第224話、標的はパウペル要塞
帝国軍主力は、演習の名目でパウペル要塞から出撃した。
ジャガナーが『唯一』気がかりだった、演習中止の皇帝命令は発令されなかった。
皇帝に演習のことを伝わっていないのか、あるいは皇帝が意に介しなかったのかは、わからない。だが行動前に横槍が入ることがなくてホッとしている。
出発前、親衛隊指揮官フラグソンから言われた。
『演習の成功をお祈りしております。陛下の防備はお任せを。……ただ、万が一の際は、できるだけ早いお戻りをよろしくお願い致します』
要塞が手薄な時を狙って反逆者が出て、皇帝を害するかも、という話を、フラグソンは真に受けたようだった。
――それだけ親衛隊としても、兵に浸透している皇帝への不穏な噂を無視できない状況だということか。
ジャガナーは馬上で思うのである。それにしても実に久方ぶりの外の空気である。要塞にこもり過ぎた。
一歩ずつパウペル要塞から離れるたびに、肩の荷が下りていく気分だった。副官が駆けてきた。
「現在のところ、全部隊は行軍中です。脱落、不明部隊はありません!」
「大いに結構」
脱落する部隊なんてあるのか――と思いたいところだが、長距離行軍すると、何故か不明部隊が出てきたりする。街道の一本道を進んでいる間はともかく、森に入ったり霧が出たり、部隊間が広がり過ぎると、たまに発生する。
初日の演習地についた時、部隊単位で確認できないものはなかった。全部隊健在。粛清によって幹部を失った部隊も、散歩程度ならばついてくることができたようだった。
そして翌日、ジャガナー大将軍は、従軍する全指揮官を集めた。
「諸君、演習として要塞を出た我々だが、皇帝陛下より秘密命令を受けた。我が帝国軍はこれより帝国南方に進出し、我らが領土を侵略するハルカナ軍の側面を突き、これを撃破する!」
突然の実戦の指令。これには演習と思い込んでいた各指揮官たちは驚いた。寝耳に水だったのだ。
「どういうことですか、閣下!?」
「演習ではなかったのですか!?」
「静粛に! 皇帝陛下の御命令である。それ以上でもそれ以下でもない!」
ジャガナー大将軍が一喝した。
各指揮官たちは一様に押し黙る。しかし、その心中は一つにまとまっていない。
――ああ、これは、大将軍閣下は、皇帝陛下に見切りをつけたな。
――演習かと思ったら、そこからいきなり戦場に迎えとは、皇帝陛下は何を考えておられるのだ?
――それまでさんざん動かなかったのに。一体今までは何だったのだ?
――勝手なことをおっしゃる……。
――本当に皇帝陛下の御命令なのだろうか……? もしかして、大将軍は皇帝のご意志に逆らおうとしているのではないか?
古参の指揮官ほど、ジャガナーがついに皇帝を見限った風に受け取った。――皇帝命令? それはない。
各指揮官たちの大半は、ジャガナー大将軍の言葉を好意的に受け取った。侵略者との戦いにようやく参加できると。
何もしないまま帝国が滅びてしまうのではないか――その内心の焦りがあった中、ようやく動けたのだ。
帝国軍人として、祖国の危機でようやく剣を振るえるのは、待ちに待った機会の到来であった。
もちろん、全員が全員、抵抗がなかったわけではない。中には戦場に出ることを恐れ、保身に走る者も少なからずいた。
しかし、皇帝命令とあっては逆らうこともできない。こうした小心者たちも、異議を唱えることなく、命令に従った。
かくて、パウペル要塞の帝国軍は、帝国中央に進出しようとするハルカナ軍にまず、戦闘を仕掛け、これを壊滅すべく行動を開始した。
・ ・ ・
帝国軍の温存されていた主力軍が、パウペル要塞を出た。
その報告は、要塞に潜入しているエリルから、リルカルムに伝わり、魔の塔ダンジョンから帝都を見下ろす俺のもとに届いた。
「大将軍の主力が動いたか……」
ようやく親愛なるガンティエ皇帝は、重い腰を上げたかな?
「いいえ、ジャガナー大将軍の独断よ」
リルカルムは言った。
「エリルからの報告では、親衛隊指揮官も、演習に出たとしか知らなかったみたい。少なくも、皇帝は命令を発していない」
「つまり、ジャガナーは、皇帝を見限ったわけだ」
そうかそうか、つまり、パウペル要塞は手薄か。ナジェ皇子の傭兵軍はハルマー軍、ジャガナー大将軍の主力はハルカナ軍を相手している間に――
「では、いよいよ、皇帝の隠れている穴蔵に仕掛けてもいいかな」
俺が言えば、リルカルムはニンマリした。
「待ってました。魔の塔ダンジョンの魔力吸収で、帝都周りから魔力は獲得しているわ。ここからでも要塞を攻撃できるけれど」
「まずは、要塞の機能低下と退路を塞いでしまおう」
皇帝をパウペル要塞に孤立させる。万が一、帝国軍が引き返してきたとしても、すぐに助けにこれないようにさ。
「リルカルム、始めようか」
・ ・ ・
山岳地帯の一角、岩山をくり抜いて作られた山そのものといったパウペル要塞。
その日、天から強烈な光が降り注いだ。
帝都ドーハスにあったアーガルド城、そしてライントフェル城を破壊した光による攻撃が、ついに、パウペル要塞を襲ったのだ。
しかし、ここは強固な岩盤に守られた半地下要塞。城を破壊する一撃も耐える――そう思われていたが。
岩は砕け、山の形が変わる。岩肌に合わせて作られた外壁や見張りの塔が、たった一撃で破壊され飛び散った。
一部の天井が崩れ、落下先にあった家具が潰れ、親衛隊兵が巻き添えを食らう。
「な、なんだ!? 何だ、この揺れは!?」
二度も城を破壊されたトラウマが掘り起こされたラウル・ガンティエ皇帝は叫ぶ。
「ここは、安全だったのではなかったのか!? どういうことなのだ?」
叫べども誰も現れない。皇帝自身、許可なく入ってくるなと命令しているため、従者も親衛隊員も入ってこないのだ。
――馬鹿め! こういう事態ならば、皇帝の安否を確認するために入ってくるものだろうがっ!
「お、お父様、い、いえ皇帝陛下――」
部屋に唯一いるのが娘のレムシー皇女のみ。情けなく、無様な娘のその姿に、夢から覚めたようにガンティエは吐き捨てる。
「馬鹿め! 役立たず、いや疫病神め! 黙っていろ! うおっ――!?」
一際大きく揺れて、勢いで倒れ込む。連続する要塞への攻撃。その音と震動が収まるまで、動くことができなかった皇帝とレムシーだった。
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