第68話、昇級試験、開始


 冒険者の昇級試験を受けてみる気になったのは、孤児支援の資金稼ぎのためだ。


 ランクが上がれば、戦利品買い取り額が増えるし、懸賞金付きの魔物退治などが優先的に回ってくるようになる。……まあ、魔物退治なら、冒険者でなくてもやれるのだが、懸賞金に差が出るらしいから、冒険者ランクが高いほうがいい。


 筆記があるというので、ダンジョンに関係しそうな知識を身につけるべく、勉強した。ギルドの資料室で過去問題の記録があったので、どういうものが出るか参照してみる。……同じ問題がいくつかあるな。


「これ、本気でテストする気があるのぉ?」


 付き添ったリルカルムが、首を傾げた。


「過去の試験問題が見れるなんて、随分とお優し過ぎない?」

「あくまで知識があるかどうか見るってことなんだろうな。過去問を見て、それで暗記しようが、ちゃんと覚えていればそれでいいんだってこと」


 何のための試験か、と考えれば、ちゃんと知識があるのがわかればいいわけで、ランクに定数が決まっているわけではないし、順位をつけるわけでもない。

 むしろ実技、どこまで戦えるのかのほうがより重要なわけで、試験はおまけだ。


「聞いた話だと、筆記はダメだったが、実技が抜群だったからそのまま昇級できた者もいたらしい」

「それ、筆記試験やる意味がないんじゃない?」

「筆記試験の内容そのものがかなり緩いからな」


 計算問題が多いわけではなく、答えについても、解釈によっては正解扱いされることもあるという。


「ただ過去問読んだだけだと不充分だな。やはり知識は幅広くあったほうがいいだろうな。特にダンジョンに出てくる魔獣や魔物、見かける植物とか」


 というわけで、王都の図書館に繰り出してお勉強である。


 リルカルムも図書館についてくると、得意の魔法関係の資料を調べていた。格好が格好だが、本を読んでいると知的な魔術師らしく見えるのは不思議である。ここだけ見たら、絶対に普段の言動や凶暴性に気づかれないだろう。


 特に邪魔されることなく、俺も筆記試験のための勉強が捗った。


 そして翌日、俺とリルカルムは冒険者昇級試験を受けた。

 筆記試験を先にやったが、大体のところはできたと自負している。過去問で見た問題もあったし。


 次は本命とも言える上級冒険者たちとの模擬戦だ。三人の冒険者とひとりずつ対戦し、実技能力と強さを判定する。対戦相手にもよるので、何勝すれば昇級確実というのは終わってみないとわからない。三人対戦して、最低でも一人には勝たないと昇級できない、というのがもっぱらの噂。


 あと何故か、俺とリルカルムの実技試験には、観戦希望者が殺到した。

 ……ここらで俺の実力を見ておきたいんだろうな。ダンジョン45階で会おうなんていう俺がどれほどのものか。後は噂の痴女い格好の魔女さんの実力について。



  ・  ・  ・



 いくら人手不足と言ったところで、最近ギルドにご無沙汰な人間を呼びつけるとはどういうつもりなのか。


 殺し屋ベルデは、王都冒険者ギルドを訪れた。最近ギルドマスターが代わったというが、ボングについては顔くらいは知っている。


『Bランクの指名依頼ってやつなんだけどね。昇級試験をやるから、ちょっと相手役をやってほしい』


 冒険者ギルドからの依頼というのは、つまるところそれだった。

 ベルデは殺し屋だが、表向き冒険者をやっていた。ランクはB。冒険者の身分を使って標的に接近して暗殺、という手口は割とポピュラーだった。今でこそそれを使うことは減ったが、冒険者であることは表社会で活動するには割と都合がいい。

 だから、除名されることがないように時々冒険者をやるのだが……。


『相手は、我らが大公閣下だぞ』


 ……。


 閉口である。ここでは暗殺者であることはバラしていないしバレていないベルデだが、まさかつい先日の暗殺ターゲットであったアレス・ヴァンデの絡む昇級試験に付き合うことになるとは。


『君、最近ダンジョンに行ってないでしょ? 他の冒険者たちは、ダンジョン攻略を頑張っていて、ランク高めで余裕ある人、少ないんだよ』


 暗に働け、と言われた気がしたが、冒険者の活動にそんな頻繁に活動しなくてはならないという決まりはない。余計なお世話である。


 最近のこともあるし、あまりアレス・ヴァンデに関わりたくなかったのが本音だ。

 まさか暗殺者であることがバレているのでは?――と疑ってもみたが、それなら模擬戦などやらなくても襲えるので、その線はないだろう。


 大公暗殺を暗殺者ギルドに依頼したと思われる共有参加守護団が壊滅し、その残党狩りが進む中、同ギルドでもその依頼は消えている。暗殺者ギルドが無事ならば、その依頼を受けたが実行しなかったベルデにも害が及ぶ可能性は低い……そう思いたい。


 ――さてさて、面倒なことになった。


 実質、依頼が消えている以上、アレス・ヴァンデを始末する必要がないのは救いではあるが、どうにも嫌な予感が拭えなかった。


 理由その一。同じくアレスと模擬戦で対戦する一人の上級冒険者が、明らかに同業者、つまり暗殺者であること。


 理由その二。Aランク冒険者として知られる『狂犬』ことシヤンがいること。……何故、この頭のおかしな奴が、模擬戦メンバーに入っているのか。冒険者ギルドは、アレス・ヴァンデを殺すつもりなのか――ベルデがそう感想を抱くほど、試験相手としてこれほど危険な相手もいない。


 ――暗殺云々、関係なくシヤンが始末してしまうのではないか。


 実に面倒である。人知れず溜息をつくベルデだが、昇級試験の模擬戦は始まるのである。

 場所はギルド裏手の演習場。同日に昇級試験を受けるリルカルムという『災厄の魔女』と同じ名前の魔女が先だった。


 ここのところアレス・ヴァンデと行動を共にしているのは知っている。何でもアレスとパーティーを組んで、魔の塔ダンジョンに挑んでいるという。マントの下の服装がやたら肌面積が広いが、痴女だろうか?


 こちらも三人が一人ずつ模擬戦を挑んだが、一人目、凄まじいまでの数の魔法を雨のように浴びせられてほぼ瞬殺。

 二人目はすっかりびびってしまい、加減しただろうリルカルムの指をならして発動した小さなファイアボールの魔法一発で場外まで吹っ飛ばされて敗北。

 三人目は、魔法反射装備をまとい、近接戦を挑んだ魔法戦士だったが、あっさり周囲を岩の魔法で囲まれて動きを封じられた後、杖で滅多打ちにされて敗北した。


 とりあえず、周囲にはリルカルムというのは、美人で露出狂一歩手前だが、非常に強力な魔術師で、かつ残虐であるのが知れ渡った。


 ――模擬戦の相手じゃなくてよかった……。


 ベルデは心底安堵した。試験の様子を見ようと集まった冒険者たちもドン引きしている。

 リルカルムが圧倒的な強さで実技試験を終えた。これは誰が見てもBランク昇級確定だろう。

 次はいよいよアレス・ヴァンデの番であるが、その前にベルデは声を掛けられた。


「――模擬戦の前なんですが、ベルデさん、『依頼』よろしいですか?」


 背後から小さく、しかしはっきり聞こえた声。


「アレス・ヴァンデ大公の暗殺……可能でしょうか? 引き受けてくだされば、報酬額は、先の依頼の倍をご用意しておりますが」


 ――共有参加守護団の残党か……!?


 ベルデは、そっと息を呑んだ。

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