第151話、馬鹿は余計なことをする
対外工作について、ヴァルムに任せるとして、俺は魔の塔ダンジョン攻略を進める。帝国に足を引っ張られて、塔の攻略が中断されるのを邪教教団の連中は期待したようだが、残念だったな。
冒険者ギルドに行けば……ってあれ? 何かギルド前が騒々しい。ベルデが小首を傾げた。
「何かあったっぽいな」
「いやーな、予感がするのだぞ」
シヤンも嫌そうな顔をした。俺たちが近づけば、入り口前で武装していた冒険者たちが気づいた。
「アレス様! 大変です!」
「うん、何があった?」
シヤンの予感的中だな。俺はその冒険者たちに事情を聞けば――
「ギルドフロアで、ダンジョンから持ち帰った宝箱の開封をやっていたんですが、呪いが拡散してしまったようで」
「……宝箱の開封? 呪い?」
それって、49階から持ち帰った200個もの宝箱のことか? 呪いだらけのフロアから回収したから、もれなく呪いがあるから、開ける際は、俺か呪い解きの魔法が使える者が必要だと言っておいたはずだが?
「それが、近づくなという警告を無視して宝箱を開けた馬鹿がいたようで……。その箱から呪いの煙みたいなものが吹き出して、あっという間にフロアが呪いに――」
「……」
俺はため息が出た。リルカルムが口元を歪めた。
「どこの馬鹿よ?」
「さあ、自分は見ていないのですが……最近、来てなかったんでしょうね。いくら宝箱が積まれていても、ここ最近いたなら皆、呪い付きってわかってましたから」
その冒険者は説明してくれた。だろうね、知ってて開ける奴はいない。ここ最近きたら、フロアに宝箱が山積みだったから、つい手を出したと。
「裏に引っ込めておけばよかったのに」
「それは……そうですね、はい」
冒険者は肩をすくめた。まあ、君が悪いんじゃないから、いいんだけど。
ソルラが振り向いた。
「呪いが解除していない宝箱ってあとどれくらいあったんですか?」
「ざっと半分くらいだろう」
俺が城に呼び出されて、中断になった時、確かそれくらい残っていた。すると別の冒険者が言った。
「80個くらいかと。大公様がいない時に、呪い解きの魔法が使える者が解除を試みていました」
「でも、あんまり進まなかったんですよ」
またまた別の冒険者が口を挟んできた。
「大公様のように早くできないし、疲れてしまって」
「呪いを解くのも普通だと、魔法だし、そりゃ魔力を使うよな」
レベルの高い呪いだと、その分解除に消費する魔力の量も増えるし。
「で、ギルドフロアはどうなってるんだ?」
入り口を盾持ちの冒険者たちが固めて、中から脱出できないように封鎖しているみたいだが。
「こちらへどうぞ。……おい、大公様が見えられたぞ。道を開けろ」
冒険者の案内で、入り口から中を除けば。
「わぉ……」
俺は絶句した。同じく中を覗き込んだ仲間たちは目を見開く。
「こ、これは……」
ソルラがやはり言葉を失い、ベルデが皮肉げな顔になった。
「ここは養豚場か?」
「ブタがいっぱいなのだぞ」
シヤンの言葉が全てだった。ギルドフロアには、多数のブタがいた。これは、何というか……。微妙な表情になる仲間たちをよそに、リルカルムがズバリ言った。
「このブタ、冒険者とギルドスタッフ?」
入り口前を固めていた冒険者たちは頷いた。
「オレらは入り口に近かったんでギリギリ脱出できたんですけど、呪いの広がりが凄く早くて……。この有様です」
「変身系の呪いかしらね」
他人事のような顔をするリルカルム。ベルデもまた無関係ぶる。
「邪教教団の奴ら、えぐい呪いを仕掛けるなぁ」
「これ、早く戻さないと大変じゃないですか!?」
ソルラだけは慌てている。
「なんか、フロアに服とか防具落ちてますけど。これ時間が経つと思考までブタになってしまうのでは……」
「迂闊に入らないほうがいいですよ」
冒険者が奥を指さした。
「まだフロア内に、呪いが残っているようです。ほら、黒いのとか」
さっさと解除しないといけないな。まったく余計な仕事を増やしてくれる。
「じゃあ、解呪を始めるか。……カースイーター!」
帝国軍相手に結構呪いを放出したから、まあちょうどいい補充になるか。俺にとってはこんなのは作業だ。大気にわずかに残っている残滓を吸い取り、近くにいるブタから呪いを解除していく。
あーあー、フロア内をこんなに汚しちまってまあ。……おい、そこのブタ、糞してんじゃねえ! 戻った時、悲惨だろうが――っておおっ!! 戻った者の名誉のために、これ以上は黙っていよう。
・ ・ ・
「ありがとうございました、アレス様。おかげで助かりました」
ギルマス代理のボングとギルドスタッフたちが深々と頭を下げる。
「いや、お前たちも災難だったな」
注意書きを読まなかった馬鹿の巻き添えなんてついてない。奥の解体場にいた者たちは呪いの範囲外で無事だった。作業していたジンとラエルと解体員たちは何を逃れて、裏口を固めていたらしい。
改めてギルドフロアを見渡せば、何人かの冒険者とギルドスタッフたちが掃除をしている。
そして多数の冒険者たちが、その馬鹿と仲間たちを取り囲んで報復のお時間。
「……どこかで見覚えがあるな」
「フェロですよ」
ボングが言えば、ソルラが手を叩いた。
「アレスに水を掛けた馬鹿ですね!」
あー、いたな。そういえば。それから俺がボコボコにぶん殴った奴。
「はあ? アレス――大公に水ぶっかけた!?」
ベルデがビックリすれば、シヤンも呆然とする。リルカルムは嘲笑を浮かべた。
「なにその、愉快過ぎる馬鹿は!」
あれからしばらくギルドに近づかずにいて、さすがにほとぼりが冷めただろうが……。やってきて早々に騒動を引き起こすとか、運がないというか何というか。
しかし貼り紙の警告を無視したんから自業自得。今回の件でかなりプライドや尊厳を傷つけられた者たちも多かったようだから、制裁は免れないだろうな……。
まったく、余計な手間を取らせてくれたもんだ。仕方がない。
「……アレス?」
首を傾げるソルラと仲間たち。俺は、積み上げられた宝箱を指さした。
「全部、ここで解除しておくぞ。またどこぞの馬鹿が呪いを撒き散らさないようにな!」
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