第197話、決意の攻略


「――ということで、このまま魔の塔ダンジョンに挑もうと思う」


 俺は、仲間たちに告げた。

 魔の塔ダンジョン、その周りには王国軍がいて、即席の陣地を作っている。再度のスタンピードが起きた場合に備えているのだ。……当面ないと思うが、常時大部隊を貼り付けておくのは難しいから、今だけでも固めておくのは、王都住民たちにとっても安堵材料になるだろう。


 ダンジョンスタンピードをくぐり抜けた仲間たちは、無事ここに集合した。

 ソルラ、リルカルム、ベルデ、シヤン、レヴィー、リチャード・ジョー、ドルー、ティーツァ、そして回収屋のジンとラエル。


「あと何階あるかはわからない。だが邪教教団も切羽詰まってきているのは、今回のスタンピードが物語っている。……奴らも焦っている」


 俺は、一人一人仲間たちを見回す。


「最後まで一気に行くつもりだ。戻る時は塔を制覇した時か、戦闘不能で脱落する時――」

「後は死んだ時かしら」


 リルカルムが言った。ソルラが不謹慎と言いたげな顔をし、ベルデは不吉と言いそうな顔をした。こういう時、士気を下げるようなこと言われたくないという気持ちはわかる。


 前回、俺がこっそり不死の呪いを仲間たちにかけたが、皆一度死にかけ、しかしその件についてボかした。うやむやになったまま、結局なんだったかわからずにいるから、まだ不死であることを仲間たちは知らない。……どこぞで不死を調達したリルカルムと、鑑定で見たジンを除いて。


「死なないさ。我々は必ず勝つ!」


 呪いの件は黙ったまま、士気の維持。根拠はなくとも自信で、周囲を安心させることはできる。もちろん、これは信頼ありきで、信用されてなければ『何言ってるんだ』と白けられるが。


 ……しかし、戦闘不能でー、というのは俺の失言だったかもしれないな。不死ですよ、というのを悟らせない言葉としては悪くなかったが。どうなのだろうか、不死の呪いでお前たちは死なないよ、と告げたほうが安心させられたか?

 そこでソルラが挙手した。


「あとどれくらいかはわからないですが、ダンジョンでキャンプしてでも突破するということですね?」

「そうだ。制覇するとは、そういう意味だ」

「物資の持ち込みが必要ですね」


 真面目なソルラは、仲間たちにも確認するように言った。そこでジンが口を開いた。


「食料、テント、道具の一式は私のストレージで運ぶので、ご心配なく」


 高難易度ダンジョン攻略に、戦闘以外の重量物を抱えて、能力を落とすリスクは避けられる。さすが回収屋。

 俺は再度、仲間たちを見回した。


「それで、とても今更なんだが。今回で最後にするつもりだ。連戦になるし、安易に外へ戻らない。ダンジョンは過酷だ。降りるなら、ここだ」


 俺は、一人でも最後まで戦い抜く。五十年前同様にな。だが仲間たちの中で、これ以上は精神的にきついというのであれば、降りてもらっても構わない。ここから先に必要なのは、貫徹する心のみだ。迷いのある者は、去ってくれていい。


「私、同行します」

「愚問ね」


 ソルラ、リルカルムが即答した。シヤンが自身の手の平に拳を打ち付けた。


「最後まで付き合うのだぞ」


 リチャード・ジョー、レヴィーも頷いた。ジンが肩をすくめる。


「我々がいないと始まらないでしょう。お供しますよ」


 物資や食料の面でも。回収屋コンビに続き、ティーツァも首肯し、仲間たちを見回していたドルーも「行きます」と答えた。

 しばし視線を彷徨わせていたベルデは、俺が注目しているのに気づくと首を振った。


「もちろん、行くさ。そういう約束だからな」


 変身の呪いで女性の体にされたベルデ。ダンジョン攻略に付き合ったら、その呪いを解いてやるって約束があったからな。……行くのが嫌なら、いま解除してやってもいいんだがな。ここまで、よく付き合ってくれた。


「案外、その姿が似合っているのだぞ」


 シヤンが意地の悪い笑みを浮かべた。経緯を知っている人間からすると、からかってやろうという気にもなるのだろう。


「うるせぇ」


 ベルデが、煩わしいとばかりに手を振った。仲間同士でじゃれているようにしか見えないんだよなぁ。

 全員の意思は確認した。では――


「行くか」


 俺は、魔の塔ダンジョンへ歩き出す。正直に言って、スタンピードの直後で、仲間たちもそれなりに疲労している。その辺りを見ながら進めていこう。

 王国軍や王都民には早期の報復を、と演じつつ、慌てず間違いのない攻略を進めていくのだ。


『アレス・ヴァンデ様、万歳!』


 見守る騎士たちから、万歳の声が上がった。

 魔の塔ダンジョンの特殊なシステムによって、お供できない者たち。もう60階以上の俺たちと違って、新しく入った者たちは1階から進めていかなくてはいけない。本当は報復に参加したい者たちもいただろうが。


 まあ、お前たちの分まで戦ってくるさ。俺が拳を突き上げると、一際大きな歓声が上がった。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョン63階。……ダンジョン?


「船?」


 木造の、それなりの大きさの船だ。何故、船? 


「しかもここ――」


 困惑するソルラや仲間たち。ジンがマストを見上げた。


「これはまた立派な帆船だ」

「いやいや、ジンさん。帆船ってここ、『空』ですよ!」


 ソルラの言う通り、この船は空の浮かんでいた。


「飛空艇というところですかね」


 そんな空を飛ぶ船なんて、見たことも聞いたこともない面々は、俺を含めて衝撃を受けている。


「高いのだぞ……」


 船の手すりから、シヤンが下を見下ろしている。俺も見てみたが、下には真っ白な雲が海のようにどこまでも広がっていた。大地が見えない。雲の下は果たしてどうなっているのか……?

 リルカルムが腕を組んだ。


「ほーんと、このダンジョン、何でもありね」

「今に始まったことじゃないがな」


 俺は天を仰ぐ。上は快晴。太陽が眩しい。

 リチャード・ジョーが船を見回し、状況の確認を始めていた。ベルデもその後に続くが、振り返って俺を見た。


「とりあえず、どうする?」

「船を調べる」


 まずは、できそうなところから始めよう。

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