第235話、帝国戦線、異常あり


 ガンティエ帝国戦線に動きがあった。


 まず、南方戦線。

 南方から侵入したハルカナ軍、その主力部隊は帝都方面へ進出しつつあり、帝国南方軍は風前の灯火状態であった。


 南方軍最後の拠点ベアートゥス城に迫ったハルカナ軍だったが、そこへパウペル要塞から出撃したジャガナー大将軍の帝国軍主力が、側面を強襲。ハルカナ軍の前線と後方を切り離した上で、ハルカナ軍主力の西から東へ一気に進出し、半包囲を仕掛けた。


 これまで陣地にこもって動かなかった帝国軍が、急に機動戦を仕掛けてきたことで、ハルカナ軍はその速度に対抗できず、完全包囲を許す結果となった。


 その結果は一方的である。ベアートゥス城の手前、カステッルム平原の虐殺と言われる戦いは、ガンティエ帝国軍の圧勝に終わった。ハルカナ軍は主力を喪失、国境まで撤退するしかなかった。


 続いて、東方戦線。強大なハルマー軍の進出に対して、その後方を脅かしていたナジェ皇子率いる傭兵軍だったが――



  ・  ・  ・



「うーん、これはいよいよ、よろしくないな」


 ナジェ・ガンティエ皇子は、自軍の疲弊具合を見やり、声に出した。

 帝国中央にほど近い町、ブルムブム。現在、ナジェ率いる傭兵軍は、この町に籠城している。要するに、退路を絶たれて、孤立してしまったということだ。


「まあ、さすがに多勢に無勢だったかな」


 その戦力も、初期の頃のおよそ半数に減り、多数の重傷者を抱えている。それゆえ、退却できず、町に立て篭もることになったが。帝都方面まで、あと一つ、ハルマーの防衛線を抜ければ、帝国勢力圏であるが、残念ながら敵の壁は厚い。


「よくやったよ。うん、よくやった」


 ナジェは、残存部隊による最後の突撃を計画した。ハルマーの捕虜になるという選択肢はなかった。


 帝国軍を離れて、傭兵軍を立ち上げた以上、正規兵と同じ扱いはあり得ないし、そもそもハルマーは、ナジェの兄である第一皇子を捕虜にしたあと殺している。ハルマーが復讐戦を仕掛けてきている以上、皇子二人の命は、彼らにとって最低ラインの戦果だろう。


 ――まあ、このふぬけてしまった帝国の惨状を見れば、帝国を征服して解体しようとするまであるかな。


 半ば諦めの境地である。父であるラウダ・ガンティエ皇帝が、軍を動かさず、現状維持を命じた。それ以外の命令を出さないため、有効な防衛戦が展開できず、帝国軍守備隊は各個撃破されていった。


「ハルマーは、段々攻略戦が上手くなっているなぁ」


 立て篭もる帝国軍を撃滅する手順に慣れてきたというところか。これまでナジェの傭兵軍は、そうした都市攻略をする敵陣の後方から機動戦を仕掛けることで、少ない戦力で敵を痛打してきたわけだが、一度立て篭もってしまったら、包囲されて動けなくなった。


「兵隊は、走れなくなったら終わりっていうけど、本当なんだなー」


 ナジェは、ちら、と振り返る。ここまで彼についてきた歴戦の戦士たちも、疲労の色が濃い。彼らが軽口も叩けなくなっているところからみても、部隊の限界がきていることを皇子は察していた。


「やっぱ籠城はクソだな」


 籠城、立て篭もり戦術は、防御効果が高く、敵に守備隊の数倍の戦力の投入を強要できる。


 しかし、この戦術は、『援軍が来る』ことが前提になりたっている。味方がこなければ、孤立無援。籠城側の物資が尽きた時点で、終戦である。敵は包囲して、のんびり過ごしているだけで勝ててしまう。


 そして現状、各地の帝国軍が現在位置での死守を命じられているため、援軍の移動が不可能。包囲された守備隊は、その時点で敗北ルート確定なのである。


「ん?」


 町を囲む城壁から、ハルマー軍を見ていたナジェは、異変に気づいた。敵軍の後方から、新たな軍勢が現れたのだ。


「帝国軍だ!」


 彼らの掲げる軍旗は、ガンティエ帝国のそれ。その軍勢は、包囲のために背中を向けているハルマー軍へ突撃を開始した。


「おおっ! 味方だ! 味方がきたーっ!」


 援軍の到着に、ブルムブムの町の守備隊、そしてナジェの傭兵軍兵が歓声を上げた。劣勢の状況に来るはずのない援軍が駆けつけ、歓喜の渦が巻き起こる。


「しかし、何でまた……」

「嬉しくないのですか、殿下」


 近衛騎士が傍らに立つ。ナジェは口元を皮肉げに吊り上げる。


「だっておかしいじゃん? これまでまったく動かなかった帝国軍がだよ。親父殿の命令がなければ、動かないはずの帝国軍が……動く……」

「つまり、そういうことですよね?」


 皇帝陛下が、帝国軍に反撃を命じた。だから拠点にこもっていた帝国軍が動き出し、包囲されている友軍の救援に現れた。


「だとしたら嬉しいんだけど、何だって急に……」


 腕を組んで考え込むナジェ。側近の騎士は苦笑する。


「素直に喜んでいいんですよ?」

「てこでも動かなさそうだった親父殿が、心変わりした理由が気にならない?」

「ナジェ様の奮戦を聞き、方針を変えたのでは?」

「……」

「あるいは、殿下の窮地を知り、救援を命じられたのかも」

「カルド兄さんが亡くなって、さすがにオレまで死んだら困るってことかね?」


 やはり斜に構えた態度を崩さないナジェである。だが心中は複雑だ。もっと早く帝国軍動かしてくれれば、自分の部下も含めて、帝国側の死傷者を減らすことができたのに、と。



  ・  ・  ・



 東方戦線の流れが変わった。

 ガンティエ皇帝による命令が発令され、東方軍残存軍は、拠点防衛から一転、攻勢に転じた。


 これはハルマー軍の虚を衝いた。これまで帝国軍は拠点に籠もり、ただ最後まで戦うだけで、援軍が現れることは、ナジェの傭兵軍以外になかった。


 何故、帝国軍は動かないのか、不思議に思いつつ、侵攻を続けたハルマー軍は、ナジェ軍をブルムブムに押し込めた結果、もはや援軍はないと判断。後方に対する警戒が愚かになっていた。


 その思い込みを衝くように、帝国軍が動き出し、各地で都市攻略中のハルマー軍の背後を襲撃した。

 まさに奇襲だった。想定外の攻撃は、ハルマー軍に致命傷ではないが、思った以上の消耗を強いた。結果的にハルマー軍は、一度後退し、戦線の立て直しを図らざるを得なくなった。


 一方で混乱は帝国側にもあった。特に、皇帝命令が発令された件で驚いたのは、ジャガナー大将軍である。


 ガンティエ皇帝は、行方不明になっていたのではないか? パウペル要塞が壊滅し、魔の塔ダンジョンがあって、皇帝の生死は不明になっていたはずだった。


 そんな皇帝が、何故命令を発することができたのか、ジャガナーには理解できず、ただただ不気味に思うのだった。

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