第227話、インチキ裁判


 魔の塔ダンジョンの魔物軍団により、ガンティエ皇帝が隠れていたパウペル要塞は、占領された。


 城主の間こと、皇帝の間――主が部屋に籠もっていたせいで、ほとんど使われなかったそれに、俺は腰掛けた。


 皇帝の間も、魔物軍と守備隊が戦った跡があり、所々血や肉片、武具などが残っていた。


 これから俺は、ガンティエ皇帝と直接面会する。本来なら、外交的にも一応礼儀というものがあるが、今回、国の代表としてきたわけではないので、手荒にやろうと思っている。要するに王族の交渉ではなく、盗賊の交渉をやるのである。……リルカルムも、そちらのほうがやりやすいだろう。


 ……などと思ったのだが、開幕から面食らうことになる。久しぶりのエリルが、ガンティエ皇帝と思しき男と、皇女と思しき娘を連れてきたのだが……拘束の上、何で裸なんだ?


 おかげで、最初のセリフが、「上着でもかけてやれ」という何とも締まらないものになった。


「小僧、お前は誰の許可を得て、余の玉座に座っておる?」


 重々しくガンティエ皇帝が言えば、後ろに控えていたエリルが電撃を放った。


「うおおっ!!」

「誰が口を開いていいと言った?」


 エリルが凄み、横で皇帝が膝をつくのを、娘のレムシーがビクついた顔で見ていた。

 俺はすっと手を挙げる。


「控えろ、エリル。皇帝陛下には喋らせてやれ」

「ははっ」


 エリルは頭を下げ、一歩下がった。ガンティエは再び立ち上がり、俺はそれを見下ろした。


「俺がどこに座ろうと、俺の勝手だ。王族にしか座る資格がないというのであるならば、俺はこれでもとある国の王族だ。……ここでお前を排除し皇帝になれば……俺の席ということになるかな」

「王族であるならば、弁えるべき態度というものがあろう? 余はガンティエ帝国の皇帝である。話し合うにしろ、拘束したままというのは無礼であるぞ、若造」

「はて、ラウダ君。お前はまだ六十にも達していないと聞いているのだが、違ったかね?」


 俺は、以前、弟ヴァルムと交わした会話を思い出す。


「なにぶん五十年前の姿なのでね。若く見えて当然だが、お前も王族ならば年上は敬いたまえ。……若造」


 そう。生まれで言えば、俺のほうが、ラウダ・ガンティエより年上なのだ。


「挨拶がまだだったな、ラウダ・ガンティエ。俺はアレス・ヴァンデ。貴国の西にある国の大公をやっている」

「アレス、アレス・ヴァンデだと……!?」

「そう。俺が、お前の嫌がらせに反撃し、お前をネズミのようにコソコソ逃げ回らせた男だよ」

「き、貴様が……っ」


 ガンティエの顔が憎悪に染まる。拘束してなかったら、殴りに来ただろうか? 来てくれたら、逆にボコボコにしたんだけどね。残念だ。


「さて、ラウダ・ガンティエ君。お前は、我らの国ヴァンデ王国をはじめ、近隣諸国に工作員を派遣し、弱体化ないし反乱を指示した。我が弟にして、ヴァルム王に呪いをかけて殺そうとした王殺し未遂。我が国の民の財産を騙し取り、公金不正、未成年者の誘拐、暴行、違法奴隷売買を指示、国内の治安を乱し、血税を搾取し、甘い汁を吸ってきた」

「何のことだ?」

「細かいことなど、いちいち知らないとでも言うつもりか? すべては対外政策で、お前の命令によって、お前の部下たちがやったことだ。責任者であるお前が罪に問われるのは当然であろう? 皇帝?」


 俺は、ラウダ・ガンティエを睨み付ける。


「そして我が王国への軍の侵入。これはどう言い繕うが宣戦布告なき、外交儀礼に反する極めて遺憾な行為である。つまりは、王国と帝国は戦争状態にあるわけだ。そしてお前は、俺によって捕虜になった」


 捕虜と聞いて、ガンティエは唇を噛んだ。屈辱的な響きだろう。天下の皇帝陛下が捕まった、など。


「そういえば、お前の息子……何と言ったかな、第一皇子。ハルマーに捕まった後、あまりに行儀が悪かったから、交渉もなく処刑されたそうだな」

「……!」


 ガンティエの表情は硬く、レムシーは処刑と聞いてさらに怯えを見せた。


「そういえばレムシー」

「ひっ!?」

「お前は、攻め滅ぼしたとある小国の姫君を、残忍な方法で処刑したそうだな? 今度はお前が、残忍な方法で処刑される番がきたかな?」

「そ、そんなっ!?」


 レムシーは青ざめる。


「わ、わたくしが!? しょ、処刑!? ガンティエ帝国の皇女たるわたくしがっ!? こんな下郎に――」


 その瞬間、控えていたエリルが動き、レムシーに電撃を浴びせた。悲鳴をあげて、その場に膝をつく皇女。


「下郎……ねぇ。そういうお前は、下腹に奴隷の印をつけているが……。ガンティエ帝国の皇女は奴隷身分なのか?」

「……ッ!?」


 表情が歪むレムシー。俺の横で、リルカルムがニンマリしているのを感じる。こういう表情を見るのが、たぶん好きそうなんだよな災厄の魔女殿は。


「奴隷の分際で、王族を下郎呼ばわりとは。そんなに処刑されたいらしい」

「!? 申し訳ありません! レムシーは、クズでバカな奴隷でございます!」


 膝をついたまま、拘束された手をついて頭を下げる。エリルが躾けたらしいが、皇女は一応、惨めな謝り方を習得していたようだ。


「うむ。そのクズでバカなお前が、我がヴァンデ王国を攻めるように、ラウダ・ガンティエ君にお強請りをしたことは知っている。ラウダ君も戦犯であるが、レムシー、お前も戦犯だ。ただで済むと思うなよ」


 頭を下げたまま泣き出すレムシーは後回しにして、俺はラウダ・ガンティエへ視線を戻す。


「さて、ラウダ・ガンティエ。お前は戦犯として、処刑したいところだが、実にもって残念ながら、一瞬で殺してしまっては、我らの民が被った被害の補填には全然足らない。ただの腹の出た老人を処刑したところで、民は喜ぶが、あいにくとその場限りの満足に終わってしまう……」


 そうだろう?


「俺はね、相手に損害を与えたなら、与えた分、損害分、しっかり、きっちり返すべきだと思うのだ。それを果たさずして殺しては、こちらが大損だ」


 故に――


「お前には、きっちり我が国から搾取した分を、返してもらう。それまで安易に死ぬことは許さん」


 俺は左腕を向ける。我が体に巣くう呪いが、黒き靄となってガンティエとレムシーを覆う。


「お前たちには人形になってもらう。そのうち自分のほうから処刑を望むようになるかもしれないが、清算されるまで、自由はないよ」

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