第157話、孤児院を建てよう
霧魔法なんて、初めて聞いた。魔の塔ダンジョン56階は、リルカルムが番人であった邪教教団の暗黒魔術師を倒したことでクリアした。
霧の魔法について研究していたリルカルム曰く、霧と同化できるらしく、それを用いて、敵の居場所を発見し、その暗黒魔術師の背中から心臓を貫いて殺害したのだそうだ。……嬉々と話してくれたが、相変わらずエグい女である。
何にせよ、リルカルムの働きがあって、犠牲なしで突破できた。彼女がいなかったら、俺とティーツァだけで何とかしなければならなかった。その場合、無傷勝利できたかは怪しいな。
合同攻略パーティーの大半のメンバーが眠らされた上で、操られたということで、王都に帰還して、体に異常がないか検査と治療などリフレッシュを図った。55階はレヴィーが大暴れしただけだったが、52、53、54階も潜り抜けたわけだしな。
冒険者ギルドでいつものように後処理をして、それぞれ解散。俺も、ダンジョンのことでヴァルムに報告すべく王城へ。
隣国対策など忙しい我が弟だが、相変わらず俺が来ると、即面会だ。
「すまんね。お前も忙しいだろう?」
「大臣たちの会議を聞いているだけだ。時々、もっと建設的に時間を使えないものかと呪いたくなる」
ヴァルム王は、そう冗談めかすのである。
「そういう呪いはないなぁ。すまんな弟よ」
「それは残念」
というところで、本題に入る。ダンジョンはまだ続くようだ、とこちらが言えば、ヴァルムのほうは隣国の動きを語った。
「……もっとも、昨日今日で劇的に何か変わったわけではないが」
「帝国が忙しいのなら、時間が稼げて結構なことだ」
東の国ハルマーに攻められているガンティエ帝国。そちらにかかりっきりとなってくれれば、こちらは大助かりだ。……何なら、ハルマーがそのまま帝国を打倒してくれても、ちっとも構わないよ。
「――そういうわけで、兄さん。対帝国戦線は、特に動きはなしだ」
「このまま大人しくしてくれればいいんだがな」
「まったくだな。……それで、話は変わるが、頼まれていた孤児院の土地の件」
「決まったかい?」
幸せの会、ミニムムといった孤児救済と口にしながら、子供を食い物にして汚い金稼ぎをしていた団体――それらから保護していた子供たちを、新たに保護する場所作りを進めている。
俺も、孤児たちのため、ダンジョンでの戦利品を換金し、彼らの食料や物資支援に注ぎ込んできた。
「幸せの会やミニムムの土地は押収したが、それらの施設を再利用するのがもっとも費用が安くて済むが――」
「それは駄目だ」
俺が言えば、ヴァルムも頷いた。
「孤児たちの精神面によろしくない。幸せの会の女の子たちは騙されていたが、ミニムムの男の子たちはほぼ虐待されていたわけだからね。そりゃあ心に傷を負うさ」
収容されていた場所の建物を建て替えたくらいでは、トラウマは拭えない。だから場所も違うところにする。
「それで、孤児院は、クレン元侯爵の王都屋敷を改築して使うのはどうだろうか」
「クレン侯爵」
二つの偽慈善団体から、少年少女を買って虐待死させた腐れ外道。幸せの会、ミニムムの処罰と同時に、不正奴隷売買にかかわったとして、クレン侯爵も処刑された。……王都住民の腐れ侯爵への罵声の洪水は、一つの語り草になっている。
「侯爵の土地を没収して、その扱いについて色々あったが、いい加減、大臣たちの話し合いにうんざりしたから、兄さんに預けることにしたんだ」
ヴァルムは、俺をじっと見た。
「どうする? 建前は兄さんの土地ということにして、孤児院にかかる費用や面倒は全部国が見ようか? 兄さんの所領の一つだから、兄さんのほうで孤児院を建ててもいいし、新しい大公邸にしてもいい」
前者は、弟と国に丸投げ。後者は、俺が領主として扱う土地ということで自由にしていいということだ。
新しい孤児院の場所を探している、ということで探してもらっていた場所だ。そう言ったからには、別の用途で使うのも格好がつかない。
「好きにしていいのなら、孤児院として改築しよう」
一応、俺の土地ってことで、費用その他、俺が出そう。それが領主ってもんだ。
「国としても、孤児院には一定の補助金を出している。孤児だって、大人になれば国の大事な働き手だからね。……まあ、私が呪いで寝込んでいる間に、この補助金を別の目的に使っていた不届き者たちがいたがね」
繰り返すが、ミニムムや幸せの会、隣国の工作組織だった共有参加守護団なる組織のことだ。彼らの背信、子供を守れと能書きを並べて私腹を肥やしていた悪党どもを、ヴァルムは激しく憎悪し、その処罰を一切容赦しなかった。
民の税金を不正使用していた者たちに裁きを!――ヴァルム王の怒りは、至極もっともだった。
「さっきも言ったが、再利用したほうが安く済むが……まあ、一から建て直すのも、兄さんに任せる。もう、兄さんの領地だからね」
「ありがとう。……あの屋敷で犠牲になった子供たちは残念ながら生きていないし、他の孤児たちには何の因縁も建物だけど、やっぱり気分的にそのままというのは、ね」
「わかった。それで人はどうする? 兄さんの土地だから、私があまり手を出すのもどうかと思うが、状況が状況だし、こちらで集めようか?」
魔の塔ダンジョン攻略などで、俺もまあまあ忙しい。とはいえ、それを理由に、俺が助けた子供たちのことを、国や教会に丸投げしては無責任だからね。
「こちらで、人を集めてみるよ。……まあ、もしかしたら陛下にお願いすることもあるかもしれないが」
「もっと頼ってくれていいよ、兄さん」
ヴァルムは小さく笑った。
「手続きを済ませてしまおうか」
・ ・ ・
クレン元侯爵のお屋敷と土地を手に入れた。国と教会に臨時で預けている孤児たち――まあ、本当は俺が面倒を見なければならないこともないんだけど、助けた俺が責任をもたなくてどうするってもんだ――ということで、その子たちもできるだけ早く引き取らないとな。食費などは報酬だったり、ダンジョン戦利品を処分して賄ってはいるけれども。
王城から、案内の兵たちと俺は、さっそく元侯爵の王都での屋敷を見にいく。……行ったのだが。
「……ここで間違いないか?」
「そのはず……です、はい」
兵たちは、地図と辺りを見比べて、冷や汗をかいている。
「おかしいな……」
「……」
鉄の柵は倒れ、屋敷は火事にあったらしく、炭になっていた。
「クレン侯爵殿は、相当、民から恨まれていたらしい」
処刑される時の群衆の怒りも凄かったもんな。そういえば、あの時、王都で火事騒ぎがいくつかあったとかなかったとか。
「ま、建て替えるつもりだったし、解体の手間は省けたな」
後片づけの手間はあるけれども。
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