第16話、摘発


 その日の日没ごろ――つまり、昼間のクエストを果たし、ギルドへ報告を終えた冒険者たちが家路についた頃、王都冒険者ギルドに、神殿騎士団の一個分隊が正面から乗り込んできた。

 帰りがけの冒険者たちは怪訝な顔で、ギルドスタッフは緊張の面持ちで、神殿騎士たちを見やる。


 騎士たちの先頭を行くのは、ソルラ・アッシェである。彼女は受付カウンターまで行くと、受付嬢に呼びかけた。


「ユニヴェル教会、神殿騎士団である! 職員のスェレン・イリオスに用がある。呼んできなさい」


 命令である。


「昼間、ここにいたのは知っている。もしいないということがあれば、強制的にギルド内を捜索するので、そのつもりで」


 居留守対策に先手を打つ。時間も時間だから、もう帰りました、というパターンもあるのだ。……もっとも、ソルラは、捜索対象がまだギルドにいるのを知っている。


「は、はい、少々、お待ちを――」


 受付嬢が奥に移動する。やがて、神経質そうな、長身職員が出てきた。――昼間、アレスを無下に扱ったあの上司である。


「はい、何ですか……?」


 明らかに不機嫌そうな顔のイリオスである。不機嫌なのはこっちだ、とソルラは、その言葉を飲み込んだ。


「本日、おたくの冒険者が、一般市民をダンジョンに連れ込み、見殺しにする事件が発生しました」

「!? 何ですって!?」


 イリオスも受付嬢も驚いた。白々しい――ソルラは目を細める。


「件の冒険者は、未成年者誘拐と殺人の容疑で逮捕、取り調べを受けています」

「……っ!」

「それで、その犯人グループは、以前より『呪い持ちで冒険者になれなかった』冒険者志望者を利用して、ダンジョン探索の盾がわりにしていたと自白しました」


 ソルラはイリオスを睨んだ。


「まあまあ、おかしな話ですね。わざわざ断られた冒険者志望を利用するなんて……」

「何が、言いたいんです?」


 警戒感マシマシのイリオスである。ソルラは言った。


「初めから入り口にでも『呪い持ちはお断り』の看板でもつけておけば、この手の犠牲者が出なくて済んだと思ったものですから」

「うちの不手際とでも?」

「なら、何故呪い持ちの志願者を断ったのですか? 別に禁止されていないですよね?」

「それは……呪い持ちは、普通の一般的な人間に比べて能力が落ちる場合が多いですから」

「それなら、先にも言ったように最初から禁止にしておけば、呪い持ちの志願者は来なかったと思うのですが。……今日も呪い持ちの方が登録にきて、断っていましたよね? その相手をするのは、結構時間と手間なんじゃないですか?」


 皮肉げにソルラは告げた。初めから『呪い持ち』は採用していないとお知らせしておけば、ギルドもスタッフもお断り作業の無駄な時間をなくし、効率化ができるのではないか?

 ぶっちゃけ、差別ではあるのだが、現状呪い持ちに対する偏見は日常的なものであり、冒険者ギルドが『呪い持ち』お断りの札を出しても、どこからも批判は来ないのだ。

 イリオスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「それは……難しいです」


 冒険者は、仕事上、ダンジョンで『呪い』を引いてしまう可能性が高いからだ。熟練冒険者でさえ、クエストで呪いを持ってしまうことが少なくないから、表立って禁止はしないのである。すれば、その熟練冒険者を辞めさせねばならなくなる。


「呪いの程度によっては、仕事に影響のない者もいますので……」

「だから禁止に出来ない、と? それならそれで、志望者を試験もなしに断った件はどうなのですか? 貴方、いいましたよね? 呪いの程度によっては、影響のない者もいると」

「……ええーいっ! 一体何なんだ! 冒険者ギルドの方針だ。あんたには関係ないだろうがっ!」


 イリオスは声を荒らげた。ソルラは真顔で返す。


「関係あります。件の冒険者は、ギルドから『盾に使えそうな呪い持ち』を受け付けず、放り出すので、それをダンジョンに連れていけ、と指示を受けたと自供しました」

「!?」

「つまりは、イリオス。貴方は、ギルド職員の身分を利用し、未成年者誘拐を指示した容疑が掛かっているのです。……ご同行願いましょうか。逃げれば強制連行させていただきます」


 神殿騎士たちが距離を詰めた。イリオスは反論しなかった。図星だったのか、否定しても無駄だと思ったのかもしれない。

 カウンター奥へ一歩身を引き、おそらく逃げられるか、その成功率はと目まぐるしく考えているのだろうと思った。


 だが、その時。


「その話は本当なのかね?」


 ギルド建物の奥から、大男が出てきた。イリオスは、ホッと息をつく。


「ギ、ギルドマスター……」

「何かの間違いではないのかね?」


 やってきたのは、王都冒険者ギルドのギルドマスター――Aランク冒険者でもあったグライブ・ホスキンだった。熊のような大柄で、表情こそニコニコしているが、怒らせると怖い人物として、その界隈で有名らしい。


「どうなんだ、イリオス? 君はギルドスタッフでありながら、冒険者になろうとする若者の芽を摘み、あまつさえ盾にしたなどと?」

「え……あ……」


 気まずそうに顔を背け、小さくなるイリオス。まるで猛獣を前に縮こまる子供のような有様で声も出ないようだった。


「何ということだ。……まさか王都冒険者ギルドの中に、そのような不届き者がいたとは」

「ギルドマスターはご存じなかったのですか?」


 ソルラが問うと、ホスキンは大きく首を振った。


「馬鹿を言ってはいけない! そのような事は私は断固として許さない。もし知っていたなら、私はそのようなことをさせなかった!」

「……」


 嘘くさい、とソルラは思った。イリオスの見せた一瞬の安堵から、ギルドマスターも関与しているのでは、と思わせた。どうにもトカゲの尻尾切りのように感じたのだ。


 とはいえ、それはイリオスを締め上げれば、関与についても明らかになるだろう。

 捕らえた冒険者は、イリオスを名指ししたが、ギルド全体が知っていたはずだと、とも自供した。王都冒険者ギルドのスタッフ全員が疑わしいのだ。


 まず一人、スタッフであるイリオスを捕まえ、そこから組織全体に捜査の手を伸ばしていく。


「しかし、何故神殿騎士が――」

「それでは、ギルドマスター」


 ホスキンが言いかけたのを遮るように、ソルラは被せた。


「スェレン・イリオスの身柄は、我々神殿騎士が預かります」

「……わかりました。何かわかりましたら、お知らせください。我々も捜査に協力を惜しみません」

「ご協力、感謝します」


 ソルラは敬礼すると、神殿騎士たちはイリオスに手枷をかけて拘束し、ギルドから連行した。


 ソルラはチラと、ギルド内を一瞥する。スタッフの犯罪容疑に、動揺を隠せない冒険者も少なくないようだ。ホスキンらギルドスタッフは、無言で連れ出されるイリオスの背中を見つめている。


 ――ここまでは、予定通りです、アレス。後はお任せします。


 ソルラは神殿騎士らに続いて、冒険者ギルドを後にした。

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