第150話、回り回って呪いは返る


「うわー、何あれ、すっごく始末したいわ。始末したい」


 唐突に、リルカルムが物騒なことを口にした。これには、俺もソルラも顔を見合わせる。


「いきなり何だ、リルカルム?」

「うーんとね、ちょーとワタシ、帝国の偉い人を覗いていたのよ」


 使い魔を使って、と災厄の魔女は言った。


「それで皇帝ご一行が、帝都の南にある岩山の城に入ったんだけど、帝国の姫ってのが現実のわからないお馬鹿でねぇ――」


 リルカルムは、使い魔を通して見ていたというそれについて説明した。


 なるほどなるほど。レムシーとかいうワガママ姫が、ヴァンデ王国占領にこだわり、そのためなら帝国の防備を蔑ろにするような指示を出したから、軍部のお偉い将軍がぶち切れたのね。理解した。


「そんな無能が威張っているんじゃ、帝国は何もしないでも滅びるな」


 軍の大将軍には同情する。皇帝の一族という権威を振りかざし、現場も状況も見る目がない奴に、意味不明な指示を出されるとか、これは反逆したくもなる。

 明らかに国を滅ぼす指示だ。それで国が滅びて死ぬのなら、いっそ無能を殺して死ぬのも同じ。皇帝が部屋にこもっていれば、収拾つかなくなるんじゃないかな、これ。


「それにしても、ハルマーがすでに帝国へ侵攻を始めていたのか」


 俺たちが西方軍の城を吹き飛ばす前に聞いた話では、軍事演習にかこつけて開戦準備しているって話だった。だがまあ、それが情報としてこちらに伝わってくる頃には、すでに戦争になっていたんだろうな。


「北では大型鋼鉄鬼が暴れていて、東ではハルマーの侵攻。南方軍もそっちに回されるなら、当分、ヴァンデ王国に攻めてくる兵力はないか」


 魔の塔攻略、王国国境の防衛のための時間稼ぎは充分だろう。当初の目的は果たされたと見ていい。……ついでに、ハルマーと戦ってもっと疲弊したり、滅びてくれてもいいんだけど。


「ねえ、アレス」

「なんだ、リルカルム」

「ワタシ、あのレムシーって娘が気に入ったわ。あれ、玩具にもらっていい?」


 妖艶と言えるほど、含みのある笑みを浮かべてリルカルムは言った。これ絶対何か企んでいるぞ。災厄の魔女に目をつけられるとか、終わったなー、そのレムシーってワガママ姫。


「具体的には何をするつもりだ?」

「そうねぇ、まだ細かく考えてけれど、とりあえず呪いをかけて、虐めようかなーって」


 性根の悪さが垣間見える笑みだった。ソルラやベルデも、身の危険を感じたか引いている。


「何なら、皇帝にも呪い、かけようか?」


 遠距離からの呪いは大変ではあるが、できなくはない、というリルカルムである。そうだなぁ……我が弟ヴァルムも、帝国の差し金で呪いをかけられたし。


「いいだろう。ワガママ姫はお前の好きにしろ。皇帝に対する呪いも許可するけど、軽いやつな。簡単に昏睡とか、錯乱するようなのはなしな。……苦しませろ」


 命に別状はないが、常時痛みを与えたり、気分を悪くさせたりして、正常な判断が下すのを難しい精神状態に追い込め。状況を理解し、たっぷり後悔したり、地団駄踏めるように、思考力は残してやれ。


「了解。さすがアレス、話がわかるーっ!」


 リルカルムが屈託なく笑った。これ、呪いがどうとかでなければ、最高に人を惚れさせる笑顔なのだが……。ねじ曲がってるよ、この人!



  ・  ・  ・



 ガンティエ帝国への遠征を終えて、俺たちはヴァンデ王国に帰還した。


 帝国軍に打撃を与え、その戦力を漸減させたことで、当面、帝国が王国国境を超えることはないだろう。

 仮に超えてきたとしても、王国の国境防衛軍で対抗できる量である。


 王城に戻り、ヴァルム王に戦果を報告。ついでに帝国の内情も、弟の耳に入れておく。


「――魔法による目を、皇帝の近くに置いたから、ある程度情報が掴めるようになった。皇帝がこちらに進軍を命じれば、それもこちらにすぐわかる」

「それはありがたい。敵の動きがわかれば、対処する余裕ができる」


 ヴァルムは頷いた。

 まあ、皇帝の周りがわかる、っていうのは、リルカルムの関心があってのことだけど。もっとも、それができるなら、俺でも情報収集しろって命じただろうから、一緒か。


「……しかし、例の帝都を破壊したという大鬼――」

「鋼鉄鬼」


 俺が指摘すると、ヴァルムは頷いた。


「そう、それ。帝国も行方を追っていたというが、まだ帝国内にあったのだな」


 一時はヴァンデ王国にも襲来するのではないか、と警戒した。だが実際は、国境を超えていなかった。


「大事になる前に見つけられてよかったよ」


 俺たちは、帝国の北方軍にちょっかいを出そうと移動していたら、偶々遭遇したわけだけど。


「どういう状況かはわからないが、帝国軍があれを動かそうとしていたから、少し遅かったら、帝国軍があれを動かして、俺たちの国に攻めてきていたかもしれない」

「危ないところだった」


 ヴァルムは眉間にしわを寄せた。


「だが兄さんのおかげで、鋼鉄鬼は今も帝国内で暴れまわっている」


 願わくば、そのまま西以外の方向へ行ってもらい、ヴァンデ王国のものではないと思わせたいところであるが。


「調べたところ、魔力を動力に使っていて、稼働限界というものがあるらしい。リルカルムが、鋼鉄鬼が動かなくなったら自爆するように魔法で細工をしたから、帝国が鹵獲しようにも使えないようにしてある」

「さすがだ、兄さん。抜かりはないね」


 まあね。さすがに動かなくなっても、帝国の手に回収されて。魔力を補充する術を見つけられたら、彼らに動かされてしまうからね。

 かといって、こちらに持ち帰れば、今以上に、帝国に目をつけられる。せっかくハルマーなど、帝国が東に目をつけ始めている時にそれはよろしくない。

 ヴァルムが口を開いた。


「このまま帝国が二進も三進もいかなくなるといいんだがね」

「帝国側も頼みの戦力が半減したからな。北方の鋼鉄鬼、東のハルマー。尻に火がついてきた」

「この動きに付け込む国は出てくるだろうか……?」

「そうだな……。こっちもそうしたいところだが、できないんだろう?」

「ああ、貴族たちは、帝国を必要以上に恐れているのさ。私が呪いで動けない間に、ずいぶんと奴らに好き勝手されたよ」


 苦虫を噛み潰したような表情になるヴァルムである。俺は頷いた。


「今の帝国の情報を周辺国にも意図的に流してみるか。もしかしたら、俺たち以外で、ハルマーに続く国が現れるかもな」

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