第154話、最深部に迫る足音、焦る教団幹部


 魔の塔ダンジョン最深部。王都教団の指導者リマウ・ランジャは、上級魔術師ハディーゴと机を挟んで対峙していた。


「――正直、彼らの足は止まっていないですね」

「そのようで」


 老魔術師ハディーゴは頷いた。


「帝国を焚きつけて、ヴァンデ王国に攻め込ませようとダイ・オーガまで使ったのですが、どうにも上手く行きません。彼奴の西方軍は消滅し、各軍の増援も到着しない有様とか」


 ガンティエ帝国が、ヴァンデ王国に侵略を開始すれば、王国軍は応戦する。国力と兵力で劣る王国側は、魔の塔ダンジョン攻略を進めるアレス・ヴァンデや有力冒険者たちを防衛戦力に引き抜くだろうと予想されていた。


 だが蓋を開ければ、多発する想定外に帝国軍はヴァンデ王国侵攻どころではなくなっていた。


 第一、西方軍が拠点ごと消滅したこと。

 第二、ここ最近の帝都壊滅で好機と見た東の大国ハイマーが、ガンティエ帝国に侵攻を開始したこと。

 第三、放置した大型鋼鉄鬼ダイ・オーガが、何者かに操られて、帝国北方軍に大きな損害を与えたこと。


「……その後、ダイ・オーガは魔力切れまで暴れ回り、帝国北方軍を叩いた後、自爆したとのこと。帝国を使った妨害は、残念ながら上手くいきませんでした」

「原因は何です?」


 子供の姿ながら、リマウ・ランジャは淡々と問うた。ハディーゴもまた真顔で応じる。


「我々と同じく、陰で暗躍している者がおるようです。それもヴァンデ王国と繋がりがあると思われます。帝都への光、西方軍消滅、南方軍増援への妨害……そしてダイ・オーガを利用し北方で暴れさせたのも、その者が関わっておるでしょうな」

「何者ですか?」

「わかりませぬ」


 ハディーゴは首を横に振った。


「そして第二に、帝国は我らの想像以上に、恨まれておったこと」

「ハイマーの侵攻ですか」

「左様。よもや、帝都の壊滅と聞いただけで、侵攻を開始するなど思うておりませなんだ」


 そのせいで、帝国は東方への対処を強いられ、西方へ構っている余裕がなくなった。帝国を利用してヴァンデ王国の余裕を奪うはずが、帝国が余裕を失っているという皮肉。


「ヴァンデ王国が、ハイマーと繋がっているという線はありますか?」


 リマウの言葉に、ハディーゴはまたも首を振った。


「それはないでしょうな。東西で離れ過ぎておるのも一点ですが、第二点に、ハイマーが仕掛けたというのに、ヴァンデ王国に連動する動きが見られなかったこと。もし連携するつもりだったのであれば、ヴァンデ王国はもっと早く準備を進めていたでしょうし、現在ももたもたと国境を固めてなどいなかったでしょうな」

「東西挟撃の機会をみすみす取り逃がしている、と?」

「然り。あまりにヴァンデ王国側の準備に不手際が目立ちます。ハイマーとヴァンデ王国が共闘しているということはないでしょう」


 ハディーゴの言葉に、リマウは深々と溜息をついた。


「帝国はあてにならない」

「我々の力のみで、塔を攻略する冒険者とアレス・ヴァンデを対処しなくてはなりませぬ」

「いま、53、いや54階ですか」


 リマウ・ランジャはさらに溜息を重ねる。


「罠は悪くないのですがね。……どうしてこう突破されてしまうのか」

「それだけ腕利きが揃っているということでしょう」

「実に厄介だ。あと12階で、ここに辿り着かれる」


 魔の塔ダンジョン最深部66階。54階まで冒険者たちはきた。ここしばらく動きのなかった45階を抜かれてから、あっという間であり、このペースならば、66階に到着するのに半月もかからないだろう。


「これは皆さんにも本気を出してもらわねばなりませんね」


 リマウは静かに告げた。


「フロアのモンスターやトラップに頼るだけではなく……」

「左様ですな」


 ハディーゴは同意した。

 その時、部屋の一角、塔の全体を映す図の一つ――54階を示す光が消えた。


「おや、突破されましたな」

「早過ぎませんか?」


 リマウ・ランジャは眉をひそめた。

 つい先ほど54階に入られたと思ったのだが、1時間も経っていないのではないか。


「まったく……」

「次は55階。グレータードラゴンの根城ですな」


 巨大、とにかく巨大なドラゴンである。人間など、グレータードラゴンの足の爪程度しかないといえば、どれほど巨大かわかるだろう。


「並みの人間では、あの厚いドラゴンの皮を傷つけることもできない。大きさだけでなく、その防御力も、ドラゴンでも抜きん出ている」


 冒険者といえ、所詮は人間。グレータードラゴンに勝つためなら、大軍と大量の攻城兵器を持ち込んだとしても怪しい。そんな相手に、少数の冒険者が相手になるとは思えない。……はずなのだが。


「果たして、アレス・ヴァンデとその仲間たちを止めることができるでしょうか?」


 リマウは懐疑的だった。ハディーゴもまた僅かに首を傾げる。


「如何にアレス・ヴァンデであっても、グレータードラゴンではサイズが違います。蟻が人に勝てないように……」

「……」


 それでも、リマウは頷けなかった。そして55階の結果は――



  ・  ・  ・



 大怪獣戦闘だった。


 グレータードラゴンの巨体に巻きつくは、こちらも巨大なリヴァイアサン。規格外のサイズを持つもの同士の激闘は、互いのブレスが交錯し、周囲にある岩を砕いた。


 人間の介入できる戦いではなかった。二大巨竜を前にして、どう近づけというのか? 障害物に隠れ、飛んでくる巨岩などをやり過ごし、幸運を祈ることしかできないだろう。


 ドラゴンたちの激闘は続く。しかし巻きつかれた時点で、グレータードラゴンに勝ち目はなかった。リヴァイアサンに締め上げられ、内臓を砕かれ、巨大なるドラゴンは果てた。



  ・  ・  ・



「……」


 リマウ・ランジャは無言だった。ハディーゴもまた言葉はなかった。

 まさかあれほどの巨体を誇るグレータードラゴンが、締め上げられて絶命するなどという光景を見ることになるとは思わなかった。とてもレアな死因だ。


「リヴァイアサン……」


 リマウはあからさまに首を横に振ると、部屋から退出した。

 呪いから解放された大海獣は、アレスに協力し、彼とその仲間たちを助けた。それがなければ、この結果も変わったはずである。


「……実に」


 ハディーゴは呟いた。


「興味深いね」


 55階を、アレス・ヴァンデら冒険者グループは無事通過した。

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