第198話、風の流れに乗って


 この空を飛ぶ船は飛空艇というらしい。外見は帆船そのもので、帆を張って風に任せて進む感じか。


「他にも動かす方法があるかもしれません」


 そう言ったのはジンだ。俺たちの中で、飛空艇という言葉を発し、一番理解しているだろう彼は船内を見ながら、仕組みを確認して回る。

 残念ながら、俺たちにはさっぱりわからん。そもそも帆船に乗ったことのないメンバーがほとんどだったりする。


「警戒と休息を交互にとれ。まだしばらく動けなさそうだからな」


 俺は仲間たちに指示をする。ダンジョンスタンピードからこっち、すぐ魔の塔ダンジョンにきたからな。休めるうちに休んでもらう。


「ジンには悪いが、船を動かす方法探しだ」

「了解」


 船を動かさないことには、進めようがないからな。この広い空と雲しかない場所のどこかに、次の階への階段なり魔法陣がある。


「それにしても、この船。どうして浮かんでいるんだ?」

「空気より軽い素材でできているとか、あるいは魔法的に浮かせている何かがあるのかもしれません」


 船内後部を捜索しながらジンは告げた。


「気球のようにガスで浮かせるとか、機械的なエンジンの類いで浮かしたり飛ばしたりって手もありますが、見たところこの船は、そういうタイプではないですね」

「よく知っているな」

「回収屋は、世の中様々なモノの知識には貪欲なんです。いつ何時、希少なモノと出くわすかわからないですからね」


 ただの石ころに見えて、実は希少鉱物だった――というのは、知らなければスルーされてしまうもの。そういう、折角の機会を逸してしまわないように、物事に精通しておくということらしい。


「しかし、参ったなこれは……」

「どうしたんだ、ジン?」


 確認すれば、彼は渋い顔だった。


「この船、飛空艇と呼ぶには原始的過ぎます。要するに、マストの帆を使って、風任せに進むしかないってことです」

「……この塔は、試練がお好きらしい」

「元々、邪教教団の修行場の一面もあるんでしたっけ?」

「これまでを振り返ると、普通に侵入者お断りのトラップゾーンが多かった気がするが」


 どこが修行場だ、と言いたくなる。クリアのコツを知っていても、きちんと突破できた邪教教団員なんていないんじゃないか?

 ジンが顔を上げた。


「とりあえず、船内でできることはありませんね」

「となると、問題は我々はどこへ行けば、ここを突破できるか、だな」


 外に戻ろう。俺とジンは、傾斜のきつく狭い階段を登って甲板に出る。見張りと休憩を半々で取らせていたが、仲間たちは全員甲板にいた。

 船首にソルラとシヤン、レヴィーが固まっていたので、そちらに足を向ける。


「どうだ?」

「風に流されています」


 ソルラが答えた。


「帆も張っていないのに、この船は風によって流されているようです」

「そう言われると、何やら不吉な予感がするな」

「すみません」

「いや。責めているわけじゃないさ」


 そもそも、ソルラが風を起こしているわけじゃないしな。

 果たしてこの飛空艇はどこへ流されているのか。ジンは、風に乗るしか動かす方法はないと言っていたが、帆を張ってスピードを上げるくらいしか、こちらにはできないか?


「そもそも、どこへ向かうのが正解なのか。それがわからないことには、このまま風に乗っていいのか、それとも抗うべきなのかすらわからん」

「前もこんな階があったのだぞ」


 シヤンが振り向いた。


「水が張った階。レヴィーがいなければ出口が見つからなかっただろうやつ」

「今回もそのパターンか……。レヴィー、何か見えるか?」


 確認してみれば、そのレヴィーは正面をじっと見つめて動かなかった。


「この先、何かある……」

「何か……?」


 はてさて、何だろう。風と同じ方向のようなので、そのまま進めばいいだろうか。飛空艇は流れに乗ったまま、俺たちを乗せて飛ぶ。


「……雲が増えてきたな」

「気味が悪いのだぞ」


 地上にいたのでは経験できない、雲が真横にあるという景色。来た時は雲より高い位置を飛んでいたが、今は上も下も横も、雲が流れている。


「気味が悪いのもわかります」


 ジンが眉間にしわを寄せた。


「我々の船は真っ直ぐ進んでいるのに、周囲の雲は逆方向に流れている。まるで我々だけが風の道を通っているみたいに」

「導かれているのか、誘い込まれているのか」


 こちらからではどうしようもないというのがよろしくない。自ら決めた道ならばともかく、流されるままというのが始末が悪い。

 リチャード・ジョーがやってきた。


「どうも、嵐が来そうな天気ですな」


 雲の色も暗くて、薄暗くなってきていた。風の音も、先ほどより聞き取れるくらいだ。


「船」


 レヴィーが呟いた。正面を見ると、黒い点のようなものが見えた。


「確かに船のようだな」


 一つ、二つ、三つ――とあっという間に数は増えて、それは上から下へと無数に見えてきた。


「……なんて数」


 ソルラが絶句する。圧倒的多数の飛空艇が、まるで渦を巻くように、ゆっくりと旋回していた。おそらく風が円を描くように流れていて、飛空艇はそれに沿って浮かんでいるのだろう。


「あそこが、流れの終着点かな」


 このまま行けば、俺たちを乗せた飛空艇も、あのたくさんの船の中に紛れることになるだろう。

 リルカルムがやってきて、帽子が風に飛ばないように押さえた。


「あの船の群れの中かしらね。次の階への入り口は」

「なるほど。他にそれらしい大地とかないなら、そうなるか」

「それ、61階と同じですよね?」


 ソルラが指摘した。


「浮遊するどれかに、魔法陣関係があるから探すというもの……。こんな近い階で、似たような仕掛けをするでしょうか?」

「わからないわよ。でも、他に手掛かりある?」


 挑むようにリルカルムが返した。ダンジョンはそんな簡単なものではない。だが他のやり方があれば聞きましょう、という魔女に、ソルラは何も言えなかった。


「地道にやっていくしかないな」

「……のんびりやっている余裕は、なさそう」


 レヴィーが言い、シヤンも目を潤ませる。


「あの船の大群の下、雲にでっかい穴が空いているのだぞ」


 底知れぬ穴。風はそこに向かって流れているようで、下方にいる船が段々、そちらに引き寄せられているように見えた。時間制限付きかな、これは。

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