第228話、皇帝の処遇
魔の塔ダンジョンを攻略して戻る――そう約束した通り、俺はヴァンデ王国に帰ってきた。
が、王城に到着したら大騒ぎだった。無理もない。こっちでは突然、魔の塔が消え、俺たち攻略パーティーも消息不明となっていたからだ。
「兄さん! 無事だったんだね!」
「心配をかけたようだな、ヴァルムよ」
「魔の塔ダンジョンが消えて、どうなったかわからないから不安だった。塔が消えたのは、世界の終わりの前触れという者もおってな」
「俺たちが攻略している最中に移動したらしいな。攻略した後に知ってね」
「移動、というと、どこにいたんだい?」
「まだ知らせは来ていないか。ガンティエ帝国の帝都に転移していた」
「帝国の帝都だって!?」
ヴァルム王は驚いた。その反応は……そうだろうな。
「魔の塔ダンジョンは最深部を攻略し、その制御を手に入れた。邪神の復活もない」
「ほっ、それは喜ばしいことだ。王国の暗黒の三十年がようやく終わりを告げたのだな」
今日は祝杯だ!――ヴァルムが言えば、周囲にも喜びが広がった。そして俺は、例の件を話すための準備にかかる。
「さて、ヴァルムよ。極めて重要な案件がある。とりあえず、二人だけで話さないか」
「私の部屋に行こう。ひょっとして、帝都に移動した魔の塔ダンジョンの扱いについてかい?」
あのダンジョンが帝国にあって、何かよからぬ使い方をされたら困る――と言ったところだろう。
「半分当たりだ。だが残り半分も極めて大事なんだ」
ということで、俺とヴァルムは、王の執務室へ場を移した。人払いをした後で、俺は切り出した。
「ラウダ・ガンティエ皇帝を捕虜にした」
「……何だって?」
皇帝を捕虜と聞いて、ヴァルムは固まった。そりゃ驚くだろうさ。
「魔の塔の制御を手に入れて、場所も近かったし、なにより帝国軍主力が南方支援に出払って、パウペル要塞が手薄だったからな。この機会を逃すべきではないと判断した」
「確かに、軍の主力がいれば、捕らえることは不可能だっただろう。……兄さんの判断は正しい」
ヴァルムは頷いた。
「それで、皇帝は?」
「魔の塔ダンジョンに収監している。途中の階にちょうど牢獄フロアがあってね。場所には困らないさ」
「皇帝を捕らえたということは……。この戦いは――」
「終わる、と言いたいところだが、そうはいかないだろう」
何せ、ハルマーとハルカナと交戦している帝国軍の残党。第二皇子のナジェがいて、ジャガナー大将軍の主力軍も健在だ。特にジャガナーが、皇帝を見限っている以上、ナジェを担ぎ上げて、新たな皇帝に据えようとするのは、充分予想された。
「むしろ、皇帝が捕虜となって、独断専行を咎められることもなくなったからな。これ幸いとばかりに、ナジェに合流し、新たな帝国を宣言するかもしれない」
前は、皇帝派とナジェ派で争わせて、潰し合えばと話したが、その時とは状況が変わってしまったが。
「とりあえず、ナジェとジャガナーが、ハルマーとハルカナを撃退するか否かで話は変わってくるが……俺の計画を聞いてくれるか?」
「聞かせてくれ、兄さん」
「ラウダ・ガンティエには、当面、皇帝でいてもらう。ただし、実際はこちらの傀儡だ。傍目にはこれまで通りの関係だが、実質、帝国はヴァンデ王国の属国みたいなものか」
「!」
ヴァルムが息を呑む。かの大国であるガンティエ帝国が、ヴァンデ王国が支配すると言っているのだ。
「帝国には、これまで我が国に与えた損害分、賠償金を支払ってもらう。そのためには帝国民には高い税を納めることになるだろうが……こちらも、帝国の介入で民が酷い目にあっているからな。恨むなら、皇帝を恨め」
帝国民から税を搾り取り、それを他国にばらまく。ヴァンデ王国はもちろん、帝国被害者の国々の分も賠償してもらおうかな。
「本来、税は民を守り、生活を向上させるために取るものである。それは外敵から守るための軍事費も含まれる。盗賊や他領から荒らされたり奪われたりすれば、民の生活も成り立たないからな」
しかしそれらはお金が掛かる。治める人間の財産だけではあれやこれやと全てを満たすことはできない。だから、民にお願いしてお金を徴収しているわけだ。
「勘違いしてはいけないが領主は、お金をもらった分、領民を守る義務が生じる。決して領主だから、貴族だからお金持ちというわけでもない」
納めた税が、王族や貴族の贅沢に使われるというのは民からしたら腹立たしいことだろう。苛烈な身分差別が、さも貴族は尊いと勘違いを生み、逆らうことが悪いことだと風潮が当たり前になっている。だが、何のための税金かと考えれば、民を蔑ろにしてはいけない。
その当たりがわかっていない馬鹿貴族が、重税を課してなお自分の贅沢を図ったりするが……俺が王であるなら、そういう馬鹿貴族は財産没収して身分剥奪の上、追放してやる。
「と、話が逸れたな。そういう本当の意味の税を逆転させる。つまり、帝国には本来自分の国のために使うはずだった税を、他国に使ってもらう」
賠償金と聞けば、帝国が負けたと民が理解するなら、多少は耐えようと思うだろうが、そうでないなら――帝国は負けていないと思う人間からしたら、これは相当お怒り案件だ。何故、我々の払った金が他国を潤すために使われているんだ、と。
「これは、相当、民の怒りが皇帝へ向くだろうな。ラウダ・ガンティエには、民から嫌われてもらう。もうすでにアレではあるが、自国民から殺したいほど憎まれる皇帝として歴史に名を残してもらう」
後世、未来永劫、ラウダ・ガンティエの名が出る時、とんでもなく愚かな王だったと子供でも知るくらいに。
「賠償金を払い終えるまで、皇帝陛下には、ありとあらゆる恨みを買ってもらおう。他国にも自国にもな。こちらへの罪をすべて清算したと奴が安堵した時、すべての罪を背負い処刑されてもらう。自分が許される、償いをしたなどと勘違いするかもしれないが、ただ利用されただけだ。帝国民からは売国奴と罵られ、誰からも認められることなく生涯を終えるのだ」
それでも、帝国民にとっては、一瞬の満足とともに怨嗟が残り続けるだろうが。すまんな、こちらが優先なんだ。
「結果的に、奴が処刑ならば、よしとしよう」
ヴァルムは静かに笑みを浮かべた。
「しかし、そうなるとハルマーやハルカナが勝ってしまうと、帝国からの賠償金が取れなくなってしまうのではないかな?」
「そこなんだよな、問題は」
俺も苦笑する。敵の敵は味方、として利用できるかと思うが、皇帝の身柄を押さえ、利用する気満々の現状からすると、少々面倒になってくる。
「その辺りは、もう少し様子を見る必要ある」
ナジェ皇子と、ジャガナー大将軍がどう立ち回るか、そこも影響する。できれば彼らにも表舞台からご退場願いたいからね。
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