第161話、魔女と夢魔


 レムシー・ガンティエ皇女に取り憑けと、サキュバスであるエリルは命じられた。

 従属の首輪の影響で逆らえないエリルは、それを従うしかないが、それを命じたリルカルムという魔女に、物申さねばならない。


「よろしいでしょうか?」

「誰が許可すると思う? ブタが人間に意見するつもり?」

「……申し訳ありません」


 言えなかった。頭を下げたままのエリルだが、リルカルムは笑った。


「いいわよ。言ってごらんなさい」

「ありがとうございます……。ワタシはサキュバスなのですが……?」

「知っているわよ、ブタちゃん」

「……ワタシは女で、相手も皇女ということは女です」


 そう言った瞬間、跪くエリルの横腹を、リルカルムが蹴り飛ばした。


「そんなこともわからないボンクラだと思ってる? 女同士だから何だというの? 馬鹿にしているの、アナタ?」

「もうしわけ! もうしわけありません……!」


 跪く姿勢に戻り、さらに体を縮こまらるエリルである。従属の首輪の効果は絶大である。悪魔と言えど、その支配からは逃れられない。


「人間を下等生物だと馬鹿にしているから、こうなるのよ」


 リルカルムは吐き捨てた。


「サキュバスは相手によって姿を変える。相手が男ならサキュバスで、女だったらインキュバスになってね。……そんなことも知らないと思っているの? 脳みそまでブタちゃんになったのぉ、エリルぅ?」

「申し訳ございません、リルカルム様」

「頭だけ下げておけばいいなんて思わないことね、エリル」


 リルカルムはエリルの背中に座った。


「アナタたち夢魔は、人と交わることで精を吸い取る。相手にとって理想の姿で」

「……」

「精々楽しんできなさい。ただし殺さないようにね。レムシー以外を摘まみ食いをしてもいいけれど、皇帝と皇女は絶対に殺さないこと。あの二人には生きて地獄を見てもらわないといけないから。……わかった?」

「……はい」

「聞こえない!」

「はいっ!」


 尻を叩かれエリルは大声で返事した。リルカルムは立ち上がった。


「アナタがどれだけグズでも、間違って帝国の連中に駆除されるような間抜けなことだけはやめてね。帝国のお偉いさんが、滑稽にのたうち回る様を楽しみにしているのだから、精々踊ってきなさい。……見ているからね?」


 災厄の魔女の目が光る。頭を上げることなく跪いているエリルだが、直接見なくても強烈な寒気を感じて身震いした。

 恐怖。悪魔であるエリルが、人間によって震え上がらせられたのは、従属の首輪の効果だけではないだろう。


「お行きなさい。夢魔の名にかけて、働いてくるのよ」

「はい、リルカルム様」


 かくて、サキュバスは放たれた。ガンティエ帝国へと。



  ・  ・  ・



 孤児院を建設する――ということで、俺はジンと、敷地を確認するべくクレン元侯爵の屋敷跡へと向かった。

 なお、ソルラとカミリア、ティーツァがついてきた。ソルラは教会関係者。ティーツァも聖女だから関係者かもしれない。カミリアは……わからん。


「――結構、広いですね」


 開口一番、ジンは言った。


「とりあえず、廃材も含めて片付けしますか」


 回収屋の本領発揮である。ジンは見るだけでなく、歩いて敷地の広さを確かめつつ、焦げた屋敷の残骸をストレージに片付けていった。ソルラとカミリアもそのお手伝いをする。


「私も――」

「ティーツァは力がないからいい」


 カミリアから止められる聖女様。非力らしい。神官に力仕事は――というのはわからないでもない。

 俺も一緒に歩きながら、孤児院の建物の配置などをジンと話し合う。保護した子供たちの人数を考えたら、広いと思った敷地も案外余裕がなさそうに思えてきた。


「やはり年頃ですから、男女は分けたほうがいいでしょう。事故が起きても困ります」


 ジンが言えば、ソルラとティーツァが『あー……』と納得するような声を上げた。


「男の子と女の子で、気を遣いますね」

「そうそう。知識はなくても、異性が気になる年頃ですもんね」


 ふむ……実際に子供たちを保護しているユニヴェル教会のソルラに言われるとそうなのだろう。


「確かに。きちんと教育されているか怪しいし、それを教える前に事故は勘弁だ」


 やっぱり教育って大事だ。


「ただ保護するだけでなく、いずれ自立できるように職業訓練も必要でしょうな」


 ジンが言えば、ソルラは頷いた。


「そうですね。孤児院は基本、年齢制限がありますからね。何も教えず放り出すわけにもいきませんし」

「勉強させて、知識を得られれば、選べる職業も増えるだろうか?」


 俺が聞けば、ティーツァは笑みを浮かべた。


「読み書きできて、簡単な計算ができるだけでも、かなり有利ですよ」


 などと話しながら、細部を詰めていく。


「後は、人を集めないとな」


 孤児院を運営していく人材の確保。実際に子供たちの面倒を見て、指導する人間。料理人や、建物の保守点検、警備の人間も。


「孤児院を狙った盗っ人や誘拐なども警戒が必要ですね」


 ジンは首肯した。俺は肩をすくめる。


「ミニムムや幸せの会は、むしろ誘拐してくるほうだったが、子供を見張る意味で警備を置いていたからな。何にせよ、緊急時に頼れる者はいてほしいよな」


 黒バケツ隊は、コミュニケーションに難があるが、表で会話しない位置にいる警護として使えるな。


「それならば、ファート家もご協力します、アレス様!」


 カミリアが自身の胸を叩いて請け負った。ジンが言う。


「公募をかけて、働き手を募集しましょう。それが仕事を覚えるまで、カミリア殿の協力で来てくれる者たちに、指導などをしてもらうとして」


 一応、大公領なのだから、別の貴族に仕える者にずっと頼るわけにもいかない。細かい配慮だが、大事なところだ。


 その後、ジンがクリエイトロッドで孤児院の模型を作ったので、その配置などを見ながら五人であれこれ話し合う。

 結構出来がよかったから、俺は模型を持って王城へ行き、ヴァルム王に見せた。王都は国王の庭だから、いくら貴族たちの別荘があるとはいえ、一応ことわっておく。


「いいんじゃないかな兄さん。……孤児院というには、少々立派過ぎる気もするが」

「子供たちには伸び伸びと暮らしてもらいたいからね。孤児院の働き手を募集したいが、構わないか?」

「うむ、雇用を促してくれれば、民も潤う。孤児院を維持できる範囲でやってくれればいいよ」


 ヴァルムはあっさりと了承した。まあ、元から孤児たちは王都の民だからな。王としても、クソみたいな幸せの会やミニムムでなければ反対はしないのだろう。


 俺は、募集要項をまとめて、王都内の掲示板告知の手配をする。こういうのを担当する部下がいないので、俺がやった。


 さて、明日は何事もなければ、魔の塔ダンジョン攻略再開だ!

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