第231話、帝国軍陣地、壊滅


 ジャガナーの主力軍、魔の塔ダンジョンのあるパウペル要塞から撤退。三個大隊ほどを残して、他戦線に移動するのだ。


「へえ、ダンジョン攻略には時間が掛かるだろうと判断して、塔の周りにいるのは時間の無駄だと判断したんだな。やるじゃないか」


 皇帝陛下は探していますよ、という予防線を張りつつ、本来やりたかった南方の敵撃破。ジャガナーも、しっかり言い訳の材料を揃えて軍を動かしたか。


「ようし、リルカルム。敵が残していったおよそ1000人。始末していいぞ」

「はーい。待ってました!」


 リルカルムは、早速塔の制御を行い、ダンジョン二階に待機させていたモンスター軍団を移動させた。……俺は、彼女が制御装置をどう操作しているかをそれとなく観察する。


「それじゃあ、まずはオーク軍を出すわ!」


 リルカルムは宣言した。魔の塔ダンジョン入り口周りを固め、陣地を構築していた帝国軍に対して、オーク軍が突撃した。



  ・  ・  ・



 オオオオォォ!

 オーク重装兵が雄叫びを上げて、塔から飛び出す。帝国兵は吃驚した。


「て、敵襲っ! 敵襲ーっ!」


 歩哨が叫び、警戒待機の兵たちも慌てて武器を手に防御態勢を取る。しかし、オーク軍は勢いよく陣地に飛び込んできた。

 金属音と肉の切れる音が相次いだ。


「うわぁぁっ!」


 剣や斧で殴るように切られて、倒れる帝国兵。向かってくるオーク兵に槍を突き立てる帝国兵だが、雪崩のように押し寄せるオーク兵は一人を相手にしている間に周りに数人が流れていき、そこから側面から突かれたりしてやられていった。

 勢いで食い破られる帝国軍陣地。しかし、その勢いも帝国軍が本格反撃に転ずれば、次第に押し返され、膠着する。



  ・  ・  ・


「では、ここで次の駒よ」


 リルカルムは、塔の中からモンスターを、外へと転移させた。

 現れたのはフロアボスモンスターであったサンダードラゴン。それが虚空から現れて、帝国軍陣地の上に落ちてきた。


「竜だーっ!」


 降ってきたものに驚いている間に、サンダードラゴンに下敷きになる帝国兵。隊列を形成しようとしていた帝国軍部隊のど真ん中にドラゴンは飛び込み、そしてサンダーブレスを叩きつけた。


「「「うわあああっー!」」」


 射線上にいた帝国兵が、電撃ブレスによって感電、焼き殺される。密集状態だったので一撃で百人近くが、一瞬で焼け死んだ。


「次はぁ、こっち!」


 リルカルムが次のモンスターを陣地上に落とす。フレイムドラゴン――その業火ブレスは陣地ごと、敵兵を消し炭に変える。


「そしてー、こっちも!」


 フローズンドラゴンが襲来。風が吹き荒れ、一瞬で場を冷気のフィールドに包み込む。


 オーク軍に加えて、ドラゴンの襲来。それが三体。急を突かれ、先手を取られ続けた帝国軍にこれを跳ね返す力はなかった。


 オーク兵とドラゴンによる蹂躙に、帝国軍は時間と共に戦力を失い、死体の山――いやその屍さえ残らないほど破壊されたのだった。


「――あぁ、いい。このプチっと潰れていく感覚。ゾクゾクするっ」


 リルカルムは悶えた。圧倒的な力の行使。魔の塔から見下ろす戦いは、戦いと呼べるのか些か疑問だった。彼女は、まるでボードの上のゲームのように駒を動かして、敵を踏み潰した。人間がまるで、蟻のように小さく、そして弱い。


 リルカルムの凶暴性は、こういう時にも一切の良心の呵責もおぼえないのだろうな。見守る俺としては、まったく感じないわけではないが、一方で『どうせ敵国の人間だろう?』と、リルカルムの戦果に同調している自分もいた。


 戦争をすれば、誰かが死ぬ。それが自国の兵ではなかった。ならばいいではないか、と。まともにやって味方に犠牲が出て、それを悲しむことを思えば、敵が倒れていくのはいいことだ。


 ……だが、彼女のように戦争や人の命を玩具のように扱う心境にはなれない。

 なんだろうな。結局やっていることは、敵を殺している。なのに、その振る舞いで嫌悪感を抱いたりする。


 もっと作業感を出せばいいのか? あるいは泣きながら、同情しながら殺せばいいのか? いや、それはそれでヤバい奴だと思う。


 ともあれ、リルカルムは、要塞に残った帝国軍を、ダンジョンのモンスター軍団を使って殲滅させた。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョンは、帝都へと転移する。リルカルムに任せて、俺は塔の展望室へ向かうと、先客がいた。


「どうしました、アレス?」

「ソルラか。……それと邪王」


 珍しい組み合わせだ。この二人が一緒にいるのは、不思議な感じだ。


「何をしていたんだ?」

「邪王さんが、この世界のことを知りたいというので、お話をしていました」

「彼女から、色々教えてもらっているところだ」


 邪神として召喚され、異世界ではそれなりに危険な存在、例えるなら魔王のような男。それが邪王である。


 ユニヴェル教会の神殿騎士にして、とても真面目なソルラからしたら、存在だけで敵視しそうなものだが、さん付けする程度には仲がよろしいらしい。


「何か……? アレス?」


 小首を傾げるソルラ。いや……。


「お前がそこまで、邪王に寛容に接しているのが意外に思えてな」

「……そうかもしれませんね。以前の私なら、邪王さんを危険視していたかもしれません」


 ソルラは微笑した。


「でも、アレスと出会って、リルカルムやベルデと会って、やっぱり人って、肩書きだけじゃわからないなって……」


 俺は呪いを抱えた元王子。ほかに災厄の魔女や暗殺者が仲間にいて、確かにちょっと普通じゃないな。


 光と闇、双方を受け継いだソルラ。彼女の翼は、片方が天使のようであり、しかしもう片方は悪魔のようでもある。受け入れたからこそ、異世界の魔王のような存在に対しても、敬意をもって対応したのだろうな。


 俺は英雄だなんて言われているが、それがなければただの呪い持ち。差別や偏見にさらされる側だ。それでもソルラは受け入れてくれる。それは心地よいことであり、邪王もソルラからそれを感じたから話を聞いていたのだろうと思う。


 何が言いたいかと言うと、先ほどまでの鬱屈した気分から少し救われた。

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