第232話、帝国の未来
魔の塔ダンジョンは、ガンティエ帝国帝都に戻った。オレから直接手を出すわけではないが、脅威となっている塔が再び戻ってきて、帝都の住民は不安そうに塔を見上げていた。
さてさて、ラウダ・ガンティエの身柄はこちらにある。皇帝を利用し、我がヴァンデ王国から搾取した分、賠償させようとしたはいいが、これにはちょっとした手間が掛かる。
「ほほう、その手間とは?」
邪王が聞いてきた。後ろ暗い政治の話題ができる相手というのは貴重である。俺とこの異世界の闇の王との仲は、良好と言える。
「これまでは皇帝憎しの感情で、彼の評判を下げまくった。その結果、皇帝の権威は失墜した」
「肝心な時に無策の王など、嫌われて当然だからな」
邪王は皮肉げに言う。そう仕向けたのだがね。
「皇帝は身内からも嫌われ、見放される結果になった。国が二分したのはつけ込む隙となったが、いざまとめようとすると、混乱したままではやり難いわけだ」
「混乱させるのは簡単だが、まとめるのは難しい」
「まさに」
現状がまさにそれ。
「しかも面倒なことに、帝国と交戦しているハルマーとハルカナの戦況次第で、話も変わってくるから余計にややこしい」
「戦争の行方を読むのは難しい。特に自分と関わりのない国や組織のものとなると」
邪王は天を仰いだ。
「一番簡単なのは、自分自身で動き、すべて収めてしまうこと」
「それは邪王、あなただからできることだ」
圧倒的な力。介入すれば、有無を言わさず相手をねじ伏せる。それだけの力があれば、世界を自由に動かしていくことも不可能ではないのだろう。
ヴァンデ王国が、帝国とハルマー、ハルカナの戦いに参戦したとて、こちらの思う通りに事が運ぶとも限らない。ヘタすれば自国の民や経済にも出さなくてもよかった被害が出る。賠償させるために、新たな損害を増やすのも馬鹿らしい。
「どうなるのが、アレスにとって最善なのだ?」
「帝国軍がハルマーとハルカナを国境線近くまで押し戻して、膠着状態になること。ラウダ・ガンティエを傀儡の皇帝として、帝国の支配者として君臨することだな」
「膠着状態とは?」
「ナジェやジャガナーが勝ってしまうと、ラウダ・ガンティエを排除しようという動きが出る」
有事に働かない皇帝として、帝国軍では広く知らしめてしまったからね、ラウダ・ガンティエ君は。民も不満を抱いているだろうし、こういう国が面倒な状況の時は、そのトップである皇帝をすげ替えるのが、てっとり早い解決方法である。
話し合いで済めばいいが、気に入らない者は即刻排除してきたラウダ・ガンティエ君の性格を考えれば、まあ話せばわかる、と思うのは、よほどの馬鹿だ。
「帝国の不満を沈静化し、他国に対抗できる状況に盛り返すには、現皇帝がいなくなるのが一番だ。ナジェ皇子は嫌がるかもしれんが、ジャガナーが皇子を盛り立てる動きを見せれば、帝国軍は皇子派に流れる」
そうなれば、クーデターで物理的にお父様終了のお知らせだ。
「そこで、戦争に勝ちきらず、膠着状態に持っていくか」
邪王の言葉に、俺は頷いた。
「そうだ。外敵が存在している状況なら、身内で争っている場合じゃないからな。皇帝と皇子で争っている間に、ハルマーやハルカナに後ろからグサリと刺されるのは、帝国軍とて困るだろう」
最悪、皇帝と皇子が共倒れになり、帝国は崩壊する。帝国軍人たちにとっては、それは望むまい。それでも構わないという奴なら、とっくに亡命なりなんなりして逃亡しているよ。
「では、アレスにとっての最悪は?」
「ハルマーが戦争に勝つこと。それかナジェ皇子が勝ち、彼のもと新しい帝国ができることだ」
皇帝の身柄を押さえたことで、状況が変わってしまったからな。それまでは滅びてもよい、ナジェら身内と殺し合えと思っていたが、これまでのツケを賠償という形で搾り取る段階になった今、方針も転換せざるを得ない。
ハルマーとハルカナによって、帝国が滅びれば、搾取返しができなくなるし、帝国軍が勝ち、ナジェが、ラウダ・ガンティエを排除し新しい皇帝となったら、普通に面倒な隣人として存在し続ける。
ナジェがどういう政治をするのかわからないから、もしかしたら周辺国との関係改善の可能性もあるが、これまでのいい加減な言動からすると、割と他人任せな政治をするかもしれない。強い帝国が忘れられない連中が、ラウダ・ガンティエと同じ路線を望み、ナジェも適当にやるとなったら……やはり面倒だ。
「うちのヴァンデ王国は、帝国と違って大国ではないからな。武力で、帝国もハルマーもハルカナも潰す、なんてできない。というか、帝国はまだしも、ハルマーとハルカナとは戦争をしなければいけない理由もないわけだし」
暴力で何とかなるものでもない。俺としても世界征服したいわけではない。奪われてきたものを取り返したいだけであり、それ以上は多くを望まない。
リルカルムのように、すべてぶっ潰せばいいじゃない?――な考えはできない。
「戦況次第というか」
邪王は言った。
「ハルマーとやらが勝った時はどうするのだ?」
「こっちは皇帝の身柄を押さえたのを材料に、戦勝国入り。ハルマー、ハルカナとヴァンデ王国の三国で、帝国領を分割、吸収。そんなところかな」
ヴァンデ王国の領土が増えるよ、やったね――と。他国への差別志向が強い元帝国民と統治するのは、結構大変だと思うがね。ぶっちゃけ、そんな民でも王国に取り込んだ以上は、王国民だ。ある程度、保護や保証をせねばならない。
「ナジェ皇子が勝ったら?」
ハルマーとハルカナがしばらく帝国に手が出せない状況ってことだよな。皇帝を人質に、と言ったところで、ナジェを皇帝にした新体制になったら、ラウダ・ガンティエ君の価値は失われる。厄介払いができたから、煮るなり焼くなり好きにして、でおしまいな気がする。
あるいは、『皇帝を救え』の建前だけの大義名分を掲げて、ヴァンデ王国を攻めてくるかもしれない。
「ヴァンデ王国と帝国新体制との戦争になるな」
まあ、その時は、この魔の塔のモンスター軍勢を使って、新体制帝国軍を闇討ちするのが、王国民の犠牲が少ない戦い方となるだろう。リルカルムは大喜びだな。
「ナジェ皇子の帝国軍を排除したら、人質駒だったラウダ・ガンティエ君を、傀儡の皇帝の座につけて、帝国を支配させる……かな?」
「何だ、どう転んでも対処できるではないか」
苦笑する邪王。まあ、そうなんだけどさ。
「一応、国の命運が掛かる事柄に関わっているからね。対応策は考えるさ」
とはいえ、俺は大公の立場だから、王であるヴァルムに要相談ではあるのだが。……まあ、彼は俺の話を大体聞いてくれるから、問題はないんだが、あまりそれを過信するのもよろしくない。
きちんと誠実に、兄弟とは話し合うべきではある。
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