第237話、魔女は、皇帝と皇女を呪う


 人を痛めつけたり、玩具にすることにかけては、リルカルムには才能があると思う。


 俺は、これまで散々王国に対する工作を仕掛けた皇帝ラウダ・ガンティエと、疫病神であるレムシー皇女を、呪い漬けにすることに成功した。


 皇帝には、傀儡となってもらい、これまでの王国の被った損失を帝国の富をもって返済させることにした。幾多の国家的犯罪行為への罰でもある。


 皇帝は罪が清算されるまでは生かすが、その後は地獄が待っている。生きている間も苦しむように呪いを与えたが、ここでリルカルムが出てくる。


 彼女は、レムシーを自分の玩具にすると前々から宣言していたのだが、ヴァンデ王国サイドからすると、この皇女にも罰を与えないわけにはいかなかった。王国侵攻に、この馬鹿皇女のワガママが絡んでいることがわかっているからだ。


 それも加味した上で、皇帝と皇女を痛めつける。それがリルカルムの愉しみとなっていた。


 彼女は自分でも呪いを作り出し、それを皇帝とレムシーに用いた。

 要するに、人体実験である。清算されるまで死なないよう、ラウダ・ガンティエとレムシーに不死の呪いをかけたものだから、非人道実験の対象にちょうどいいということなのだろう。


 ヴァンデ王国やその他の国からして、あの二人は戦犯という名の死刑囚である。刑の一部と見るなら、この手の非人道実験に用いられても反対はなかった。


 魔の塔ダンジョンは、表向きは皇帝の新たな城だったが、実際のところは、彼とレムシーの監獄だった。表から入れても、二人は外に出ることはできなかったのだ。


 一方で、そうとは知らない帝国の人間が、身辺警護やお世話の相談のために、皇帝のもとにやってきたのだが、


「余の身の回りは、塔の設備が担っておる。警備は塔の外で充分。余に謁見する時と、何か会議事がある時のみ、中へ入ることを許すが、それ以外は、すべて塔の外にいるように」


 と、皇帝は宣言した。


 魔の塔を中心に城を建築し、臣下らはそこで住めと言い、建築にかかる費用は幾らでも構わないと告げた。


 結果、主な大臣級がパウペル要塞で死亡したため、その後任となった者たちは、自分たちの贅沢な住居兼、皇帝の城――塔以外のものに、贅を尽くしたものを建設させた。


 表向きは、偉大なる皇帝陛下の居城は、世界にも類を見ない超豪華なものでなければならない、という題目を掲げて。

 ……皇帝のご機嫌取りに走りながら、自分たちも贅沢しようという意地汚さが透けて見えた。実に浅ましいことだ。


 皇帝の許可が出たからやっている、我々は皇帝に尽くしている、と彼らは嘯くが、これが後々、民の大きな反発を買うことになろうとは、皇帝に群がる新配下たちは、気づいていなかった。


 さて、先日の身内の粛清の結果、新たな重臣となった貴族たちは、皇帝を恐れていた。若かりし頃の強権ぶりを取り戻したかのようなラウダ・ガンティエ。彼に逆らってはならないと、貴族たちは従順な態度を取るが、意外なことに皇帝に取り入る機会は多くなかった。


 重臣たちでさえ、魔の塔ダンジョンへの立ち入りは制限されたからだ。そしてようやく機会があっても、今度はガンティエ皇帝を前にすると何も言えなくなった。

 皇帝は、魔の塔内ではほぼ半裸で過ごしていた。そして面会時、彼は自分の娘であるレムシーを椅子にして、その背中に座った。


 新たな臣下たちは、その異様な光景に目を丸くし、言葉を失った。皇帝のイエスマンばかりだから、この異常な状況を指摘したり、苦言など言えるはずもない。


 運が悪いと、親子で繋がっている場面に出くわすこともあり、臣下たちも軽くトラウマを抱える者まで出る始末だった。


 何故、皇帝とレムシーといかがわしい行為に走るのか――その辺りの理由は、リルカルムが改造した呪いの影響が強い。


 普段の生活において、呪いによる体の痺れ、不快感、痛みなどの諸症状にラウダ・ガンティエとレムシーは苛まれていた。呪い罰というやつだ。


 が、ここでリルカルムは、抜け穴を用意した。父ラウダと娘レムシーが肉体的な接触をしている間、呪いによる苦痛が和らぐ、というものだ。


 我らが災厄の魔女は、二人の接触カ所にも、苦痛の緩和の強弱をつけた。

 皇帝が、人前で娘を椅子にするのも、レムシーが四つん這いで父親の椅子になっているのも、呪い苦痛からかなり解放されるからだ。


 なお、もっとも呪いが軽くなるのは……言わずとも大体見当はつくだろう。人前でするということは、そういうことだ。


 リルカルムは、皇帝とレムシーが醜態をさらす手段を考えて、それを実行していった。その結果、『この皇帝で大丈夫なのか?』という臣下たちの不安が噂となり、皇帝が塔から出ないことをいいことに、城外、帝都でも広がっていった。


 それら皇帝の悪評に対して、ラウダ・ガンティエを影で操っているこちらとしては、特に何もしなかった。ありのまま噂が広がるのを黙認したのだ。


 ラウダ・ガンティエとレムシー・ガンティエには、世の不満の掃き溜めになってもらうわけだから。


「ちなみに――」


 リルカルムは、ニッコリ報告した。


「悪評は、ラウダ・ガンティエよりレムシーの方が広まっているわ」


 皇帝を惑わすアバズレ。実の父親と所構わず行為に走る色魔。肉欲の奴隷。――前々からワガママっぷりで悪い評価を受けていたレムシーが、皇帝を引き込んでいる、と世間は見ているようだった。


 ラウダ・ガンティエも、レムシーには甘かったから、彼女に求められて断れないのだろう、等々。


 もしかしたら、皇帝が悪いと言えないから、全部娘が悪いと言って逃げた結果、レムシーへのヘイトが強いように見られるようになっただけかもしれない。


 ……いや、そうでもないか。


 リルカルムがやった、とある嫌がらせを俺は思い出した。


 その日、皇帝の新たなる臣下たちが一通り揃ったということで、パーティーが開かれた。これから皇帝陛下を盛り立てていきましょう会というやつだ。


 その場でリルカルムの部下であるサキュバスのエリルは、皇帝直属の側近として参加し、皆の前にレムシーを連れ出して、とある食事を並べた。

 片方には椅子とテーブルがあり、もう片方は家畜用のエサ皿が置かれた。


「レムシー皇女。これから貴女が食べる料理が、皆が食べられる料理となります。皇女には、どちらを食べるか選んでいただきます」


 テーブルの上の料理は、鳥のフンが山盛りになったような悪臭漂う奇妙なそれ。家畜のエサ皿には、上等のステーキ肉。


「こちら、鳥のフンを食されるのであれば、椅子も机もナイフもスプーンもお使いいただけます」


 鳥のフンのようなではなく、糞だった。


「こちらのステーキ肉は、家畜のエサなので、食べられる際は、家畜のように這いつくばって口だけで食べてください。見た目に違わずお肉は柔らかく、ナイフもフォークもいりません。では、お好きな方をどうぞ!」


 周囲はどよめく。皇女に対してこの仕打ち。


 しかし、皇帝側近のエリルの命令は、皇帝の命令。逆らえば粛清の対象になるかもしれないとなれば、周囲は止めることができなかった。

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