第13話、冒険者ギルドで一騒動


 王都の冒険者ギルドに行った。王国にとっても危険な魔の塔ダンジョンの攻略のために情報を仕入れようと思ったのだ。


 いざ行ってみれば、案の定、ダンジョン情報は冒険者のみに開示だったので、冒険者登録しようと、受付に行ったら――


「申し訳ありませんが、お断り致します」


 と、お美しい受付嬢に言われてしまったわけだ。審査があって落ちたというなら、まだしも、受付で門前払いってある?


「知らなかったな。まさか受付も受理されないとは。理由を聞いても?」


 こちとらダンジョン情報が欲しいんだ。正当な方法で獲得しようとしたのに、理由もわからず断られて、『はいそうですか』とはいかない。


「失礼ですが、あなたは『呪い持ち』ですね?」


 受付嬢は、チラと俺の左腕から僅かに立ち上る呪いオーラを見た。呪い持ち差別か? 冒険者やってりゃ、呪いを引くことなどなくはない話だろうに。……ギルドフロアにもいたぞ、呪い持ち。


「呪い持ちは、冒険者になれないというルールはないはずだが?」


 差別はあっても禁止ではないはずだ。禁止だっていうなら、フロアにいる呪い持ち冒険者全員を追い出せよ。


「もちろん、禁止ではありませんが、推奨はしません。そもそも『呪い』を受けている方は、通常の方に比べて能力が落ちます。ただでさえ死と隣合わせのダンジョン探索に、初めからハンデを背負っている方を新規登録するのは、むざむざ死なせるようなものです」


 受付嬢はスラスラとそう言った。……つまり――


「俺のために止めていると?」

「冒険者は依頼で食べている以上、生還してもらわねばなりません。死ぬ可能性の高い人間を送り込んで依頼が果たせないのは、ギルドとしても困りますから」


 死亡率の高い者は、確かに企業的な視点で見れば嫌だろうな。使い捨てでなく、契約で仕事をこなしているとなれば、営業上、悪い数字になりそうなものは受け付けたくないだろう。


 素晴らしい。冒険者は、まっとうな手段で稼ぐことができない人が訪れる、死んで当然の危険な職業だと思っていた。だがそれはどうやら俺の偏見だったようだ。


 ギルドも、冒険者の死亡を是としないということは、善意云々かはともかく、ある程度人命を配慮している組織ということだ。

 だが……


「ギルドがそこまで冒険者にお優しいとは知らなかった。だがそうと聞いたら、なお冒険者になりたいものだ。呪い持ちでも禁止ではないと君は言ったな? では、呪い持ちだから俺の申し込みを受け付けない理由にはならないが?」


 どうなんだね?


「君もギルドスタッフなら、呪い持ちと言ってもその程度は千差万別であることは知っているだろう? 呪いの内容が軽度であるならば、能力に差し支えない場合もある。それを確認もせず、断るのは早計に過ぎないかな?」

「……」

「何なら、そこらの冒険者より強いかもしれないよ。そういうテストすらしないというのは……何か断る明確な理由があるのではないかね?」

「……はあ」


 受付嬢はあからさまにため息をつくと、チラと俺のそばにいて、フロアを見回しているソルラを一瞥した。


「あなたは、神殿騎士と一緒にいましたよね?」

「ああ、王都に来たばかりでね。彼女は親切にも俺をギルドの場所に案内してくれたんだ」


 ……嫌な予感がした。神殿騎士を引き合いに出されたということは――


「ユニヴェル教会が、魔の塔ダンジョンの情報を得ようと、冒険者になりすまそうという事例があります」

「……そういうことか」


 俺を教会のスパイだと判断したわけね。ダンジョンの内部情報は冒険者の専売特許。よその組織に縄張りを荒らされたくない。


「情報を得るために、呪い持ちを使って冒険者登録。魔の塔ダンジョンや冒険者専用の情報を、教会に流す――情報漏洩はギルドは看過できません」


 当たらずとも遠からず、なんだよな。でも結果的にそうなるかもって話であって、俺は教会に情報を流したいんじゃなくて、実際の攻略に俺自身が役立てようってだけだ。つまり、正当な方法、正当な理由だ。


「警戒するのはわかるけど、よく考えても見てほしい」


 俺は受付嬢に顔を近づけて声を落とした。


「情報を得ようとしているのに、わざわざ神殿騎士を連れてくると思うかい? 今のように疑われるだけなのに。情報を得ようというなら、呪い持ちでなくて、神殿騎士も連れずに一人でやってこれば、すんなり冒険者になれただろう? 何なら――」


 俺は、隣のカウンターを離れた、新人冒険者らしい小僧っこを見た。


「あいつが、そのスパイかもしれないぜ?」

「……」

「さあ、教えてくれ。俺が実力を示せば、充分冒険者としてやっていけると証明できるはずだ。テストもせずに断る理由ってやつを」


 受付嬢は渋顔を作る。こういう所で表情に出さないのが受付嬢ってものだが、そういう顔をさせた時点で、俺が厄介客だってことは自覚できる。ごめんね、でも納得できる理由を説明してくれないそっちが悪いんだよ?


「少々お待ちを……」


 受付嬢に俺は頷いた。上司に厄介な来訪者のことを説明に行くのだろう。来るのはその上司かな。


 俺がひとりになったのに気づいたソルラが、こっちへ来ようとする。今来られると面倒だから、俺はジェスチャーで『来るな』と合図する。


 一瞬自分のことと思わなかったのかキョトンとして、彼女は自分を指差した。そう、お前。そっちで待ってろ。


 受付嬢が戻ってきた。神経質そうな顔つきの長身男を連れて。


「あんたか、冒険者になりたいってゴネている若者って言うのは」

「旅の戦士なんだがね。腕には自信があるぞ」


 真っ黒だけど、騎士が纏うような鎧装備。そこらの素人じゃないのは一目瞭然だろう?


「だが呪い持ちだろう。大方どっかの傭兵とか、地方の冒険者ギルドとかにいて、呪いのせいで追い出された口だろう。役立たずだって」


 随分な言い方だな。俺は違うけど、もしその通りの人間だったら、心をグサグサに突き刺しているぞ。


「帰った帰った! うちは呪い持ちはお断りだ」

「禁止ではないと聞いたぞ」

「禁止だ、禁止。呪い持ちは禁止! とっとと去れ去れ!」

「おい、それはおかしいぞ」


 俺はギルドフロアにいる何人かを指差す。


「呪い持ちの冒険者がいるじゃないか。禁止だって言うなら、あんたは今すぐ全員を追い出さないといけない。でないとあんたは俺に嘘をついていることになるからな。王都の冒険者ギルドは、そんな嘘を平然とつく組織なのか?」


 むっ、と上司らしいギルドスタッフは、顔をしかめた。ほらほら、どうした。


「やれよ。それをやったら出てってやるよ。さあ、やれよ。ここにいる呪い持ち全員、追い出してみせろ」

「うるさい! 教会のスパイめ! 絶対に貴様の冒険者登録などせん! 失せろ失せろ! 守衛! この不審者を追い出せ!」


 何という強引さ。理不尽の極み。まともに話もできないとは。そしてさすが荒事の多い冒険者を束ねるギルド。見た目強そうな警備員が出てきた。……まあ、負けはしないが、臭いなこれは。

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