第230話、ジャガナーの判断
ジャガナー大将軍の帝国主力軍が、パウペル要塞へ戻ってきた。
現在要塞には、魔の塔ダンジョンが突き刺さり、モンスター軍団が支配する。その軍団を使っているのは、俺たち――正確にはリルカルムであるわけだが。
「皇帝が生きていると知れたら、ジャガナー大将軍は最後の一兵まで、要塞、そしてこの塔へ突入させざるを得ない」
本人は皇帝を見限り、ナジェ第二皇子側につきたいジャガナーにとっては、不本意極まりない話だろうが。
「逆に、皇帝がもう死んでいるとなれば、ここを離れられる理由にはなるだろう」
「来てほしいわねぇ、敵には」
リルカルムはニヤニヤが止まらない。
「いっそ皇帝を見えるところに晒しておく?」
「それをやられると、ここの帝国軍は魔の塔に挑んで全滅だ。帝国も、ハルマー、ハルカナによって分断、持っていかれる」
それをやられると、ヴァンデ王国的には大損だ。せっかくラウダ・ガンティエを傀儡とし、賠償金をいただいて、王国への損害を全部返してもらおうと思っているのに、その二国に帝国を持っていかれたら、賠償金もとれなくなる。
「じゃあ、ハルマーとハルカナもやっちゃう?」
「無闇に戦争相手を増やすなよ」
外交関係を悪化させて、戦争なんて冗談ではない。血を見るのが大好きなリルカルムは大喜びだろうが、戦争になれば、人も金も物も吸い取られてしまうからな。好き好んでやるものじゃないよ。
「せっかくやる気になっているところ悪いがね、リルカルム。こちらは適当にやったら、塔を帝都に移動させよう」
ジャガナー大将軍の軍勢には、こちらの相手もほどほどにしていただいて、東や南の侵攻勢力への対処に向かってもらおう。
「直接やれないのは、仕方ないけれど。まあ、どの道、戦争が見られるのなら多少は我慢してあげるわ」
ガンティエ帝国は戦争中なので、観戦するだけなら、幾らでも見られる状況である。どうせ、塔の制御室から戦闘を見るだけなら、ここでの戦いに拘る必要もない。
・ ・ ・
パウペル要塞がどうなっているのか、ジャガナー大将軍は、自軍の中から斥候部隊を出して、偵察を行った。
攻略するとなれば、要塞の敵勢力の配置、警備状態を把握する必要はあった。
要塞の構造は把握していても、敵が占領している以上、守りの強固な要塞を攻略する側に立っているのだ。まともに戦えば、要塞の防御設備の突破に、多くの兵員を消耗するだろう。
できればそのような消耗戦などやりたくないジャガナーである。
偵察部隊は慎重に進み、天然の岩壁の囲まれた門へと近づく。敵がいれば、遮蔽から弓矢や投石、あるいは魔法などが至る所から飛んでくる。その防備は高く、少数の偵察部隊が挑んで突破できる場所ではない。本当なら――
「敵の姿、ありません」
「……人っ子一人、いないな」
偵察部隊は、静寂に包まれた要塞の門を見やる。門は開かれ、周囲に動くものはない。しかし岩肌に擬装した城壁や見張り台、射撃窓などがあって、そこに敵が伏せている可能性は充分にあった。だから警戒を怠らない。
「三人、行け」
部隊長は、斥候三名を門へと進ませた。一人は盾と剣、二人は剣は腰に下げ、クロスボウを携帯、特に上方からの襲撃を警戒していた。門の手前の伏せていた敵が襲撃してきても応戦できるように。
このまま何事もなければ、三人は城門をくぐり抜けることになる。偵察部隊の残る兵たちは、固唾を呑んで、動向を見守る。
三人の斥候兵は、門を抜ける。周囲を視線で睨み、敵の潜伏を確認する。しかし、何もなかった。
いや、何もないは過言か。戦った守備隊兵や、ゴブリン、オークと思われる死体や、その一部が武器などと一緒に落ちていた。
血の臭い、そして赤黒い染みが、そこらにあって、戦闘の跡であることを物語る。
「異常ありません」
一人が門から合図を送ると、偵察部隊本体は、要塞門の裏手へと侵入する。
「中はもぬけの空か……?」
激しい抵抗や待ち伏せを警戒していた偵察部隊長だったが、拍子抜けするくらい、敷地内は静かだった。
「警戒しつつ、要塞の中も捜索する!」
部隊長は、ジャガナー宛てに、城門の確保と敵の姿なしの第一報を伝えるべく、伝令を走らせた。そして部隊はわかれて、要塞の中と外をそれぞれ探索した。
・ ・ ・
「敵の姿はなし、か」
ジャガナーは、野戦陣地にいて、偵察部隊部隊長からの報告を受けた。
「要塞内は激しい戦闘があった模様です。親衛隊が、皇帝の寝室の前で交戦したものの全滅。部屋の中に皇帝陛下、レムシー皇女殿下のお姿は確認できませんでした」
「連れ去られた、とは思いたくないが……」
もし生きているなら、なおも追跡し、保護しなくてはならない。
要塞攻略を行い、戦力を消耗することがなかったのは、ジャガナーの本音を言えば、ありがたいが、皇帝の消息が不明というのは厄介な問題だった。
――死体があれば、もはや諦めもつくのだが。
生死が確認できない以上、魔の塔ダンジョン内に連れ去られた可能性がある。少なくとも、調査もせずに要塞から撤退することなど言語道断であった。
――しかし、相手はあの魔の塔ダンジョンだぞ……。
隣国、ヴァンデ王国が三十年掛かっても、攻略できなかったダンジョンである。過去、軍の攻略部隊が編成されたというが、多くの被害を出すばかりで攻略できなかったことを考えれば、触れたくないというのが、ジャガナーの本心であった。
大将軍は軍議を開き、各指揮官を集める。
「皇帝陛下の所在は確認されていない。怪しいのは魔の塔ダンジョンではあるが、そこに連れ去られたと断言もできない」
指揮官たちは顔を見合わせる。
「しかし、調査は必要だ。だが塔に入るに、一度に我々全軍が入れるというものではないだろう。故に、三個大隊を、魔の塔ダンジョンの監視と調査に残す」
「三個大隊……他の部隊は?」
「ここを離れて帝国を侵略する者どもの軍隊を討ち滅ぼす!」
当初の予定通り、南方から侵入したハルカナ軍から血祭りにあげる。
「はっきり申せば、陛下が生きている可能性は極々低い。しかし、もしかしたら、まだご存命の可能性もある。監視・調査部隊はそれを留意しつつ、塔を調べよ」
結局、ジャガナーは、皇帝は探していますよ、という形だけは整えて、その主力はパウペル要塞を離れさせることにした。
皇帝が塔に囚われていると確定していたなら別だが、そうでないなら、体裁だけ整えて移動もありだった。
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