第170話、追いかける水


 一難去ってまた一難。魔の塔ダンジョン59階は、まだ始まったばかりだった。


 プールでひと泳ぎする羽目になった俺たちは、全員漏れなく濡れ鼠。べっとり不快感や、水を吸って重く感じる服のまま移動を開始した。


 スタート地点のプール部屋を出たら、細長い通路があった。金属のような岩のような、見たこともない素材でできている。

 自然と合同攻略パーティーも一列に近い長い列になったが、通路は無意味に段差があって、数段程度とはいえ、上がったり下ったりを繰り返した。


「いったいこれは、どういう構造なんだ?」


 ベルデは不満を口にした。


「通路かと思ったら、ちょっと広がったり……。でも部屋ってほど広くない。やたらと段差があって、進みながらの頻繁な上り下り。年寄り連中には、思ったり負担がデカいんじゃねえか?」

「年寄りじゃなくても、キツいわよ」


 リルカルムが膝に手を当て、止まった。


「ちょっと前、ペース早くない?」

「おおい、止まるなよ。後ろがつっかえるだろう――」

「文句があるなら、先へ行きなさい」


 ちょっと広くなっている部屋未満のスペースのおかげで、端に寄れば追い越し可能。そうこうしているうちに、俺も前のほうにいたが、へばった奴を何人か追い越した。

 俺も一度止まり、後続を先に行かせることにした。ソルラが立ち止まった。


「アレス?」

「リルカルムが脱落しそうだから、待つ」

「では私も」


 ソルラが俺の隣で壁に寄りかかる。後続のために道をあける。


「微妙な通路ですよね。天井もあるので、翼を広げて飛んでいけないですし」

「レヴィーがリヴァイアサンの姿になったら身動きできなくなってしまうな」

「その前に私たちが彼女に潰されてしまいますよ」

「違いない」


 微笑がこぼれる。後ろにいた面々が追い越していくのを見送っていると、リルカルムがやってきた。


「あら、サボり?」

「お前を待っていたんだ」


 災厄の魔女は、箒の柄ような長い杖の上に乗って、悠々と浮遊しながらやってきた。ソルラが口を尖らせる。


「ズルくないですか?」

「馬鹿正直に上下運動に付き合っていたら、膝が壊れるわよ」


 煽るようにリルカルムは言った。


「どこまでこのダンジョンが続くかは知らないけれど、肝心なところで戦えなくなるくらいなら、ズルでも何でもして温存するのが正しいわよ」

「一理あるな」


 この魔の塔ダンジョンを攻略さえできれば、道中のズルだって許される。肝心なのは、目的を果たすことだ。

 リルカルムが追いついたので、俺たちも移動しよう。先行している者たちは、かなり先に行ったと思う。


「それにしても、どこまで続いているんだ、この通路……」


 一本道だから迷子にはなっていないが、結構、右へ行ったり左へ行ったりしている。


「待ってもらっていたのに、こんなことを言うのは心苦しいけれど」


 リルカルムが言った。


「後ろから水が迫っているから、早くしたほうがいいわよ?」

「え……?」


 通り抜けてきた通路を見る。目を凝らすと……おっ、確かに水が流れてきているような。


「たぶん、流れてくる水量が増していると思う。ここまで妙に段差があって、そこに水が貯まるせいで、すぐに流れてきていないけど、段々迫ってきているわ。通路の終わりがどこか知らないけど、早くしないと水に追いつかれて……」

「水没は勘弁したいな。急ごう」


 俺は呪いで体を変化させられるから、水中でも問題ないけど、あのプール部屋の水が流れてくるということは、あの蛇型モンスターも来るということだ。あれを相手にするのは面倒だから勘弁してほしい。


 一度は俺たちを追い抜いた者たちが、ぼちぼち休憩していたが、俺はそれらに水のことを知らせて急がせた。


 アップダウンの段差のおかげで、水が貯まり時間稼ぎになっているが、そこが一杯になれば次へと流れてくる。着実に、水が俺たちを追いかけてきている。


「やばいな。水の音が聞こえるような……」


 かなり近いところまで流れてきている気がする。


「大公閣下!」

「ドルーか」


 魔術師パーティーグラムの大地属性魔術師がいた。


「自分が岩の壁を作ります。お急ぎを」

「なるほど、通路を塞ぐんだな。なら、最後尾が来るまで俺も待とう」

「よろしいのですか? 先に行かれても」

「気にするな。俺たちも後ろの方のはずだから……」


 何人かが通過し、鉄血のリチャード・ジョーが来た。


「閣下! お急ぎください! もうすぐそこまで水が迫っています!」

「お前が最後尾か、ジョー?」

「はい!」

「よし、ドルー。やってくれ」

「大地の壁、我が前に立ち上がり、盾となれ!」


 魔法発動! ……のはずだったが、岩の壁が発生しなかった。


「そんな、何故……!?」

「この通路を構成するもの、魔法の影響を受けないのかも」


 リルカルムが考えるように言った。それは、つまり――


「逃げろ!」


 俺たちは通路を駆け抜ける。後ろから迫る水音がどんどん大きくなる。


「申し訳ありません、閣下っ!」

「今は走れ!」


 ドルーの謝罪を流し、とにかく走った。この通路、本当にどこまで続いているんだ!

 段差を飛び越え、足に負担をかけながら、それでもひたすら走り続ける。やがて、行き止まりが見えてくる。


「梯子が!」


 ソルラが叫んだ。上へと登っていくようだ。梯子の近くまで行けば、上は開けていた。登るまで高さは四、五メートルくらいか。リルカルムが浮遊で上がり、ソルラも翼を広げられるスペースと見るや、空へと飛び上がって梯子を使わず登った。俺も呪いで跳躍力強化、一気に跳んだ。ドルーとリチャード・ジョーは梯子で上に登り……迫っていた水から逃れた。


 流れてきた水は、梯子周りの穴へと落ちていく。登ってしまえば、もう大丈夫だろう。


 さて先にいた皆は……。正面に向き直った俺は、目を疑った。


 そこには合同攻略パーティーの冒険者たちが倒れていて、仲間たちが敵と戦っていたのだ。

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