第15話、疑惑は深まった


 呪い持ちは冒険者になれない――ことはないのだが、王都の冒険者ギルドでは、あまりよしとしていないようだった。


 個人の能力を判定して、呪いはあっても冒険者としてやっていけるか確かめてから、お断りする――それならわからないでもないが、門前払いはさすがに理不尽だ。何よりお断りの理由からしておかしいからな。


 そう腐っていたら、どうやらお断りされたのは、俺だけではないらしく、見た目ひ弱そうな少年戦士も、ギルドから登録を拒否されたようだ。


 だが、その少年を、先輩冒険者たちが取り囲んで、ダンジョンに誘っている。成果を見せて、ギルドに口添えしてやると言って。


 それが本当ならば、少年戦士にとっては悪い話ではない。断られたギルドの決定を覆せるチャンスかもしれないからだ。


 ただ、その話が『本当ならば』と注意書きがつくが。


 話を進めているリーダーっぽい男が、屈強な顔に似合わず善意を見せている横で、その同僚と思しき冒険者たちが、少年戦士が見ていないのをよそに、蔑みや嘲笑を浮かべていたのだ。


 いいカモがきた、とばかりに、悪意に満ちた顔だった。それを見れば、これがまともなものとは思えない。あの少年は、冒険者たちに登録を餌に騙されているのではないか?


 魔の塔ダンジョンの入り口前にいる、冒険者たちが、その冒険者パーティーの前に立つ。入る前の簡易チェックだろうか。


 だが顔見知りらしく、警備の冒険者たちはすぐに道を開けた。そのパーティーと少年戦士はダンジョンの中へ。そして警備の冒険者たちは、後ろからついていた俺とソルラが入ってこないように入り口前を固める。


「アレス」

「うむ」


 道に戻り、通過しよう。警備の冒険者たちの刺すような視線が突き刺さる。俺もだけど、特にソルラが睨まれている。


 神殿騎士を相当警戒しているのだ。ユニヴェル教会と、隣国ガンティエ帝国が対立しているのはわかるが、地元冒険者たちまで教会を警戒する意味がいまいちピンとこない。


「なあ、ソルラ。ギルドでも感じたが、教会って冒険者に嫌われるようなことした?」

「いえ……特に」


 ソルラは、特に隠す様子もなく答えた。


「言われてみると、どうしてこう敵視されているのか、思い当たらないですね。でも、確かに互いに睨み合うようなところはありますね。いつからそうなのか、わからないのですが」


 あれだよな。身に覚えがなくても、相手が一方的に敵視してくると、自然と同じように敵視で返すってやつ。それで根本的な理由は何だろうと考えると、原因がまったくわからないとか何とか。


 大抵は、知らないところで相手を傷つけたり損をさせたのだろう、と思ったりするのだが、今回の場合は、ちょっと不自然なんだよな。……ギルドスタッフにいたガンティエ人のこともあって。


「それよりも――」


 ソルラが俺に顔を近づけて、小声を出した。


「さっきのどう思います? 冒険者登録を断られた少年が、冒険者たちに誘われてダンジョンに入っていきましたよ?」

「怪しかったな」


 ただ、これも見た印象であって、決定的な悪事を企んでいるという証拠も何もない。怪しくはあるが、あれで面倒見のいい冒険者なのかもしれない。


「彼が無事に帰ってくることを祈るばかりだ。ただ……そういう手もあるのか、とも思った」

「はい?」


 怪訝そうなソルラに、俺は肩をすくめる。


「つまり、冒険者同伴なら、冒険者でなくても入れるってことさ。ギルドのクエストは受けられないだろうが、別に必ずしも冒険者にならなければならないこともない。知り合いの冒険者に頼むってのもありだ」


 それで、ソルラ君。


「冒険者の知り合いはいるか? この話に協力してくれそうな者は?」

「いえ、心当たりはありません」


 ソルラは首を横に振る。


「アレスは?」

「知ってても五十年前の知り合いだ。普通に考えれば、もう鬼籍に入っているか、引退しているだろう。……いや待て、亜人なら」


 たとえば、エルフやドワーフといった種族は、人間より長寿だから、まだいるかもしれない。


「亜人ですか……」


 微妙な表情をするソルラである。


「王都ではあまり見ないですね」

「……そういえば」


 王都をぶらついて、エルフやドワーフその他亜人らの姿をほとんど見かけていなかったような。五十年の間に、王都の住民の種族比率も変わったのだろうか。


「まあいいや。とりあえず、まだ生きているかは知らないが、心当たりに探っていくか」


 俺はソルラを連れて、王都を行く。



  ・  ・  ・



 フランク・ジョーは、頼れる戦士アニキだった。だが、さすがにもうこの世を去っていた。


 彼の息子リチャード・ジョーは、かつては冒険者だったが、今は引退しているという。45歳。当然、五十年前の俺を知らない。


「ギルドはおかしくなってるよ」


 親父さんの知り合いと言ったら、リチャードは話してくれた。


「はっきりとはわからないけど、何かがあるんだ。ギルドが何か妙な連中に支配されている。虚偽の報告をして国からの補助金を騙し取ったり、ありもしない戦果報告をしたり……よくわからない金が動いていて、怪しい商人なども出入りしている。……だから、冒険者になどならないほうがいいよ。少なくとも、この王都では」


 フランクに世話になった、と言ったせいか、普通なら公言しないようなギルドの裏の話をリチャードはしてくれた。


「とにかく、あそこにいたら、正しいことをしようとする奴は消される。過去に何度も証拠を掴んで告発しようとした奴もいたんだが、ことごとく消されちまった。正直、関わりたくないよ」


 リチャードが冒険者を辞めたのも、王都ギルドに所属していて身の危険を感じたからだという。


「だから、オレはかつての冒険者仲間を紹介はしない。親父の知り合いを、危険な目には合わせられない」

「……」


 せっかくのご厚意だ。痛み入る。礼を言って、リチャードの家を出る。ソルラは口を開いた。


「不正をしていたなら、確かに外部組織を入れたくないわけです。事実が明るみに出たら困るでしょうから」

「特にユニヴェル教会は、王国寄りだからな。国まで介入されたら、冒険者ギルドでも抗いきれない」

「そうですね。……しかし、ギルドが裏で悪事を働いているかもしれないなんて」


 証言はあっても、それを証明する証拠がない。今のところは――


「なに、探れば出てくるだろう。現状の冒険者ギルドは、王国の未来にも関係する魔の塔ダンジョンに対して、適切な組織とは言えない疑いがある。……なら、それを質していこうじゃないか」


 報復の時間だよ。

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