第17話、ギルマスの行動


「何故、神殿騎士が乗り込んできたのだ?」


 王都冒険者ギルドのギルドマスター、ホスキンの表情は怒りに染まった。


「王国軍が来た、というのなら、まだわかる。だが神殿騎士団が乗り込んでくるのは――」


 そう声に出したところで、口を閉じた。


 ――もしや、イリオスが、ガンティエ帝国の工作員だとバレた……?


 ユニヴェル教会の神殿騎士団は、ガンティエ帝国と宗教戦争状態にも近い敵対関係にある。


 ダンジョンが関係して発生した事件なら、王国軍が出てきて取り調べをするのが普通だ。神殿騎士が絡むのは異教徒の犯罪行為、悪魔対策、教会関連物や建物に対する攻撃への報復などが主である。だから今回の事件の管轄は、王国軍のはずなのだ。


 それが教会が出てきた理由は、ガンティエの工作員だと露見したからと見るべきだろう。今回、ギルド内の捜索もせず、イリオスの身柄のみを確保したのもそれ故か。


 ――ならば、今のうちにイリオスとガンティエ帝国の繋がりに纏わるものをすべて処分しなくてはなるまい。


 ギルドマスター、ホスキン。イリオスに協力し、その対価に報酬を得ていた男。魔の塔ダンジョンを攻略しそうな有力パーティー、冒険者を密かに潰し、ガンティエ帝国の工作に手を貸してきた。


「何故、イリオスがバレた?」


 前々から目をつけられていたのか? そういえば昼間、神殿騎士と来たという男が、冒険者登録しようとしたので断ったと報告があった。イリオスによれば、神殿騎士が付き添っていたから怪しかったと言っていたが……。

 あの時すでに、今の拘束のための伏線だったというのか。忌々しい。


「ギルマス」

「おう」


 ギルドマスターの執務室に、髭面の冒険者が入ってきた。


「フロアの騒ぎは見たな? マズイことになった」


 ホスキンが言えば、髭面の冒険者は頷いた。


「魔の塔ダンジョンに入るところを見張られていたのかもしれません」

「ダンジョンに入る冒険者の中に、冒険者じゃない部外者がいるなど、簡単に見分けられないはずなんだがな」

「受付で登録拒否をされた後、ラズーのパーティーに声を掛けられたところを見ていたんでしょう。あの女騎士――」

「そういうことかぁ……!」


 ホスキンは額に手を当てた。


「このままイリオスが取り調べを受ければ、不正の証言が出て俺たちも終わりだぁ」

「イリオスは、あれで工作員です。簡単に口を割るとは――」

「スパイであることを隠すために、ギルドの不正を証言して、追及を躱すかもしれん」


 あいつにとって、自国に比べたら他国のギルドスタッフなど軽いのだ。


「ブロック、チームを集めろ。神殿騎士どもから、イリオスを助け出す」

「助け出せない場合は……?」

「最低でも口封じはしないとな」


 これまでも、こっそりダンジョンで厄介者を始末してきたように。魔の塔ダンジョンを利用する冒険者たちでも、熟練ともなれば、そこらの兵士や騎士など物ともしない実力者が多い。


 中には、隠蔽魔術や暗殺スキルを持つ者もいるのだ。その中でも、ホスキンの息のかかる者たちは、後ろ暗いクエストもこなしてきたのである。


『……うん、まあ、そろそろいいかな』


 ふっと、どこからともなく声が聞こえてきた。室内――ホスキンは身構え、ブロックは素早く剣に手をかけた。


「誰だ!?」

「俺だよ」


 すっと現れるのは漆黒の甲冑を纏う騎士――。



  ・  ・  ・



 そう俺だ。


「誰だ、お前はっ!?」


 熊のようなギルマスが吼えた。あー、さすがに歳じゃないから、五十年前の王子の顔を知らんのよな。


「名乗ってもいいが、どうせ名乗っても知らないだろうから、名乗らない」

「どこから入ってきた!? というか、お前、話を聞いていたのか?」

「聞いていたよ。お前たちが、隣国の工作員と通じていて、私服を肥やしたり、王国の安寧を妨害したり――」


 つまりは。


「死罪に相当する重犯罪者だってことはわかっているさ」

「すべてを聞かれていたか。ならば、取り繕っても遅いな」

「物わかりがいいな」

「フン、どこの馬の骨かは知らんが、オレたちの前に一人で現れたのは運の尽きだ。ここで死んでもらう!」


 ホスキンは、机に立てかけていた愛用の武器を取った。やたら飾りが豪勢な大剣だ。……お前、そんな剣で前線は無理だろう。


「私を相手に、命どうこうというのは、死罪相当から、死罪確定ということになるが、よろしいか?」


 俺は腰に下げたカースブレードを引き抜く。悪魔を殺し過ぎて、強烈な呪いを蓄えた我が剣。それを見て、ホスキンは一瞬たじろいた。


「気をつけろ、ブロック。こいつの剣、相当に強い呪いが付与されている!」

「さすがは王都冒険者ギルドのマスター。……いや、これだけ呪いの瘴気が出ていれば、馬鹿でもわかるか」


 そして呪いのオーラは剣だけでなく、俺の全身から出てくる。


「こ、こやつ!? なんと強い呪いを持っているんだ……っ!?」

「これだけ強い呪いということは――」


 ブロックという名の冒険者が進み出た。


「本人は相当な能力ダウンとスキル封じがかかっているはず。ろくに戦えないはずだ」

「油断するな! 奴の剣には気をつけろ。切られればおそらく呪いを伝染させてくる!」

「逆に言えば、それだけしかないってことですな!」


 ブロックは笑みを浮かべた。


「武器だけがよくても、他が弱くてはな!」

「……来ないのか?」


 俺は挑発する。


「その男の言う通り、私の体は様々な呪いを受けて、その力は下がっている。お前たちのような上級冒険者には敵わない――いや、失礼」


 ブロック、そしてホスキンが突っ込んできた。素早いその動き、熟練の冒険者である。


「お前たちのような上級冒険者『で』は敵わない、だった」


 俺の斬撃で、二人は吹っ飛んだ。激しく壁に叩きつけられて、二人は意識を失う。壁にはヒビが入り、そしてホスキンとブロックは床に倒れた。


「だいぶ力が下がっているな。……お前たちの胴体を両断できない程度には」

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