第213話、竜の番人


 図書館炎上とかいう地獄。書棚の本に全部火がついたら、魔法陣が現れた。はいはい、全部が炭になるのを見届ける必要がないので、さっさと魔法陣へ入って次へ行った。

 ふっと闇が訪れる。


「やあやあ、ようこそ。人が来るとは、実に久しぶりだ」


 男、女、どちらとも取れそうな中性的な声が響いた。とっさに武器を構える俺たち。


「まあ、落ち着いてくれよ。ボクはキミたちの敵ではないよ。この階の監督者だ」


 闇の中、声をするほうを凝視すれば、邪教教団のマントをまとった人型がいた。しかし、その頭はドラゴンのそれ。


「ドラゴニュート……?」

「正解だ」


 竜人ともいわれる、ドラゴンの頭を持つ獣人とも亜人とも呼ばれる種族だ。人間に比べて体力や力があり、魔力にも優れる。滅多に人前に現れない種族なので、名前しか知らないという例も少なくない。


「いやぁ、しかし、こんな階にまで来るなんて、凄いね。キミたち。いつから始めたか知らないけれど、よくここまで辿り着けた。おめでとう、キミたちは立派な邪教教団員エリートだ」


 気さくに話しかけてくるドラゴニュートだが、あいにくと勘違いをしているようだな。


「俺たちは、邪教教団の新人でも修行に来たわけでもないんだ」

「おや、まさか外部攻略者かい? それは凄い!」


 ドラゴニュートはパチパチと手を叩いた。リチャード・ジョーが口を開く。


「ふざけているのか?」


 低く、殺意のこもった声。ここに辿り着くまでに、幾多の冒険者が命を散らし、あるいは生涯消えない傷を負った。リチャード・ジョーもまた、戦友を失っている。


「ふざけてなどいないよ。純粋に褒めているし、尊敬もしている。だってそうだろう? この塔を真面目に攻略して、この65階を突破したんだ。智と武勇を兼ね備えた勇者と呼ぶに相応しい能力を身につけているわけだ」


 ドラゴニュートは敵意もなく、言葉を紡いだ。


「世界を見渡しても、ここまでの強者はいないよ。誇っていい。キミたちは試験を乗り越えたんだ。おめでとう」

「ありがとう」


 俺は皮肉っぽく返した。


「だが俺たちは、この魔の塔ダンジョンを攻略にきた。邪教教団の野望を潰し、ヴァンデ王国から塔を解放する」

「そうかい。それはご苦労様。階段はそこにある。66階へ行くならどうぞ」


 ドラゴニュートは事務的に言った。これには仲間たちが声を上げた。


「止めないのですか?」


 ソルラの疑問に、ドラゴニュートは首を小さく傾けた。


「止める? ナゼ?」

「あなたは、邪教教団ですよね? 監督者と名乗りました」

「そう、ボクはこの階の監督者。いわゆる、フロアボスってヤツだけど、戦うかどうかは、こっちで決められるんでね。65階まで辿り着いた勇者に敬意を表して、素通りさせるよ」

「……信じろってか?」


 ベルデが目を鋭くさせた。しかし、ドラゴニュートは平然としている。


「ボクは、ここにいるのが仕事だから、邪教教団がどうなろうとしったことではないんだ。今の塔の支配者が邪教教団ってだけで、何ならキミたちが塔の支配者になったとしても、ボクはそのままここの監督者を続けるだけだからさ」


 戦わないフロアボス、か。他のところが意思疎通もできなくて、ただ戦うだけだったが、話が通じる相手なら、戦わずに済む場合もあるのか。


「信じていいものだろうか……?」

「敵意は感じないのだぞ」


 シヤンが言った。敵意など感情に敏感な彼女が言うなら信じていいかもしれない。


「わかった。信じよう」


 俺は剣を収めた。ソルラは言った。


「信じるんですか?」


 疑いたくなるのはわかるがね。このドラゴニュートが嘘をついている可能性もあるわけだし。


「嘘をついているなら、その時は始末すればいい」


 皆には不死の呪いがあるから、たとえ罠だったとしても反撃はできる。ドラゴニュートは肩をすくめた。


「心配しなくても、ボクも命は惜しいからね。繰り返すようだけど、ここまで辿り着いたキミたちを相手に勝てるわけがない」


 一瞬、ドラゴニュートが気を放った。俺と、ベルデ、そしてシヤンも感じ取ったようで、彼女はぶるりと一瞬だけ身を振るわせた。


 無害そうに振る舞っているが、こいつ、強いぞ……。


 腐ってもドラゴニュートということか。65階、ドラゴンの番人がいる階のフロアボスを自称するだけあって、戦えばそれなりの実力を持っているようだった。……下手に戦うと、最終的に勝つだろうが、激しい消耗を強いられそうだ。

 避けられるのなら、避けていいだろう。


「アレス様、自分が斥候に出て、様子を見てきます」


 リチャード・ジョーが、魔法陣の向こうを確認すると行ってきた。このドラゴニュートの罠ではないかと疑っているのだろう。わかった、と俺が頷けば、一足先にリチャード・ジョーは魔法陣で転移した。


「……まあ、疑わしいのはわかるし、さすがに慎重になるよね。ここまで来ただけのことはあるね」


 ドラゴニュートが、一人納得している。そういえば――


「お前、名前はあるのか?」

「あるよ。でも、名前を知りたければ、まずそちらから名乗るべきだと思うね、人間さん?」

「失礼した。俺はアレス・ヴァンデだ」

「ダウローだ。よろしく、アレス・ヴァンデ。……キミ、凄く呪いの瘴気を感じるけど大丈夫?」

「わかるのか? まあ、共生しているよ」

「共生! 面白いことを言うんだねぇ、キミは」


 愉快そうにダウローは言った。ソルラがギロリと睨む。そうこうしているうちに、リチャード・ジョーが戻ってきた。


「アレス様。大丈夫でした。次66階です」

「わかった。ありがとう」


 安全が確認されたので、仲間たちに移動を促す。そして、俺はダウローを見た。


「俺たちはこのまま次の階へ行くが、いいんだな?」

「ああ、ボクは監督者だからね。邪教教団員だったら『おめでとう』を言うのが仕事だったし、部外者だったとしても、やっぱり『おめでとう』を言う。……挑まれれば、自衛のため戦ったけどね」

「わかった。俺も先を急ぐ身なんでな。お前とはこれっきりとさせてもらう」

「そうかい。攻略頑張って。ゴールはすぐそこだよ」


 ダウローは笑みを浮かべたようだった。ドラゴニュートの表情はわかりにくい。……それにしても、こういう奴もいるのか。

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