第69話、大公と暗殺者


 ただいまBランク昇級試験中。リルカルムが早々に三人を片付け、昇級確定だろう。さすが災厄の魔女。異名に恥じない圧倒的な戦いぶりだった。


 では、俺の番だ。


 最初の相手は、バルバという細身で長身の男。茶色いマントを身につけているが、その体はまるで枯れ木のように痩せていて、手足が細い。何より目つきが、冒険者を通り越して殺人鬼のそれである。……威圧感はあるな。

 武器は剣だが、鞘に納めたままである。東洋の居合いというやつかな?。


 勝敗は、相手の体に攻撃を当てるか、場外へと二回出す、あるいは片方が降参する、でつく。なお武器使用は自由。攻撃については、1回は完全に防ぐ魔道具があるので、思い切り当ててよしとされている。ただし2回目は防げないので当てた後の追い打ちは禁止。


 さらに付け加えておくと、攻撃が武器や防具に当たった場合はノーカウント。服や肌など体に当てなければ有効とは認められない。……リルカルムが三人目をボコボコにぶん殴っていたのは、そういうことだ。兜をいくら殴っても無効――それを知りながら殴打を繰り返したリルカルムに、皆がドン引きしたわけだな


「それでは、アレス・ヴァンデ大公とバルバ! 始め!」


 審判役のギルドスタッフの宣言。刹那、バルバが瞬時に踏み込んだ。スタートから1秒で距離を詰め、抜剣からの一閃――は、俺が飛び込んで反動で上げた膝に当たり阻止。呪いの脚力でそのまま膝蹴りの格好でジャンプすれば、バルバの顎を強襲、吹っ飛ばした。

 倒れるバルバ。


「顎に膝入ったが今のは?」


 審判に確認すると、ノーカンとの合図。


「続行!」


 ……もうバルバ、泡を噴いているんだが。

 顎への一撃で、すぐには起き上がれない。俺はカースブレードを、バルバの首の横に当てて、コツンと一発。審判が手を挙げた。


「勝負あり! アレス・ヴァンデ大公!」


 おおっ!――ギャラリーがどよめいた。わざわざ一昇級試験にこれほど冒険者が集まるとは思っていなかったから、ちょっと照れくさい。



  ・  ・  ・



 Bランク冒険者バルバは、あっさりアレスに敗れた。


 見守っていたベルデは、バルバが一撃で沈んだことに拍子抜けした。


 ――人斬りルーバが、ああも簡単に。


 冒険者ネーム『バルバ』。暗殺者としての名はルーバ。もっとも、暗殺者ギルドとは関係のない完全にフリーであり、ギルド的には面倒な同業者ということで、過去暗殺が試みられた。だが、すべて返り討ちにあった。結果、放置という形で落ち着いたわけだが、ルーバもまた暗殺業は続けていた。


 今回の模擬戦も、アレス・ヴァンデの暗殺を依頼されたのだろうと、ベルデは想像した。自分にも声が掛かった時点で、その思いはより強くなったが、まさかバルバが瞬殺とは予想だにできなかった。


 ――目にも留まらぬ加速で突っ込んでくるところを、逆に前に出るとか。初見であれは無理だろう……。


 ベルデは苦い顔になる。剣一本で暗殺をこなしてきた熟練者であるバルバ。あの刹那の一閃で多くの屍を築いてきた。

 それを涼しい顔で倒すアレス・ヴァンデ。五十年前の悪魔を片っ端から討伐してまわった英雄王子の実力は確かなようだ。


 ――ルールの都合上、模擬戦で殺すのは至難の業。


 無理をするとこちらが危ない。事故に見せかけても、命を奪ったのがベルデでは、今後の冒険者という隠れ蓑も使い難くなる。


 ――始末は、次の狂犬にやってもらおう。


 あれは暗殺者ではないが、模擬戦でも絶対に加減しない。むしろ一回なら魔道具の完全防御で無効化だから、敵を殺せる全力で殴っていくだろう。


 ――そうなると、オレのやることは……。


「それでは、アレス・ヴァンデ大公と、ベルデ! 始め!」



  ・  ・  ・



 相手は、軽装戦士か。


 俺は模擬戦相手のベルデを観察する。中肉中背、冷静な顔つきの男だ。武器はショートソードをメインに、腰にナイフを三本下げている。妙な配置だ。二刀流というわけでもなさそうだが、何故、そんなにナイフを持っている?


 先のバルバは速攻で突っ込んできたが、このベルデはじっと俺を観察している。Bランク冒険者という話だが、伝わってくる気配、緊張感は、見た目以上の熟練者であると感じさせた。


 怯えはない。俺の大公という肩書に怯んでもいない。ただじっと獲物の隙を窺う肉食獣のような目だ。

 それにしても……妙な構えだ。右手に剣。左手は何も持っていないように見えて、俺から魔道具が見えないように手を出していて、防御できる姿勢だ。首もとをガードするため……? 確かに左腕は手甲があって、防具の範疇だ。ルール上、そこを攻撃してもノーカンだが。


「来ないのか?」

「どうぞ、大公閣下。初手はあなた様にお譲りしますよ」


 ベルデは口もとを緩めた。挑発返しとは、やはり落ち着いているな。あの妙な構えが気になるが――行く!


 俺は地を踏み出し、距離を詰めた。剣術『点』、一撃で急所を突く!


 相手の首を狙い最速の一突き! ――大丈夫。直撃しても魔道具効果で無効!


 とっ、ベルデは避けた。紙一重のところを首の位置をズラした! 何て反応! しかし、突きから逃げたほうへ刃を向けてふれば、斬撃となる!


 その瞬間、わずかに早くベルデの左手がカースブレードに触れて煙が舞った。煙幕!? しかし遅い! 急激に視界が悪くなったが、俺の手は相手の首に当たった手応えを感じた。


 煙の中、一瞬血の臭いがした。その直後、ベルデの体がのし掛かった。おいおい、終わっただろうに、仕掛けてくるのか!

 煙幕で審判が見えないうちに仕掛けたのか。煙を出て倒れ込む俺とベルデ。


「すみません、ちょっと踏ん張れませんでした」


 ベルデが俺の言う前に謝ってきた。ゆっくり起き上がり、自分の防御の魔道具を見せてくる。


「やられました。さすが大公閣下だ」


 煙に包まれる前に俺の攻撃が当たった。それを証明しつつ、ベルデは立ち上がった。審判が、彼の魔道具効果が切れているのを確認し手を挙げた。


「勝者! アレス・ヴァンデ大公!」


 どよめきの中、ベルデはショートソードをしまうと、右手を差し出した。


「失礼しました、大公閣下。お手をどうぞ」


 俺が起き上がるのを手伝おうというのだろうが。……俺、右手に剣を持っているんだがね。向かい側の右手は掴み難いじゃないか――と構わず俺は左手で掴んで起きあがった。


「どうも」

「いいえ……」


 妙な持ち方をされたからか、ベルデが少々眉間にしわが寄った。とりあえず、これで二勝。あと、一人か。

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