第126話、石の番人
前哨のニンジャと弓使いが発見したもの――それは石像だった。
「……つまり、リュウ。この石像は、オレたちより先にきた冒険者たちって言うのか?」
ウルティモのリーダー、シガが問うと、リュウと呼ばれたニンジャは頭巾を被った頭を動かした。
「ここから先に石像がいくつもありますが――」
彼の言う通り、緩やかな坂道の途中に岩があるように見えるが、どれも人型で、石像としては、実にバリエーションに富んでいた。
「何らかの理由で石像になったのではないかと」
「――たぶん、その推理、当たってますよ」
ジンがいくつか石像を見て回って戻ってきた。
「見たことがある顔をした石像がありました。確か、デグヴェルトというパーティーだったかと。つい最近、45階に挑んでそのまま不明になっていた」
「すると――」
リルカルムがやってきた。
「ここに石化の魔法なり能力を持った敵がいて、侵入者を石にしているってこと?」
「だろうね」
石の城に向かう道中にある石像の数も、ここまで近づいたら十数体はあるのがわかる。遠目からじゃあただの岩にしか見えなかったんだけど。
戦士や魔術師、僧侶や武道家、弓使いなどなど。いずれもこの階まで辿り着いた猛者たちだったに違いない。
カミリアが口を開いた。
「いったい相手は何でしょうか?」
「ジン」
「コカトリスやバジリスクが相手にしては、石像が綺麗過ぎますね。石化の魔法が使える魔術師か、魔物の線で行くなら、石化の魔眼を持つゴーゴンかも」
経験豊富な回収屋であるジンは、敵をそう見立てた。ソルラが振りかえった。
「そのゴーゴンが、ここのフロアマスター?」
「雑魚モンスターであってほしくないがね」
ジンは肩をすくめる。フロアマスターなら1体だが、そうでなければ複数いる可能性が出てくる。そして複数の石化攻撃が使える敵が出てくるとなると、生半可なパーティーでは全滅する。
その時。
「ぐああっ!」
悲鳴が上がった。見れば、魔術師の一団、グラムのメンバーの一人が両目を押さえて倒れ込み、仲間がとっさに支えていた。
「どうした!?」
「や、やられた!」
目を押さえながらその魔術師は叫んだ。
「蛇女! 蛇女が使い魔を見やがった!」
「使い魔と視界をリンクしていたんでしょう」
ジンが解説した。
「蛇女……おそらくゴーゴンでしょうね。目が合ったので、使い魔がやられて、その魔術師もリンクしていた分ダメージがいったと」
「なるほど」
「敵がゴーゴンだとして」
カミリアが視線をジンに向けた。
「どういう魔物なのですか?」
「半分人間、半分蛇という姿をしている。頭髪は蛇で、やはりこれを直視すると石化してしまうらしい」
上半身は人間の女性、下半身は大蛇。見るからにおぞましく、顔――特に目を合わせると石化させられる。
「元は美少女だったらしいんだが、それに嫉妬した女神が、美しいモノは許さないと呪いをかけて大変醜くしてしまったのが始まりらしい。一族子孫もろとも醜くされた呪い……。そしてゴーゴンたちは、自分たちを見た者にも石化の呪いをバラまくようになった」
「人の嫉妬こそ醜い……」
カミリアが首を横に振った。
ともあれ、この階にいるゴーゴンを排除ないし回避せねば、突破もおぼつかない。先行していた者たちが誰も帰ってこなかったことを考えると、ゴーゴンにやられたとみていいだろう。
「さて、ジン。ゴーゴンの魔眼とか石化の力は、呪いと言ったな?」
「はい、アレス」
ジンは頷いた。そうなると、だ。
「ここは、俺とリルカルムで行くのが、もっとも確実か?」
呪いとなれば、俺には効かない。すでに様々な呪いが俺の中で混在していて、その作用が体の一部として取り込まれている状態だ。石化の能力を持つ魔獣が自ら石化しないのと同じように、俺には石化は無効だ。
リルカルムも呪いに耐性があったはずだ。
「あー、それなんだけれど」
リルカルムが挙手した。
「アナタは呪いを何でも無効化するみたいだけど、ワタシのは耐性はあると言っても、全てというわけじゃないわ。ほら、覚えてる? ワタシ、石化と封印の呪いで石像になっていたの」
俺が解いちゃったやつな。リルカルム曰く、石化系も相手の能力によっては耐性を抜けてくるかも、ということだった。つまり、実際に相手してみないとわからないということだ。これは過信すると危ないやつである。
「じゃあ……俺ひとりで行ってくるか」
「「それは危険です!」」
カミリアとソルラの声が被った。鉄血のリチャード・ジョーたちも言う。
「大公閣下、お一人は幾ら何でも危険過ぎます。我々もお供します!」
お前たちを石化させないためなんだけどな……。まあ、常識的に考えて、大公だけ死地に飛び込むなんて、あり得ないわけで。
部下たちが主君を守るために命を投げ出すこともなくはない。もちろん、そこまで信頼されていれば、の話だが。
そもそも、周りにいる面々は俺の部下じゃないもんな。
「俺を誰だと思ってるんだ? 五十年前の大悪魔討伐も一人だったんだぞ?」
「ですが!」
「アレス様! それでも、お供させてくださいませ!」
カミリアが膝をついた。
「たとえ我が身が石になろうとも! あなた様をお守りするのが、我が使命!」
そんな使命初めて聞いた。……しかし、よくもまあここまで忠誠を向けられるものだ。
さてさて、この一途そうな娘をどう説得したものか。そのまま連れていって石化でもされたら困るのだが。
……いや、待てよ。
俺はリルカルムを見た。あまりに凝視したせいか、彼女は体をくねらせた。
「ちょっと、何をそんなマジマシ見ているの? こんなところでそんな真剣な目を向けられても、困ってしまうわ」
「……リルカルムは、伝説になるほどの昔に石化されて、でも生きていた」
「不老不死のおかげでね」
それをいっちゃあお終いだが。
「もしここの石像の石化を解けるなら……そして生きているのなら、お前たちの同行を許すことができる、か……?」
石化時点で即死でなければ、つまり解除した時に生きているなら、カミリアたちの言うように連れて行っても、俺が何とかしてやれるってことになる。
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