第223話、大将軍、親衛隊指揮官と面談する


 ジャガナー大将軍は、パウペル要塞に駐留する帝国軍の演習を決意し、各部隊にその準備にかからせた。

 一方で、皇帝親衛隊の指揮官であるフラグソン将軍のもとを訪ねた。


「ようこそ、大将軍閣下。こちらをお訪ねになられるのは珍しいですな」

「ここ最近、呼ばれない限りは皇帝陛下への謁見も叶わぬからな」

「左様で」


 フラグソンは、五十代。ほっそりした長身の男であり、皇帝の直属部隊を預かっている。他国で言うところの近衛であり、時に皇帝への無礼を働く者の逮捕、処罰なども行う。


 そして親衛隊というだけあって、その忠誠は、ガンティエ皇帝に向いている。帝国よりも、皇帝の御身が一番という者たちである。


 故に現在の帝国不利な戦況をいくら説こうとも、皇帝の判断、行動、安全が優先された。それが親衛隊なのである。


 部屋にこもり、皇帝が淫行を重ねて政務を放り出そうとも、皇帝がそうしたいのであれば彼らは何も言わない。


「皇帝陛下のご威光に泥を塗った反逆者の処理は、まもなく完了致します」


 フラグソンは、薄らと笑みを浮かべた。ジャガナーがあまり乗り気でなかった帝国軍に属する者たちへの処罰。それを引き継ぎ、容赦なく処刑を実行していった親衛隊である。皇帝のお怒りは、神の怒りとばかりに、彼らは一切手を抜かなかった。


「それは結構」


 ジャガナー大将軍としては、皇帝の命令によって、巻き添え死を食らった配下の者が何人もいたから、むろんいい気分になれるはずもなかった。

 そういう内心の苛立ちを感じ取った、フラグソンは表情を引き締めた。


「それで、大将軍閣下。用件をお伺いしましょうか?」

「先の粛正により、駐留帝国軍の指揮系統に混乱がある」


 処刑された指揮官の穴を埋めるため、新しく上官になった者たちの不慣れ、不手際。引き継ぎをする間もなく、勝手が変わって業務に支障がでるケースも散見された。


「そのうち慣れますよ」

「軍としては、いつ出動がかかるかわからぬから、ここらで部隊の練度を正常なものに戻す必要がある。少なくも、現状の不慣れさを抱えたままでは、偉大な皇帝陛下の軍隊にふさわしくない」

「それは……そうです。皇帝陛下は、世界を治められる方。その軍隊もまた最強、最高でなくてはなりません」

「その通りだ。精鋭であるために、ここらで演習を行い、より練度を高める必要がある。目下、皇帝陛下の帝国を踏み荒らす蛮族どもがいる。こやつらを蹴散らせる軍でなければ、存在する意味がない」

「実にその通りでございます、大将軍閣下」


 フラグソンはそこで目を細めた。


「しかし、皇帝陛下は、このパウペル要塞から果たして軍を動かすでしょうか?」


 じっと要塞にこもり、女にうつつを抜かしている。帝国の危機にも、現状維持を命じて特に指示も出さなかった皇帝。これまでを見れば、今後も軍を動かさないのではないか、とフラグソンは指摘した。


「いつ御命令が出ても動けるようにするのが軍の務めである」


 きっぱりとジャガナーは断言した。


「また、このまま要塞防衛で動かずとも、ハルマーやハルカナが攻めてくれば、否が応でもない。その時になって、準備していませんでした、で皇帝陛下に恥をかかせるわけにはいかぬだろう? 御身にも関わることだ」

「まったくその通りです」


 いちいちもっともな言い方をするジャガナー。帝国の、ではなく皇帝のため、と繰り返し、皇帝絶対主義のフラグソンに反論させない言葉選びをしていた。


「そんなわけだから、帝国軍は練度向上のため、大規模な演習を実施する。正直に言って、このままこの要塞にこもったとして、敵が攻めてくるのは時間の問題である。陛下に勝利をもたらすためにも、急いで仕上げねばなるまい」

