第160話、杖の扱いについて
「――あぁ、たぶん、クリエイトロッドのことだと思います」
ジンは答えた。
俺は、リルカルムから、孤児院の建設について回収屋であるジンに相談することを進められたので、冒険者ギルドへ赴き、解体作業を手伝っている彼に声を掛けたのだ。
なお、今、ギルドの解体フロアでは、グレータードラゴンの部位をさらに細かくしている作業の真っ最中。ただでさえ、スケールが違い過ぎて、全体を場に出せないので、解体処理が大変なのだという。
それはそれとして――
「クリエイトロッドとは?」
「まあ、物を作る杖ですね。簡単に言えば」
直球な答えだが、ジンはどこか慎重だった。わざとぼかしているような印象さえ感じた。
「リルカルムには、大公屋敷の居住区作りの際、貸したんですよ。元の屋敷と構造がだいぶ変わってるでしょう?」
「確かに」
表は俺を殺しにくる連中をおびき寄せるダミー。実際に寝食過ごしているのは、地下の居住区。リルカルムが魔法を使って、上手く改築したものだと思っていたが、どうやらジンが貸した魔道具のおかげだったらしい。
「その杖は、まだリルカルムが持っている?」
「持ってますよ。正直、返却は期待していないんですけどね」
ジンは苦笑した。リルカルムが手放さないということは、相当便利なのだろう。
「自分が借りているのに、何故彼女はジンのところに行けと言ったのか……」
「私が貸したのは、あくまで限定的な……一度に部屋一つ分の大きさくらいしか効果がないものだからでしょう。おまけに魔力も相応に消費するので、大きな建物を作るのにはあまり向いていない」
なるほど、リルカルムが保有している杖だと、あまり効率的ではないから、ジンならもっと効率のいい杖なり魔道具を持っていると考えたのだろう。
「大きな建物を作るのに向いたモノはあるのか?」
「……もし、あると言えば、どうします?」
ジンが淡々と、しかし警戒感を滲ませる。こういう物言いは、普段の会話とはほど遠く、交渉のそれだった。何をそんなに警戒しているのか? 彼にそのような態度を持たせるほど、クリエイトロッドやその魔道具は、危険をはらんでいるのだろうか?
「孤児院を建てる。もちろん、可能であるなら。……可能か?」
「大きさにもよりますが、可能です」
ジンは認めた。
「作るのは、孤児院だけですか?」
「というと?」
他に何かあるのか?
「それなりの大きさのある孤児院が建てられるなら、それなりの規模の建造物も作れるということです。魔力と引き換えに、しかし短期間、低コストで。……意味はわかりますね?」
ジンの目が鋭くなる。建物をポンポン短時間のうちに作れるということは、災害時に活用できるのはもちろん、軍事転用が可能であることを意味する。
実際にどれくらいの魔力でどの程度のものができるかはわからないが、やりようによっては、わずか数日で国境に城壁を張り巡らしたり、一日で城や砦を建てられたり、もできるだろう。
そんな便利なものがあれば、建築業界がひっくり返る。大革命であると共に、その業種の失業者を大量に生み出す可能性を秘めている。
発注していたほうは安く、早く済むのでぜひやってもらいたいが、それに味を占めて魔道具ばかりに頼ったら、大工の仕事を奪ってしまうことになる。
……考えすぎだな。現時点では、孤児院を建てたいだけで、それ以外のものをどうこうしようとは思っていない。
「孤児院だけだ。……ただ、ダンジョン攻略で使えそうな時は、頼むかもしれない」
「……なるほど。ええ、孤児院は建てられますよ。ちゃんとした設計図があれば」
ジンは頷いた。
「つかぬ事を伺いますが、アレス。これは大公としての命令でしょうか?」
「冒険者のよしみ……いや、大公からの『お願い』だ。命令ではないから、都合が悪ければ断ってくれても構わない。その時は、他の方法を探るさ」
「わかりました」
ジンは自身を納得させるように小刻みに頷いた。
「正直、クリエイトロッドを人に貸すのは気が進まないので、私が杖で建てます。それでよろしければ、お力をお貸ししましょう」
「それで構わない。……孤児院を建てられるか? 設計とかは?」
「作ることは得意なので、大体のものはできます。どこに何が欲しいのか、その辺りは話し合いながらやっていけばいいでしょう」
この回収屋は建築にも通じているようだ。それはそれで人探しをしなくてもよさそうで助かる。
「貸すのは気が進まないとか言う割には、リルカルムには貸したみたいだな?」
「部屋を改築したいというので、それ用の小さな道具を貸しただけです。リルカルムの場合は、大きなことには魔法でやれるので、塹壕や防壁作りは、杖を使わなくてもできてしまいますから」
リルカルムは、ドカッと軍事利用ではなく、部屋などを整える細かな作業用にクリエイトロッドを使ったらしい。なるほどな……。
ジンは、クリエイトロッドの使い方について、国や軍隊に目をつけられたくないのだろう。それだけ可能性があるということではあるが、時に権力者は便利過ぎるモノを取り上げようとする。
俺はあくまでお願いで済んでいるけど、これがお隣の皇帝だったら、あらゆる手段を使って、強制的に取り込むだろうな。ジンが警戒するのもわからないでもない。
とりあえず、意外と早く建物のほうはできそうだった。人のほうも集めておかないといけないかな。
・ ・ ・
「……で、呪いから解放されて、人型になれた感想はどう、ブタちゃん?」
リルカルムは、サディスティックな目で、黒髪美女のエリルを見下ろした。
暗殺ギルドに入り込み、裏で色々私利私欲を満たしていた女である。
五十年前の、アレス・ヴァンデによる大悪魔討伐騒ぎ。悪魔にとって因縁深きアレスを支配できれば、自分の悪魔界隈での株が上がると考えてちょっかいを出した結果、返り討ちにあった。
「返事は?」
「は、はい、ありがとう、ございます……」
サキュバスは跪く。自らの用意した従属の首輪によって支配されたエリルは、もはや奴隷同然であり、結局自分のしてきたことが回り回ってきたのである。
「アナタのような、変態ビッチに打って付けの仕事があるわ。サキュバス本来のお仕事をさせてあげる。ワタシって、なんて優しいんでしょうねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
「この足置きがなくなるのも寂しいけれど」
ニンマリするリルカルム。
「適材適所ってものだからね。こちらが指名した相手を、精々殺さない程度に精を吸い取って虜にしてあげなさい」
「はい……。かしこまりました。……それで、その相手とは?」
「レムシー・ガンティエ。お隣の国の皇女様よ」
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