第233話、あの日の約束、忘れてない?
「それで、オレに話っていうのは、アレス?」
やってきたベルデは、そう聞くと、俺の前の席に座った。
魔の塔ダンジョン、最深階、邪教教団の使っていた神殿内である。この会議室にいるのは、俺と彼だけである。
「魔の塔ダンジョンの攻略が終わって、ひと段落したからな。約束を果たそうと思って」
「約束? 何かあったっけ?」
軽口にも似た調子のベルデである。
「おいおい、魔の塔ダンジョンの攻略を手伝ったら、変化の呪いを解いて、元の姿に戻してやるって話だよ」
俺が指摘すると、ベルデは思い出したと言わんばかりの表情を浮かべた。
「あったな。そんな話」
共有参加守護団の残党魔術師に、俺の暗殺を依頼された暗殺者のベルデ。しかしそのお仕事を降りようとした時、魔術師によって呪いをかけられて、女の子になってしまったのだ。
で、その魔の塔を攻略したら、俺がカースイーターで処理してやるって言って、協力させたというわけだ。
「お前はよくやってくれたよ。そして無事、生き残った。賞賛に値する」
「ま、あんたやリルカルムとか、凄腕ばかりだったからな。オレは大したことしてねえよ」
少女戦士の姿をしているベルデは言うのだ。随分と殊勝な物言いだ。もう少し誇ってもいいと思うがな。
「そんなわけで、元の姿に戻りたいだろうと思ってな。嬉しいだろう」
元の男に戻れるんだから。
「ん? ……うーん、うん」
「何だ、その微妙な反応は?」
思っていたものと違う。もう少し嬉しそうにすると思ったが、ベルデは要領を得ない顔をしている。まさか――
「戻りたくないのか?」
「うーん。戻りたいといえば、戻りたい……? んー」
ベルデが本気で悩んでいるように見える。年頃の娘の姿だから、愛嬌があるのが小憎らしい。中身は成人男性なのに。
「こんなことを言うと変かもしれないが――」
「もうすでにおかしい」
「戻りたいかと言われると、そうでもないっていうか。嫌じゃないっていうか」
……本気か? 女の子の体だぞ?
「この体も悪くないっていうか。慣れてしまったというのか……」
歯切れの悪いベルデである。
「このままでも別によくね、って思えてきたというか。男だってことを意識しなくなっていたっていうか」
変化の呪いが、外見だけでなく、精神にも影響を与えたようだ。人間とは環境に順応するものだ。
姿は変われど、いずれ受け入れ、それが普通になってしまうことは往々にしてあることである。ベルデも、もう少女の体であることが、自然となってしまったのかもしれない。
「ぶっちゃけ、困ってないっていうか。何か、この姿のほうが、周りが優しい気がする」
シヤンとかソルラとか、とベルデは言った。
「体は変わったが、中身までは変わったわけじゃないって思っていたんだけど、なんつーか、元の――暗殺者だった頃に戻るのが何だかなー、って」
冒険者業で、仲間たちとワイワイ楽しいことをしていたい、という気分。俺たちや他の冒険者パーティーと組んで、魔の塔ダンジョンを攻略した時、仲間たちと冗談を言い合ったり、からかったりした。
暗殺者である時は、基本一人だった。せいぜい情報屋と会話するくらいで、仕事の時も一人で考え、すべてをやった。
「魔の塔ダンジョンでは、オレは何度も死にかけた。これまで通りの暗殺者だったなら、たぶん死んでいた。だけどここじゃあ、暗殺者だったオレでも死なせないに、助けようとしてくれた」
それが新鮮だったし、身に染みた、とベルデは語った。
「だから、すぐに戻りたいってのはないんだ。……もちろん、こっから先もずっとそうであるかはわかんねえけど。とりあえず、保留ってことでいいか?」
「まあ、お前がそう言うのならな」
こういうのは本人の意思を尊重するものだ。
コイツはこう思っているはずだ、こうあるべきって、思い込みや都合で急かしたり強制するのは最低だからな。他人が口出しすべき領分っていうのを、人間は弁えるべきだと思う。自分の尺度だけで、人を判断するのはよくないということだ。
「それで、これからどうする? 魔の塔ダンジョン攻略は終わったわけだから、攻略パーティーは解散だぞ」
「そうだよな……。ここを離れても、もう暗殺者には戻らない気もするし」
王都の暗殺ギルドは残っていないしな。そっち方面は戻るってわけにもいかないだろう。
「他のメンツがどうなるかだよな。個人的には、アレスのそばで護衛でもなんでもいいから、居てもいいかなーって思う。……あんたは護衛なんていらないだろうけど」
居心地がいいんだよな、とベルデは笑った。
「こっちも当面、保留だ。ダメか?」
「構わないよ。好きにしろ」
俺は苦笑した。
「ただ、俺の周りでは、まだ帝国関係できな臭いから、あまり気を抜けないがね」
「了解だ、ボス」
ベルデは『保留』ということで。……それはそれとして、元の姿に戻るだろうと思っていたから、俺としてはちょっと拍子抜けしたな。
・ ・ ・
コンコン、と戸がノックされた。やってきたのは回収屋のジンだった。
「いま、大丈夫ですか?」
ジンが確認してきたので、頷きで答える。彼は扉を閉めた。
「割と深刻な話か?」
「ええ、まあ。これからのこともありますので」
これから、か。はてさて――
「魔の塔ダンジョンの攻略は済んだ。お前たちが回収屋として、塔のモンスターの素材を大量に拾ってくれた。おかげで、孤児院やらなんやらの運営費には充分過ぎるほど稼ぐことができた。感謝している」
「いえ。……お役に立てたなら光栄です」
ダンジョンでの魔物素材はお金になる。それで雇われた回収屋であるジンと、その弟子ラエル。彼らの経験と知識、そして魔道具は、魔の塔ダンジョン攻略に多大な貢献を果たした。偽りなく、感謝だ。
そして、その契約も、魔の塔ダンジョンをクリアした今、終了ということになる。いつ切り出そうかと思っていたら、彼のほうから先に来てしまったわけだが。
別件だったら恥ずかしいので、話を聞こうか。
「話とは?」
「リルカルムの話です」
ジンは切り出した。
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