第125話、消えた工作員


 国王ヴァルム・ヴァンデは、その報告にしばし固まった。


「隣国諜報部の隠れアジトが、何者かに襲撃された?」


 ハンガー大臣は、部下から上がってきた情報を説明する。


 つい数時間前、王都警備隊が、不審な人物をマークした。王都冒険者ギルドに所属する冒険者に会いにきたというその男だが、ギルドに確認したところ該当の冒険者は確認できなかった。さらに疑惑を深めたことで、不審者を逮捕するべく動いたのだが……。


「その男が入った建物を敵のアジトの可能性を考慮し捜索したのですが、辺り一面は血の海であり、残念ながら遺体は確認できませんでした」

「逃がしたのか?」

「不明です。というより不可解というべきでしょうか。現場を確認した隊長の報告では、戦闘のあった痕跡はあったようなのですが、血の飛び方が異常の上、戦闘があった割には遺体がまったくなかったそうで」


 色々おかしくて説明がつかない惨状だったという。ヴァルムは腕を組む。


「また、兄上が何かやったのかな?」


 兄であるアレス・ヴァンデの周りには、魔女リルカルムがいる。あの災厄の魔女ならば、不可思議な事象が起きても有り得なくはない。


「恐れながら、今回はアレス閣下は無関係のようです」

「そうなのか?」

「はい、本日は、冒険者ギルドから魔の塔ダンジョンの45階へと突入するということで、出発なされたとか」

「いよいよ未踏の45階以降の攻略か……」


 ヴァルムは頷いた。魔の塔ダンジョン攻略がまた一歩前進といったところである。挑戦した者たちが少ないこともあるのだろうが、まだその先へ進んだ者はおらず、無事に帰ってくることが望まれる。


「となると、王都内の事件はどこの手の者か」

「仮に、かの不審者が隣国工作員であったのなら――」


 ハンガー大臣は眉間にしわを寄せた。


「連中の隠れアジトがまた一つ壊滅したことになります。相手を承知していて攻撃したのであれば、少なくとも帝国側と繋がっている組織ではないでしょうな」


 むしろ協力こそすれ、仕掛ける理由がない。ガンティエ帝国の者だったと知って、それでもなお攻撃したとなると。


「我が王国軍でなければ、邪教教団かもしれんな」

「……確かに」


 ハンガー大臣は頷いた。


「邪教教団にとっては、自分たち意外は全て敵ですからな。王国も帝国も関係なく攻撃するでしょう」

「そうだったとして、わからんのが何故、邪教教団が帝国工作員を攻撃したか、だな」


 敵の敵は味方という考えを持たないのは、いかにも宗教屋の考えそうなことだが、連中が王国ではなく、敢えて帝国工作員を攻撃した理由は何か?


「個人的な恨みか、それとも教団にとっても、帝国の介入が目障りなのか」

「引き続き調査を命じます」

「うむ。頼む」


 大臣は下がった。それで理由がわかるとも思えないが、何もしないよりはマシだろう。ヴァルムは、執務室の窓から王都を見下ろす。


「兄さんが戻ったら、伝えておくべきだな。……魔の塔ダンジョンは邪教教団のテリトリーだ。何か関係があるかもしれない」


 王は独りごちるのだった。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョン45階。初見のワクワク感と緊張感が混在する感情の中、俺たち冒険者グループは、まだ帰還者のいない45階の探索に乗り出した。


 俺たちの他、バルバーリッシュ、ウルティモ、グラム、鉄血、アルカン、そして個人勢の合同パーティーによる侵入だ。

 岩場だらけの不毛な大地。山岳地帯を思わせる地形。その先にとある建物がそびえ立つ。


「石の城か……?」


 緩やかな坂道の奥に、砦とも城ともとれるそれがあった。人間が一から作ったもの、というよりは、岩肌を削り、城壁っぽく仕上げた、という感じだ。


「魔物が作った城、って雰囲気ですわね」


 バルバーリッシュのリーダー、カミリア・ファートが油断なくそれを見た。


「アレス様、如何いたしましょう?」


 すっかり俺の部下みたいに振る舞う伯爵令嬢である。人数がそれなりにいるから、軍で一部隊を率いているような感覚に陥る。……忘れるな、こいつらは兵士じゃなくて冒険者だ。リーダーは必要だが、必要以上に軍隊っぽくする必要はないぞ。


「地形からみて、正規のルートはこの道を辿り、城に入ることだろうな」


 次の階へ行くための魔法陣と階段も、城内にあると見るべきか。というか、ここまで一本道だった。


「モンスターは出なかったが、油断なく行こう。……小狡いゴブリンが待ち伏せしているかもしれないしな」

「承知しました」

「大公様よ」


 ウルティモのリーダー、シガが近づいてきた。軽戦士であり二十代半ばの細身の男である。


「よければ、うちの奴を前哨に出そうか?」


 移動力と地形突破力の高い軽戦士集団であるウルティモである。待ち伏せの可能性の高い場所の突破方法も熟知しているだろう。


「そうだな……。頼めるか?」

「よしきた。――リュウ、トルガ、行け」


 シガが命じると、噂のニンジャと、弓使いが一人、俺たちより先に出た。こちらがゆっくり警戒しながら進む中、ニンジャと弓使いは駆け足と早足の中間くらいの速度で進んでいく。


 ふと、俺たちの上を鷹のようなものが飛び抜けた。魔物ではないものがいきなり現れ、違和感より先に振り返ると、グラム所属の魔術師が、何やら魔法を使っていた。ひょっとして使い魔か?


 何も指示を出していないが、自己判断できる奴らと褒めるべきか、告知なく勝手に動くなと釘を刺すべきか。


 正直、コミュニケーション不足なんだよな。互いのことを知らなければ、連携も効率的な運用も難しい。


 人数は多いが、現状は高レベル者の寄せ集めなんだよな。俺が指揮官なのは、単に貴族で大公だからに過ぎない。英雄アレス・ヴァンデなどと謳われたとて、どれほどのものなのか、彼、彼女らにはわからないのだ。


 シガは、自分たちはこうできる、と俺に教えてくれたが、グラムのほうは、自分たちは自分たちで独自の偵察を出した。それを知らせなかったということは、要するに俺のことをまだ信用していないわけだ。


 そのことを怒ったりはしない。俺だって相手のことを知らないのだ。俺が大公だから、その距離感をまだ測りかねているのかもしれない。何か見つけたら、ちゃんと知らせてくれるなら、それでいい。

 ……獲得した情報を報告しなかったら大問題だが。


「おや……?」


 シガが、前方を行くパーティーメンバーたちの様子を見て、声を上げた。


「大公さんよ、前哨が何か見つけたようだぜ」

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