洒落込みたいね」

「わかりました。アレス様の案内に、ソルラ・アッシェを付けましょう。……よいな、ソルラ・アッシェ?」

「承知致しました」


 ここまで一緒だった神殿騎士は頭を下げた。まだお互いよく知らない仲だが、まったく知らない人間をつけられるよりは安心だ。


 と、いうわけで、仕事のあるガルフォードと別れた後、一度俺が休む部屋へ案内してもらった。特に荷物はないが、次に来る時は自分で戻れるように、な。

 それが済んだら、俺の案内係になったソルラを連れて王都観光に出発だ。


「どこかご希望はありますか、アレス?」


 二人だけなので、ソルラは俺を呼び捨てにした。彼女からそう呼ばれると、ちょっと楽しくなるのは何故だろう。


「そうだな……。魔の塔ダンジョンのことも知りたいから、冒険者ギルドへ行きたい」


 あるんだろう? ギルドが。五十年前には、魔の塔ダンジョンはなかったが、ダンジョン関係の仕事で普通に冒険者はいたし、ギルドも存在した。


「では、冒険者ギルドへ参りましょう」

「そうしてくれ」


 とは言うものの、やはり、ダンジョンの情報を得るなら、冒険者にならないと駄目だろうか。普通なら、部外者云々とかって、関係ない人間に情報は明かさないものだろうし。


 昔からダンジョンに関しては、冒険者ギルドの縄張り感が強かった。王国軍として入れるかもわからないから、いっそ冒険者登録しておいたほうがいいかもしれない。よし、そうしよう!



  ・  ・  ・



「申し訳ありませんが、お断り致します」


 王都冒険者ギルドのカウンター。見目も麗しい受付嬢は、きっぱりはっきりと拒絶した。……うーん、これはどういうことだ? 俺は困惑した。受付嬢は言う。


「当ギルドは、あなたの冒険者への登録を受け付けません。お引き取りください」

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