呪われ英雄騎士 国が理不尽な目にあっているので、報復することにした

第225話、要塞内に、ダンジョンスタンピード

　パウペル要塞の守備兵力は激減した。

　ジャガナー大将軍の帝国軍主力が離れた時を狙い、俺は要塞攻略――ガンティエ皇帝の身柄確保に動き出した。

　まず魔の塔ダンジョンが、吸収し集めた魔力を使って、要塞への光魔法攻撃を行った。帝国の城を潰したリルカルムの魔法である。

　それによって、要塞範囲内、岩山の所々に点在する防壁や見張り塔を破壊した。

　突然の光の雨は、初めて遭遇することになる要塞守備隊を大いに混乱させ、すでにその攻撃の経験者である皇帝やその親衛隊を震え上がらせたことだろう。兵たちの右往左往ぶりを見ればおおよそ見当はつく。

「リルカルム。塔を要塞のど真ん中に移動させられるか？」

「ええ、大変よろしくてよ」

　皇帝の拠点に攻め込むと聞いて、災厄の魔女はご機嫌だった。

　魔の塔ダンジョンの転移装置を使い、帝都からパウペル要塞へと移動する。ヴァンデ王国の王都からガンティエ帝国の帝都までの距離と比べれば、至近距離みたいなほど短い。

　ズシンと塔が揺れた。

　まさにあっという間の移動だった。魔の塔は、要塞のある山岳に突き刺さったのだ。

「少し乱暴じゃないのか？」

「ごめんなさいねぇ。やり方は知っていても、直接操作したのは初めてだから」

　リルカルムは悪びれない。彼女の言う通り、塔の転移については初操作である。

「さあて、アレス。魔の塔ダンジョン下層は、要塞内に突っ込んだわ。まさか、帝国兵にこれから塔の攻略をさせようっていうんじゃないでしょうね？」

「まさか。邪教教団が王都にスタンピードを仕掛けたように、塔のモンスターを要塞内に放て」

　ゴブリンもオークも、その他多種多様な魔物たちが、こちらの制御で大雑把ながら誘導が可能だ。

　つまり、俺たちは、モンスターの軍団を手に入れたと言ってもいい。塔の攻略には、ヴァンデ王国の民に多くの犠牲を払わせたモンスターたちだ。パウペル要塞の帝国兵たちにも同様の苦労をしてもらおう。

　　・　　・　　・

　要塞内に大量のモンスターが出現！

　要塞守備隊は、光の雨による攻撃の混乱から立ち直る余裕もなく、敵襲に対応しなければならなかった。

　各所が寸断され、崩れた天井や壁に下敷きとなり、戦闘どころではない兵たちを、否が応でも闘いに巻き込んだ。

　仲間の救助作業どころではなく、踏み込んできたオーク兵に、武器を持って対抗する守備隊兵。

　本来なら防壁や隠し窓から、要塞の「外」にいる敵に弓や投石などで攻撃し、侵入を阻む戦いを訓練されてきた守備隊兵。だがすでに敵は、「中」に入り込んで、屋内での近接戦となっていた。

　一応、要塞内での戦闘訓練はしている守備隊である。家具などで即席のバリケードを形成し、弓などでの投射攻撃も可能だったが、入ってきた魔物軍団には、それまでの常識だけでは対抗しきれなかった。

　破壊された通路の隙間などから侵入するリザードマンらが、守備隊兵のセオリーを無視し、通路なのに側面や後方から襲撃される事態が続発。

　また死を恐れない魔獣たちの勢いは、突然戦闘に巻き込まれて覚悟する余裕もなかった守備隊兵の士気を呑み込み、各個に粉砕していったのである。

「おのれ！　皇帝陛下のお部屋は死守するのだ！」

　皇帝親衛隊のフラグソン将軍は、部下たちをまとめ、モンスターの攻撃に対して防壁を形成させた。

「敵は圧倒的かもしれない。しかし鉄の意志と、世界最強の皇帝親衛隊ならば、帝国軍が駆けつけるまで、持ちこたえられるはずだ！　よいか！　ジャガナー大将軍の帝国主力が戻るまで、時を稼げっ！　怯むな！　帝国、万歳！」

「「「帝国ばんざーいっ！！」」」

　親衛隊兵は連帯を見せ、一般の守備隊兵とは声の迫力も違った。装備も優秀、練度も高く、数はさほど多くないとはいえ、帝国軍を見渡してもその戦闘力は高い。その兵たちは皇帝のためならば死すら恐れない。

　例の光の攻撃には手も足も出ず、無力であった。しかし敵の姿が見え、それがオークやゴブリンとなれば、皇帝親衛隊は血を滾らせ、闘争本能を漲らせた。敵を殺せる。ならば何も恐れるものはない！――それが、親衛隊なのである。

　大盾を揃え、向かってくる魔物に槍や剣を突き刺す。一撃を食らい、しかしそれでも向かってくる敵を、盾で防ぐことでその敵が死ぬまでの自身の安全を図りつつ、時間を稼ぐ。

　致命傷を負っても、即死でなければ魔物たちはさらに向かってくる。親衛隊エリートともなれば、それは百も承知。迂闊に返り討ちになるような真似はせず、自身はもちろん隣で戦う仲間を守った。

　親衛隊は、まさに壁となって、魔物と戦った。その様子を、一つ目の魔物――アイボールが、やや離れた場所に浮かんで監視していた。

　　・　　・　　・

「うーん、さすが親衛隊ねぇ」

　アイボールの見ているものを、見てリルカルムは苦笑した。

　使い魔の魔法というやつで、使役する魔物の視界を映し出す。それによって、俺たちは魔の塔ダンジョン最深部にいながら、要塞攻略の様子を見ることができた。

　もう本格的な戦（いくさ）だ。

　ただ、要塞攻略戦におけるもっとも困難とされる、内部への突入するまでをすっ飛ばすことができたため、始まって早々に佳境になっていたが。

「皇帝は袋のねずみだ」

　どこまで親衛隊が頑張ろうとも、外に出ることができない皇帝に逃げ場はない。

「仮に秘密の抜け道があったとしても――」

　リルカルムがニヤリとした。

「皇帝のそばにはエリルがいるわ。逃げても、辿れるから、どの道、捕まることになる」

「親衛隊は始末していい。やり方は任せる」

「ええ、任されたわ。……と言っても」

　災厄の魔女は指先を動かした。

「消耗し尽くし、蹂躙されるまで、たっぷり魔物をけしかけてやるわ。如何に精強でも、無尽蔵な魔物たちの攻撃にどこまで耐えられるかしらぁ？」

　うわぁ……。相変わらずの加虐思考。戦いは物量。リルカルムは、皇帝自慢の親衛隊がボロ雑巾のようになるまで戦わせて、膝を折らせて、踏み潰すつもりなのだ。

　逆の立場には、なりたくないものだ。まあ、魔の塔ダンジョンの攻略では、俺たちも何度か物量で攻められた階があったが、よく切り抜けられたよな。

　皇帝親衛隊は、ジャガナー大将軍と帝国軍主力が、必ず駆けつけると思っているようだが……。彼らが駆けつけることはない。

　同情するよ。大将軍はすでに、皇帝に見切りをつけて、南部戦線に行ってしまったからな。

　来ない援軍を待ち、奮戦する親衛隊。今でこそ士気はあるが、味方が駆けつけないとわかった時の絶望たるや……。リルカルムは、きっとそういう顔が見たいんだろうな。