第156話、その者、霧使い
霧に、人を眠らせる成分が含まれていたようだ。魔法か、あるいは気化した薬かは知らない。
俺は、不眠の呪いの効果で何とか凌いだが、合同攻略パーティーの冒険者たちはやられてしまったかもしれない。
俺はカースブレードを構える。霧に混入が毒物ではなく、睡眠ということは、トドメを刺しにくる奴がいるはずだ。こちらが皆眠ったところを見計らって……あれ、そういえば、睡眠罠のフロアって前にもあったような。
……あれは確か、牢獄と宝箱トラップの階か。全員眠ったら、牢獄行きになるってやつ。いやいや、ここは56階、そんな生温い仕掛けで終わるはずがない。
『おやおや、睡眠対策をしていた者もいたようですねぇ……』
霧の向こうから、知らない男の声が聞こえてきた。これは邪教教団の刺客かな。
『まあ、そうでしょうとも。ここまで来る猛者だ。状態異常の魔道具なり装備をしていたのでしょう。ですが――!』
ふっと、近くで倒れていたソルラが動いた。眠ったと思っていたが、もう起きられたか――!?
次の瞬間、剣を抜いたソルラがこちらに突っ込んできた。
「おいっ!?」
とっさに後ろへ飛びのいて回避。思ったよりソルラの突っ込み速度が緩かった。
「まさか、催眠魔法の類いか!?」
眠らされただけに留まらず、操られているのではないか。でなければいきなり俺に攻撃してくるわけが――
「!」
ぬっと別方向、霧の中からベルデが襲いかかってきた。不意を突かれたが、俺はカースブレードで阻止することができた。
そして気づく。ベルデ、お前――
「眠っている……?」
目を閉じ、それどころか頭もフラフラしているかと思えば、体もどこかマリオネットめいた動き。そしてその動きは、ソルラも同様だった。
これは催眠術や催眠魔法ではなく、眠らせた身体を、何らかの方法で繋いで動かしているのか!?
霧の中から、金属音がぶつかる音がした。そしてティーツァと思われる声が聞こえた。
『やめてください、カミリア様!』
これは、どうやら眠っていない者が俺以外にもいたようだ。そして俺と同じく、眠らされた仲間から攻撃を受けているといったところか。
「何とも悪趣味な展開だ」
『そうでしょうとも。仲間は攻撃できないでしょう』
ねっとりした男の声が響く。こいつが、仲間たちを操っているのか。
『何せ、ここまで苦楽を共にしてきた仲間たち。この試練の塔を駆け抜けた戦友たちの絆の力は強い。それが殺し合うなど、できないでしょう? あなた方には』
「小賢しいな、やることが」
操られているというなら、相手の意識を奪い、一時的に行動不能に追いやったのち、操っている奴を倒す、というのがセオリーなのだが、残念ながらその手は使えそうにない。
何故なら、操られている仲間たちは、眠っているからだ。意識がないのに、外部からコントロールされている。
幸い、外部制御だから、元のスピードや技のキレはない。余裕で受け止められるし、仲間でなければカウンターで仕留めることもできる。
が、それは敵の思う壺。仲間同士で殺し合いをさせて、こちらの人数を減らす。勝っても負けても、こちらの戦力が減るのだから、邪教教団にとってはどう転んでもよい。
唯一、連中に敗北を与える結果は、合同攻略パーティー全員が生き残り、操っている奴を倒して、ここを突破することだろう。
とりあえず――向かってきたソルラを躱して、音のする方へ。
「ティーツァ! 無事か!?」
『アレス様!?』
返事あり。まだ生きているな。仲間から襲われている者を集めつつ、操られている者たちの攻撃を凌げれば、とりあえず仲間討ちは防げる。
「いた!」
バルバーリッシュの仲間たちに囲まれそうになっている聖女ティーツァを見つけて、彼女に迫る剣を防ぐ。操られている連中は、皆お休み中のようだ。
「無事だな、ティーツァ?」
「はい、何とか。アレス様も、よくぞご無事で」
「怪我をしているのか?」
「かすり傷です」
腕を軽く切りつけられたようで、ティーツァは手で押さえていた。襲っている戦士たちが本気だったなら、かすり傷じゃ済まなかっただろうな。
「ぶん殴ったら、とりあえず起きるかな?」
「おそらく無駄でしょう。この霧が漂っている間は……」
ティーツァは表情を曇らせている。
「魔法を試みましたが、回復はできませんでした。仮に目覚めたとしても、外から操られているのなら――」
「意味はない、か」
『そうです。あなた方の抵抗は無意味です!』
あの不愉快な声が響いた。
『ここで果てるのです! あ――』
妙な間、というか声が聞こえたような。そして俺たちと囲む冒険者たちが、糸の切れた人形のようにバタバタと倒れていった。
「え……?」
ティーツァも目を丸くする。一体何が起きたのか?
「アレス様……?」
「俺にもわからない」
突然、どうした? 何故、周りにいた者たちは倒れたのか? 敵が操っていたのではないのか。
奇妙な沈黙。俺は周囲に気を巡らす。この白い霧の向こう、見えない先から異変を感じ取ろうとする。
「アレス様、霧が――」
ティーツァが気づいた。確かに、濃密だった霧の壁が薄くなっていく。
突然なんだ? 圧倒的に敵が有利だったはずなのに、急に霧が消えていくなんて。操っていた仲間たちもすでに倒れているし、わけがわからない。
「……!」
と、正面に気配を感じた。ひたひたと近づいてくる。霧が晴れつつある。ぼんやり浮かんだ影は、やがて、よく見る魔女の姿になった。
「リルカルム!」
「あー、生きてたわね。ご苦労様。敵は倒しておいたわよ」
災厄の魔女は、くいっ、と指で後ろを指した。見れば、暗黒魔術師が心臓辺りを貫かれて死んでいた。
「ティーツァ。もう回復魔法で、みんなを起こしても大丈夫よ」
「あ、はい!」
「無事だったんだな、リルカルム!」
俺が確認すれば、魔女は肩をすくめる。
「まあね。このワタシに霧で仕掛けてくるなんて、とんだマヌケもいたものだと思ったわ」
「そうなのか?」
「ワタシ、霧魔法に関しては、ちょっとしたものでね。まぁ、得意分野ってやつなのよ。それで仕掛けられたら、つい、やっつけちゃったってわけ」
堂々とリルカルムは胸を張った。
「何なら、ワタシのことは霧の魔女と呼んでくれてもいいのよ?」
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