第159話、適材適所、やる気は大事


 土属性魔術師ドルーは、土木屋と言われるのが嫌いで、家を出たという。


「私の家は、その辺りから陣地構築魔法の使いと思われておりまして」

「……」


 地味で、防御向きな大属性のせいか、他の属性魔術師に比べて格下と見られることに、ドルーは不満を抱いていた。


「決して、他の属性に後れを取っているわけではない。しかし土属性使いというだけで、弱いという偏見を持たれているのが我慢ならないのです」

「そうなのか」


 俺の印象と違うんだがな。


「マルダン、魔術師界隈では、そういう土属性魔術師への偏見は存在するのか?」

「人の見方によりますな」


 マルダン爺は答えた。


「しかし、世間一般の見方ですと、火属性魔術師は人気があり、続いて風、水といった感じで、それらと比べれば土属性はあまり……」


 火属性は攻撃一辺倒で、目立つ。生き物は本能的に炎を恐れる性質があるから、それもあるんだと思う。恐怖の裏返し。その炎を操ることへの憧れというやつだ。風と水が人気なのは……よくわからん。


「土属性の人気があまりないというのはわからんな。その巨岩魔法は、城壁を砕き、一度壁を形成すれば、敵の攻撃を防ぐ」


 魔の塔ダンジョンでも、オーク騎兵の大群に襲われた時、防壁のおかげで攻撃を凌ぎ、反撃に出られた。


「攻防に非常に優れた属性だというのに」

「閣下……」


 ドルーの表情が幾分か和らいだ。マルダン爺は言った。


「やはり見た目の問題でありましょう。表面でしか物事を判断しない軽薄者たちの偏見故にございます」


 土属性魔術師が魔法を使っても、筋肉で持ち上げる戦士たちと被ってしまうというか、どこか使い手も無骨な者が多いから、さらにイメージが重なるのだという。


 要するにあれだろう。ひょろっとしたイケメンが、土属性の魔法を使えば、それだけでワーキャー騒がれる程度の、薄い偏見ということだ。……そういうイケメンが土属性を選ばないせいというのもあるかもしれない。そいつらも土魔法を地味とか思っているということだから、一概に素人の偏見だけではないか。


「見た目だけでなく、実績を評価すればいいだけの話……というのは、使う側の視点だからな」


 俺は、土属性とその魔術師を評価する。だがそれと周囲の偏見――それが特に見た目や見映えから来ているのであれば、別問題ではある。


 なので、それ以上の土属性の人気がどうの普及がどうのというのは、俺はノータッチだ。そもそも、孤児院建設の役に立つかも、という話で呼んだわけで、彼の個人的な問題を解決しなければならないことはない。


「できれば、早めに孤児たちを受け入れる態勢を整えたかっただけだから、無理というなら、普通に王都の建築業者に依頼すれば済む」


 ……まあ、時間はかかるだろうけど。

 ただ、いくらダンジョン戦利品で資金稼ぎをしたとはいえ、建てるだけが全てではないなく、魔法などで節約できるならしたかったのは本音だけどね。孤児院の維持費、働く人たちへの人件費ってのもあるからさ。


「ドルー、君にはダンジョン攻略で、土属性への偏見を吹っ飛ばすほどの活躍をしてくれればいい。期待しているぞ」

「はっ、全身全霊をかけて、大公閣下のお役に立ってみせます!」


 うん、よろしく。陣地構築魔法の使い手ということで、多少建築を知っているという話で、だからできるというものでもない。本人はおそらく建築関係には知識はあるが、陣地ならともかく、実際の建物の専門家ではないだろうし。嫌がっている、嫌っていることをやらせても、いい仕事ができるとは思えない。



  ・  ・  ・



 という話の後、俺はリルカルムの部屋に呼ばれた。


 彼女は自室に人を招くことはほとんどしない。自分のプライベート空間に、他人が入るのを嫌う性質のようだ。……好き好んで、災厄の魔女のテリトリーに入りたがる奴もいないだろうが。

 そんな滅多にないことがあれば、個人的な相談か何かかもしれない。だから俺はそれに応じたわけだが……。


「帰りたい」

「ん? 何か言った?」


 天井から頭蓋骨を吊すのは趣味が悪い。大公屋敷の地下居住区の一角が、悪魔の巣窟みたいになっていたとは。


「この骨、本物だろう?」

「わざわざ何かで偽物の頭蓋骨を作ったかもって? あるわけないでしょ、そんなこと」


 だ、そうである。もっともではあるが、できれば作り物であって欲しかった。こんな内装を見れば、仲間たちの大半はドン引きだろうな。


「で、わざわざ俺を呼んだ用件ってのは何だ?」

「個人的に、呪いをもらえないかなーって思って」


 リルカルムは愛用の椅子に腰掛けた。……そっちの椅子は普通だった。


「不老不死の呪いを返せ、と?」

「それはダンジョンを攻略した後の報酬でしょう? まあ、返してくれるっていうなら、今すぐでも全然かまわないわ。むしろ返して」

「ダンジョン攻略の暁には、な。……あといい子だったらって約束も忘れるな?」

「ワタシは、アナタの言いつけを守るイイコよ?」


 わかるでしょ、とリルカルムは、その豊かな胸を突き出すように張った。


「それで、希望する呪いはどういうのをお求めだ?」

「そうねぇ。……色欲の虜になるようなやつとか?」


 たまってるのかな、性欲に。それで仲間たちに迷惑をかけるようなのはやめてほしいのだが?


「最初に、何に使うか聞くべきだったかな?」

「隣国の皇女様に、色々わからせるっていうか? あの脳味噌死んでる女を心身ともにグチャグチャにしてやりたいのよ」


 ガンティエ帝国のレムシーとかいうお姫様か。何か気に入った――ろくな意味じゃないんだろうけど、とにかくリルカルムは、レムシー姫を玩具にすると言っていた。呪いをかけるとも言っていたから、その一貫だろう。


 リルカルムとレムシーに個人的な付き合いというか繋がりはないはずだが、魔女さんはお姫様に何か恨みのような感情があるような。……ああいうタイプが、昔あった嫌いな誰かを連想させるのかもしれない。


 まあ、俺もガンティエ帝国の王族に関しては、いい感情を抱いていないし、むしろ制裁したい対象だから、協力はするけどさ。


「呪いでいくつか見繕うが、色欲とかそういうのは、俺より、庭で飼ってる猪のほうが詳しいんじゃないか」

「猪? ああ、あのブタちゃんね」


 暗殺ギルドに潜伏していた悪魔――サキュバスのエリル。あいつは俺の呪いで猪になって飼育されているからな。俺以外の面々からはことごとく『豚』認定されているエリル。


「じゃあ、あのブタも借りるわ。……ああ、そうそう、アレス。孤児院の建設の件だけど、ジンに相談したら? あの男、面白いものを持っているから」

「ジンに?」


 面白いものって何だ?

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