第155話、霧の中


 グレータードラゴンとリヴァイアサンの一騎討ちなど、そうそうお目にかかれるものではない。


 さすがに俺たちは、見ていることしかできなかったが……いや、見ているだけでも命懸けだったがな。戦闘の余波で飛んでくる岩など、直撃したら人間なんて、一撃で死亡だろう。


 そんな55階を突破して、いよいよ魔の塔ダンジョン56階にやってきた。

 霧が出ていた。所々まばらにねじれた木のようなものが見えたが、それ以外は濃厚な霧が漂っている。


「こいつは呪いの霧じゃねえよな?」


 シガが、皆が思っていることを代弁した。俺は首を横に振る。


「いや、呪いの気配は感じられないな。……どうだ、ティーツァ?」


 バルバーリッシュの聖女に確認してみれば、彼女も首を振った。


「いいえ、ただの霧のようです」

「しかし――」


 バルバーリッシュ・リーダーのカミリアが眉をひそめる。


「濃密な霧です。ひとたび入れば、迷子になってしまいそうです」

「そんな気がするな」


 俺たちがいるところは大丈夫だが、この先に進めば、霧の中に突っ込むことになる。近くは見えるが、おぞらく合同パーティー全員を確認できるだけの視界はない。


「迷子が怖いってか、お嬢様」


 シガがからかうようなことを言うが、そこで鉄血のリチャード・ジョーが割り込んだ。


「怖いな。仲間とはぐれたら、捜索でさらに遭難もあり得る。この霧の中に敵が潜んでいるかもしれん」

「一人になったところを――」


 暗殺者であるベルデが、首をかき切る仕草をした。


「静かにやられちまったら、周りもそれに気づかねぇかもしれない。霧を抜けた時、何人かいなくなってるかもだぜ?」

「あまり不安を煽るのはどうかと思いますが」


 アルカンのリーダー、ベガがわずかに顔をしかめた。


「とはいえ、一度聞いてしまうと、それもあり得るんですよね……」

「この霧、吹き飛ばせませんか?」


 ソルラが言えば、何人かが『馬鹿なことを』と言いたげな顔になる。そんなことで霧がどうにかなるとでも思っているのだろうか、と言わんばかりだが、グラムのリーダーであるマルダン爺が一歩前に出た。


「濃密な霧ならば、水分を含んでいる分、風に流れる。雲と同じじゃからな」


 魔術師は風の魔法を使い、霧を払う。ふわっ、と白い霧が少し流れたが、すぐに元に戻るように霧が流れ込んだ。

 シガが首を傾ける。


「駄目じゃねえか」

「ダンジョンの意思だ」


 マルダン爺は髭に手を当てた。


「ダンジョンにあるモノは、元の姿に戻ろうとする。この手の環境もまた然り」

「……要するに、オレらは霧を突っ切っていくしかねえってことだな。……大公様?」

「用心しながら進め。……どの道、進むしかないんだ」


 ダンジョンを攻略しにきているのだから。

 合同攻略パーティーは、他に道がないので霧の中を進む。隣にいる者は見えるが、そこからさらに隣となると、もはや影のみで、その先の者は見えなかった。

 濃厚で、水気を含んだ霧は、さながらカーテンのようでもあり、視界を遮った。


「シヤン、どうだ? 何かわかるか?」


 獣人のハーフである彼女は、聴覚や嗅覚も人間のそれを遥かに凌駕している。霧の中でも、周囲の状況を俺たちより把握しているだろう。


「……敵意などは感じ取れないぞ。あたしら意外に何かいる気配は、今のところない」

「敵がいないというのは、ありがたいですね」


 ソルラの声がした。俺からでもかろうじて彼女の姿が見えた。


「待ち伏せとか、不意打ちが厄介そうですもんね。ふっと現れたのか敵なのか味方なのか、瞬時に判断しないといけないですし」

「脅かしっこはなしで願いたいな」


 俺が苦笑すれば、ソルラも笑った。


「誰かやりそうですよね」


 それな。霧に紛れて、仲間を驚かせようとするお調子者や悪戯っ子がいるかもしれない。さすがに生死のかかっているダンジョンで、そんな軽率なことはない――と思いたいが、人間の行動など、軽くこちらの予想を超えてくる。


 天性の悪戯っ子が本能や反射的にやったり、落ち込んでいる仲間の気晴らしの冗談のつもりだったー、とか。こういう時だから、ついやってしまうこともあるのだ。


「待って」


 シヤンが唐突に顔の向きを変えた。


「今、倒れたような音がしたぞ! 足音じゃない!」

「止まれぇ! 警戒!」


 俺は叫んだ。


「近くの仲間がいるか確認しろ!」

「また――誰か」


 シヤンが振り向いた。


「わからない。何か動いているわけじゃないのに! また誰か倒れたぞ!」

「敵がいるのか!?」


 冒険者たちは警戒を深め、近くの仲間に声かけをする。そうやって無事を確認するのだが、中には仲間が見つからないらしく、何度も名前を呼ぶ声が聞こえた。……倒れたのはそいつらか。


「ヤバいのだぞ……。殺意も敵もいないのに、何で、倒れて――」


 シヤンがガクガクと震え出す。先ほど名前を呼んだ声も途絶えている。いつの間にか、周りから人がいなくなっていく、そんな心細い空気を俺も感じた。


「これ、は――すい――」


 シヤンがフラリと傾き、倒れた。俺の耳にも近くで何か、いや誰か倒れた音が聞こえた。


「シヤン! ――ソルラ!」

「アレ、ス……」


 ソルラも膝をついて、そのまま倒れ込む。おいおい、何が起こって――


「……!」


 何だか急に、眠く……なって、きた。立っているのがしんどい。片膝がつく。こんな、ダンジョンで――寝たらまずいだろう、が……!


 睡眠不可の呪いをスイッチ。眠りたくても眠れなくなる呪いを発動。無理矢理、覚醒状態に。……あぁ、くそ。頭が重い。


「これはおかしい……。今さら見るまでもないか」


 仲間たちが次々に倒れている。この霧の中に睡眠を誘う何かが混ざっていたと見るべきだろう。視界を奪って、魔法か何かをかけられたのかもしれない。


「今、起きているのは俺だけか……?」


 呪いの効果で耐えたが、ここを敵に襲われたら一溜まりもないぞ!

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