第236話、傀儡皇帝の命令


 帝都に、魔の塔ダンジョンが再び建った。


 帝国民は戦々恐々としたが、帝都に住む彼らの不安は、ある程度緩和されることになる。


 何故ならば、塔の上層、展望台にガンティエ皇帝とおぼしき人物が現れ、拡声魔法と思われる声で、呼びかけてきたからだ。


『余は、ガンティエ帝国皇帝、ラウダ・デラニ・ガンティエである! 帝国の民よ。余の話を聞くがよい』


 ラウダ・ガンティエは、魔の塔ダンジョンは新たな皇帝の城である、と宣言した。強大な力を手に入れた帝国は、周辺国を圧倒し、侵略者との戦いに勝つ、と民に約束した。


 帝都民たちは、不安はあれど、魔の塔が敵ではないという皇帝の言葉を信じて復興に励んだ。


 皇帝は、帝都守備隊を通じて、残存帝国軍に指令を出した。


 南方戦線はジャガナー大将軍の主力軍で持ちこたえられそうなので、それ以外の戦力を東方戦線に集中。ハルマーを撃退するように命じた。

 降って湧いた突然の反攻命令に、各都市、拠点に駐留、足止めされていた帝国軍は、ただちに行動を開始して、東方戦線へ向かった。


 西方や北方に、わずかながら展開していた守備隊にも、東方戦線へ向かうように命令が下ったため、不安を抱く指揮官も少なからずいた。


「北方のリアマ王国や、西方のヴァンデ王国への守りはよいのか? 国境に兵がいなければ、攻められるのではないか?」


 北方と西方守備軍に任じられていたアリウス将軍も、その一人だった。あまりに戦力がなく、本来なら北方と西方、それぞれ司令官がいるはずなのに、双方の戦線を一つの司令部で兼務させられている指揮官である。


 そんな将軍に対して、皇帝から命令を伝えにきた使者は答えた。


「東のハルマー、南のハルカナが動いてなお、侵攻してこなかった国に関しては、もはや相手にする必要もなし」


 確かに帝国が窮地にあったことは、アリウス将軍も察している。長い国境線に対して、戦力が足らなくて、防衛線とは名ばかりのスカスカ状態であった。この時点で、ヴァンデ王国にしろリアマ王国にしろ、攻めてきたなら、帝国は終わっていたのではないか、とも思う。


「しかし、さすがに国境に誰もいないのは、問題ではなかろうか?」

「恐れながら、国境の守備隊は、全てを集めてようやく戦力と言える規模。そこから引き抜き程度では、東方戦線への援軍としては不充分と言わざるを得ません。どうせ攻めてこない敵を相手に見張るよりも、帝国のために戦え……と、皇帝陛下は申されております」

「……」


 国境防衛の不安について、何の参考にもならない話であった。しかし、皇帝命令とあれば無視もできない。


 つい最近も、中央軍で粛清騒動があり、ガンティエ皇帝は軍の忠誠について疑いを抱いている節があった。

 さすがに帝国の危機的状況を察したか、急に動き出した皇帝である。この流れで、あっさり指揮官の頭をすげ替えることに、躊躇もないだろう。


「承知した。北方・西方守備軍は、ただちに東方へ向かう」


 願わくば、ヴァンデ王国、リアマ王国とも、守備隊の留守をいいことに侵攻してこないことを……。


 無理か――どうにも嫌な予感しかしないアリウス将軍だった。


 各地の帝国軍は東方戦線への大規模な移動を開始し、対ハルマー戦に次々に参加。その結果、孤軍奮闘していたナジェ皇子と傭兵軍の危機を救い、東方からの侵略軍を後退させることに成功したのである。



  ・  ・  ・



 ガンティエ帝国の北方に位置するリアマ王国。その国王であるアレグレは、終始不機嫌だった。


「国境線の守備隊が、全部いなくなったっていうのに」


 かつて、帝国の帝都がダイ・オーガに蹂躙されたと聞いて、大喜びしていた王は顔をしかめる。


「ハルマーとハルカナが帝国に攻め込んで、いよいよ連中のケツに火がついたと思っていたのに。どういうことなの?」


 魔の塔ダンジョンが帝都に建った。しかもあの暴君が、魔の塔を手に入れた。

 国を滅ぼすと言われた力。その気になれば、魔物の軍団を使ったスタンピードを起こせることは、先日のヴァンデ王国王都の騒動を耳にして理解していた。


「そりゃ、国境だって開けても平然としているさ。手薄? 冗談じゃない。その気になれば、モンスター軍で反撃できるんだもん」


 ハルマーとハルカナにつられて、帝国に手を出していたら、今頃、そのモンスタースタンピードをぶつけられて大変なことになっていたかもしれない。……帝国への攻勢準備を命じる寸前だっただけに、まだ回避ができた。


「ヴァンデ王国も、結局、国境防衛に徹して動かなかった。因縁つけられて矢面に立たされていたのにさ、賢明だったよ、本当」


 アレグレ王は嘆息した。


「あー、うざいうざい。魔の塔ダンジョンが突っ立って、帝国ざまあ、と思っていたのに、あのクソ皇帝が、塔の支配者とかふざけんなって話だよ」

「では、軍は平常通りで?」


 家臣団からの質問に、アレグレ王は冷めた目を向ける。


「平常も平常。オレたちは何も見ていないし、何もしないよ、クソが!」

「今ならまだ、ハルマーやハルカナと共闘して、帝国打倒も可能なのでは……」

「は? お前、頭湧いてる?」


 アレグレ王は天を仰いだ。


「ハルマーじゃなくて、ヴァンデ王国だったら話は別だけどさぁ。ハルマーと共闘? あんな東方蛮族と手を組む? お断りだね」


 残念なことに、ガンティエ帝国は嫌いだが、ハルマーについてもその次に嫌いというのが、周辺国の評価だった。この二国が潰し合うのは勝手だが、片方に肩入れして損失を被るのは冗談ではなかった。


 一方で、ヴァンデ王国については嫌いではなく、むしろ友好に近い関係ではあったが、ここ数年は帝国の工作にやられて落ち目であった。


 その潮目が変わったのは、かの英雄王子アレス・ヴァンデの復活。彼のいるヴァンデ王国が、帝国戦線に加わっていたなら、ハルマーのことは目を瞑ってリアマ王国も参戦していただろう。


「というか、何かおかしいんだよなぁ」

「陛下……?」


 アレス・ヴァンデは王国内の魔の塔ダンジョンの攻略を進めていたという。そしてそれが成功したのか、ダンジョンはかの王国から消えた。


 しかし、時同じくして、魔の塔は今度はガンティエ帝国に現れた。しかも、ラウダ・ガンティエが塔の主となって。あの伝説の英雄王子が苦労していた塔が、何故こうもあっさり、ラウダ・ガンティエが手に入れることができたのか?


「やーっぱり、変だ」


 首を傾げ、黙り込むアレグレ王に、家臣たちも困惑し、言葉もなかった。

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