「軍の意向はわかりました。偉大な皇帝陛下のため、帝国軍には奮励努力を期待いたします」


 フラグソンは頷いた。だがそこで、細面の指揮官は首を傾げた。


「しかし、何故それをわざわざ私めに知らせにきたのです?」

「今は情勢が不安定な時である。故に情報の交換、意思疎通を図るべきであると愚考する」


 ジャガナーははっきりと告げた。


「特に、皇帝陛下が表に出ないことが増えている今、皇帝陛下をお守りする親衛隊にも、急な事態に対応する際、より円滑な連携が必要となるやもしれぬ」


 親衛隊と帝国軍、その命令系統のトップは皇帝であるものの、組織図的には枝分かれしているため、互いの繋がりは薄い。皇帝の勅命がなければ、互いの仕事に口出しはできないのだ。


「貴公も知っておろうが、最近、皇帝陛下に対するよろしくない噂が官民問わず、浸透していると聞く。不穏な分子など言語道断だが、不満の声は日に日に大きくなっている」

「実に嘆かわしいことです」


 フラグソンの目が冷たく光った。


「陛下のご威光に異を唱えるならば、死あるのみ」

「当然だ。しかし、噂が広まり、もはや出所がわからぬ」

「そんなもの……適当な者を締め上げれば、わかりますよ」

「なら軍の末端の兵全員を親衛隊で拘束してみるがいい」


 ジャガナーは、フラグソンを睨んだ。


「むろん、それは不可能な話。適当な者を捕らえて締め上げるなどの悠長な手をとっていれば、兵の不満は爆発し、親衛隊と敵対するだろう。そもそもの話、我らで抑えられるなら、全体に不穏な話が蔓延するはずがないのだ。だがここまで事態が大きくなっているのは、親衛隊の怠慢ではあるまいか?」

「本来は、それぞれの上官が、そうなる前に取り締まるものではありませんか、大将軍閣下。責任転嫁というものですよ」

「その上官たちが、例の件で粛正された。その結果がこれだ。事態が大きくなるまで動かなかった親衛隊は、皇帝陛下への忠誠が足りないのではないか」

「……大将軍閣下、少し落ち着かれたほうがよろしい」


 フラグソンは手を挙げた。


「少々、感情的になっておいでだ。閣下も、親衛隊批判をするために来られたわけではないのでしょう?」

「……すまぬ。最近は、厄介事ばかりでな。わしも気が立っておる」

「心中、お察し致します」


 言葉だけだろうがな――ジャガナーは心の中に留めた。


「話を戻そう。今回の演習で、一度軍の引き締めを行う。で、表向き演習だが、裏に一枚、策を噛ませる」

「と、言いますと?」

「皇帝陛下のあり方に不満を抱く者をあぶり出す」


 ジャガナーは告げた。要塞に駐留する帝国主力軍を演習に出撃させた際、要塞の防備は落ちる。その隙をついて、皇帝を亡き者にしようと企む者が現れるかもしれない。


「まさか! それは反乱ではありませんか!」

「そう、そのまさかだ。それだけ不満が爆発しそうな雰囲気を、残っている将校たちも感じて、疑心暗鬼になっている」


 ジャガナーは低い声で言った。


「他国の侵略によって占領された土地の出身者も、兵の中におる。いつまで立っても救援に軍を差し向けないことに不満を抱いても不思議ではあるまい?」


 だからこそ、今回の演習で、そうした追い詰められた反逆者をあぶり出す。


「脱走や反逆者が出てきたところを片付け、軍をすっきりさせる。脱走者は演習に出た部隊全体で追い詰めればよいが、問題は反逆者がいた場合だ。皇帝陛下の御身を守護するため、親衛隊には特に臨戦態勢でいてほしい。むろん、反逆者が出たら我々も駆けつけるが、それまで何としても皇帝陛下を死守してもらいたい」

「……事態はそこまで想定せねばならないところまで来ているのですか」


 フラグソンが表情の読めない顔になる。ジャガナーは頷いた。


「そうだ。故にわしは、お主とこうして話しておるのだ。……まあ、実際は、忠勇なる帝国兵に、反逆者などおらんかもしれん。だが万が一に備えねばならない。……わかるな?」

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