第226話、親衛隊全滅。追い詰められる皇帝
パウペル要塞内の攻防は、俺たちが魔の塔ダンジョンから送り込んだ魔物軍団によって、優勢に進めている。
主力が出払っているタイミングでの襲撃は、要塞内の帝国兵を掃討しつつあった。
気分は魔王かな。ゴブリンやオークなど、普段は敵対している存在が、こちらの手足となって動く。それが恨みの募る隣国を、皇帝の拠点に攻め込んでいるとか。完全にやっていることが、神話などで語られる悪の軍団である。
リルカルムは楽しそうにそれを実行しているが、俺も満更悪い気分ではない。何せ、普通に戦争をやれば、敵は死ぬが自国の兵、民も死ぬ。だがダンジョン供給の魔物なら、いくらやられようとも、こちらの良心は痛まない。
犠牲について心をすり減らすことがないということが、どれだけストレスから解放されることか。
だがそれは諸刃の剣でもある。心の痛まない戦争などを繰り返せば、それは人死に関心が薄くなり、娯楽に成り果てる。……そう、リルカルムのように。彼女はまさにそれだ。
魔の塔ダンジョンを彼女が制御できるというのは、ある意味問題だ。魔物の軍団を操れるということは、一国を左右する軍事力の保持に他ならない。
なんなら、この帝国に塔を建てて、自分の国として乗っ取ることも可能なのだ。そのための手足となる軍隊を、すでに持っているのだから。逆らう者には魔物で鎮圧できる。
その時は、世界が、災厄の魔女を今度こそ滅ぼそうと討伐に乗り出すだろうが。
閑話休題。
俺は、リルカルムの仕事ぶりを見守る。今は共通の敵に対して戦っているのだ。要塞を制圧し、皇帝の身柄を押さえる。
・ ・ ・
これは一体何なのだ?
皇帝親衛隊のフラグソン将軍は、切れ目のない魔物軍の猛攻に部下たちが倒れていくのを見て、蒼白になっていた。
ピカピカに磨き上げられた甲冑、装備を身につける皇帝親衛隊。それが粗末で不潔で、酷い臭いの悪鬼どもによって、次々と命を奪われていく。
衛生環境最悪の、刺されれば身を腐らせる汚れた刃に、抉られ、裂かれ、屍と化す。騎士らの死体は、野蛮な獣どもの汚い足に踏まれていく。
「み、味方は!? ジャガナー大将軍の軍勢はまだなのか!?」
叫んでみたところで、返ってくる言葉はない。兵たちは目の前の魔物との戦いで必死であり、少しでも注意が削がれれば、敵の牙にかかって体を持っていかれる。
隣の仲間を守る盾はなく、取り囲まれ、急所に刃物をねじ込まれて、命を刈られていく。
フラグソンも剣を抜き、飛び込んできたオーク兵の剣を受け止めた。中々の剛力。負けじと押し返そうとするが、その隙に側面に回り込んだゴブリンが脇腹に短槍で突いてきた。
周りからはゴブリンやオーク、その他魔物どもの叫び、咆吼だらけで、人の声は悲鳴以外には聞こえない。
「おおおおっ!」
側面、後方から次々に刺された挙げ句、前のオークに力で押し倒された。床に背がついたら、もはや施しようがなかった。のし掛かるオーク兵が身を起こすと、周りのオークやゴブリンが槍でフラグソンを突きまくり、抵抗の甲斐なく将軍の命を奪ったのである。
皇帝の立て篭もる部屋の前の、親衛隊は文字通り全滅した。圧倒的魔物の包囲によって、一人残らずその命を絶たれた。
・ ・ ・
「――はい。わかりました、リルカルム様」
念話を使った交信を終えて、エリルは席を立った。
ここはパウペル要塞内の皇帝の寝室。つい先ほどまで、扉の外は押し寄せる魔物と奮戦する親衛隊でうるさかったのだが、今は幾分かマシになっている。
エリルは、ガンティエ皇帝の愛人としてここにいる。しかしその正体は、夢魔――つまり悪魔であり、アレス・ヴァンデ、リルカルムの命令を受けて、帝国に潜入する工作員であった。
表の親衛隊が全滅したという知らせを聞いたエリルは、次の行動に移る。今、部屋にいるのはガンティエ皇帝とその娘レムシー皇女のみ。
外での騒ぎを受けて、ここに籠もっているのだが――
「はいはい、現実逃避の時間は終わりですよー」
パンパンと手を叩き、この非常事態にかかわらず抱き合っていた変態たちの注意を引く。
「皇帝、アナタの親衛隊は全滅しました。もはやアナタを守る者はいません」
「全滅、だと……?」
ぎりっ、と歯を食いしばるラウダ・ガンティエ。
「負けた、というのか!? 我が帝国軍がっ!?」
「我が……? あっはははっ」
エリルは嘲笑した。
「ここには、アナタの親衛隊と守備隊しかいません。大将軍の軍隊は、とっくの昔にアナタを見捨てて、出ていきましたよ?」
「な、なんだと……! 馬鹿なっ! 余は、そんな許可を出しておらんぞ!」
「許可ぁ? ええ、そうですね。ジャガナー大将軍が独断で動きました。寝室で腰を動かす以外に何もしなかった無能の皇帝に代わり、帝国を他国からの侵略から救うため、出陣なさいました」
「む、無能だと!?」
ガンティエは歯を剥き出す。
「貴様! 余に抱かれて、富と力を与えたのに、その余に向かって――」
「はあ? 猿のように肉を貪るだけの無能が付け上がるんじゃないわよ。アナタに抱かれて? アタシが抱いてやったんだよ、クズが!」
エリルは吐き捨てる。だがすぐに表情が緩む。
「まあ、いいんですけどね。大目にみてあげますよ。何たって、自分が利用されていることに気づいていらっしゃらなかった無能さんですからねぇ」
「っ!?」
「ガンティエ帝国はー、もう他国に攻められて、おしまいですぅ。第一皇子は死に、第二皇子とジャガナー大将軍は、何とか国を守ろうと頑張っていましたけどぉ、トップである皇帝が、エッチに励みまくってぇ、仕事しなかったからぁ……滅びてしまうんですぅ」
散々煽り倒すエリルである。
「そんなわけでぇ……敗戦の皇帝と皇女様には、責任をとってもらってぇ。これからワタシの、主様に裁かれるんですよぉ……あっははははっ!」
サキュバス・エリルは満面の笑みを浮かべて、怒りに震えているガンティエ皇帝を見た。
「あらぁ、生意気な目ェしちゃってますねぇ……これはお仕置きが必要かもしれませんねぇ」
エリルは、魔法を使い、ガンティエとレムシーを無力化すると、首輪でつないだ上で、四つん這いにさせ、馬代わりに自身が座る荷車を牽かせた。
寝室前には、オークやゴブリンの兵がいて、それら魔物たちは、姿を表した人車のための道を開けると、黙ってそれを見守った。
帝国の最高権力者とその娘は、馬として魔物たちの前を四つん這いで歩かされたのだった。
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次回から隔日更新になります。(次話は、火曜日になります)
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