第234話、リルカルムの未来


 俺のもとを訪ねたジンは、リルカルムのことで話があると言った。何とも神妙な様子である。


「リルカルムがどうかしたか?」

「大公閣下は、これから先のことを見据えていらっしゃると思いますが――」


 名前呼びでないところに、この話の真剣さが見てとれる。


「リルカルムの処遇について、どうするおつもりなのか、お聞かせいただけないでしょうか?」

「何故、それを聞く?」


 言い方は悪いが、ジンは一介の回収屋だ。リルカルム――過去に国を滅ぼし、危険視された災厄の魔女の今後について、それを伝え聞く意味があるのか?


「失礼ながら、大公閣下が彼女を御することができるのなら、私は何も言いませんし、すべてをお任せします。ただ、扱いに難儀している、あるいはよい解決方法をお探しというのでしたら、何かお手伝いできないかと思いまして」

「……続けてくれ」


 具体的に、どうなると思う?


「現状、リルカルムは、ガンティエ帝国に対して、自らの破壊衝動をぶつけています。これは大公閣下や、ヴァンデ国王陛下の望み、利害が一致しているので問題はないのですが、ひとたび帝国への報復が済んだ時……リルカルムが平穏な世界を望むのか? それは今後の憂いとなるでしょう」


 望んでくれないかな、平穏を。


「何より不安を煽っているのが、リルカルムがこの魔の塔ダンジョンを手中に収めていることです」


 ジンは、いずれヴァルムや、色々なところの王様なりが指摘する問題点を口にした。


「その気になれば、彼女は世界とも戦争をやりますよ。魔の塔ダンジョンの力があれば、それなりのことができます」

「だろうな」


 パウペル要塞の攻略、その後の、ジャガナー大将軍が率いる主力軍の攻略部隊を、ダンジョンモンスターの軍勢で制圧した。その気になれば、世界征服なんてこともやりようがあるし、邪神の代わりに彼女が世界を滅ぼすなんて可能性もある。


「可能性の話をすれば、彼女でなくても、誰にでも可能性はある」


 どこの国にだって、その力があれば、よくない方向へ使おうとするかもしれない。


「ラウダ・ガンティエだって、もしこの塔を手に入れたなら、きっと周辺国の支配に使っただろうしな」

「あの皇帝ならあり得ることです」


 ジンは認める。


「しかし、危険度を考えれば、リルカルムもそれに匹敵しますよ」

「俺としては……信じてあけたいところはあるんだ。彼女には」


 絶大な力を与えられ、災厄の魔女と恐れられたリルカルム。だがそれは、彼女を作った国に対する復讐であり、言ってみれば自業自得なのだ。


「一国を滅ぼした事実は消えないが、それを以て、彼女の全てと判断はできない。現に、彼女は俺の願いを聞いて、魔の塔ダンジョン攻略に手を貸してくれた」


 不死の呪いを返してほしくて俺に協力したリルカルム。だが彼女はこっそり、俺にも知られず不死の呪いを確保していた。その時点で協力する必要もなかったのに、彼女は何も言わず、これまで通り、攻略に尽力した。それを誠意と思いたいが――


「この塔を手に入れるために、手伝っていただけかもしれないですよ?」

「嫌な言い方をするねぇ、お前」

「耳触りのいいことしか言わない人間のほうがよかったですか?」

「諫言には感謝しよう」


 人は得てして、都合の悪いことを見ないフリするところがある。敢えて、指摘したり、戒めたり人間もまた、権力者のそばには必要だ。


「ジン、お前ならどうする?」

「まず、魔の塔を破壊ないし、使用できないようにします」


 回収屋は淀みなく答えた。


「これは大公閣下の指摘通り、この塔は存在するだけで争いの火種になります」

「リルカルムがー、ではなく、誰の手にあっても周りからしたら脅威というわけだ」


 たとえばヴァンデ王国が保有したとすれば、帝国も、ハルマーもハルカナも、その他近隣国も、何とか王国から切り離せないか、政治的圧力ないし武力を以て仕掛けるだろう。あまつさえ、自分たちが保有しようとさえするはずだ。


 災厄の魔女が危ないから、ではなく、全員公平に使えないようにする。それがもっとも平和的解決だろう。


「まず塔の廃棄だな。それには全面的に賛成だ。その後は?」

「問題はそこです」


 ジンは腕を組んだ。


「彼女の破壊や攻撃衝動を活かす役割があればいいのですが、かといって権力者の顎で使われるのは、彼女も嫌でしょう」

「従える、支配する者に対して、彼女は報復が発動しやすいだろうしな」


 それで国が滅びているからな。その前例を無視すれば、次に滅ぶのはこちらだ。


「できるできないは、無視するとして、選択肢としては――」


 ジンが指を立てた。


「一つ、彼女の不死の呪いを取り除き殺すこと。そうなれば、今後を心配することはない」

「却下だ。それが通用するなら、俺自身、山ほど呪いを抱えているから、それが周囲に向けられる前に殺してしまえ、が通用してしまう。俺自身、それで納得できないのだから、リルカルムだって納得しないよ」

「二つめ、邪王を召喚した逆、別の世界へ飛ばしてしまう」


 いわゆる世界からの追放。この世界に被害が出なければ、他の世界がリルカルムに破壊されても構わない、という無責任極まりない案だ。それで災厄を送り込まれた世界には同情する。


「できるかどうかに疑問はあるが、自分たちさえ良ければ他はどうでもいい、というのは気分のいいものではない」

「三つ目、彼女のスリルを提供すべく、一緒に冒険者でもしながら旅をする」


 ジンがそう提案した。


「今回の魔の塔ダンジョンの攻略のように、ハラハラドキドキした旅でもすれば、仲間の大切さと楽しさを育みつつ、攻撃衝動を敵対する魔物などに向けて発散できる」

「冒険者とは、人生更生ができる仕事だった?」


 そういう視点はなかったな、俺には。


「傭兵だと、人間が敵として出てきますから、あまり人殺しに味を占められても困ります」

「野生の動物みたいなことを言うのな」


 これには苦い笑いしかできない。彼女は野生生物より賢明だよ。


「他の案に比べれば、遥かにまともな案だ」


 だがそれには、いざという時、彼女を抑えられる者でなければならない。俺のような……。


 大公であることを捨て、孤児院などを人に任せて、リルカルムと冒険者三昧か。それもいいかもしれないな。平和な世の中になったら……。


 問題は、彼女がそういう冒険者ライフを気に入って、その気になるかどうか。

 ただリルカルムの今後のことを考えれば、選択肢としてありだと思った。

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