第199話、流れに逆らうな


 俺たちを乗せた飛空艇は、風に流され、多数の飛空艇が漂う場所に辿り着いた。円を描くように周回する飛空艇の真下には、巨大な渦のような闇の大穴が広がっていて、ゆっくりだが、船を引き寄せているようだった。


 そこまで流されたら一巻の終わりか。

 風に流されるままのこの飛空艇には、残念ながらマストと帆を操って、この風の流れから脱出させられる方法を知っている者はいない。


 手遅れになる前に、飛行できるソルラとリルカルムが61階の時のように、次の階への階段もしくは魔法陣を探してもらう。この多数浮かんだ飛空艇の中から。


「ただ待つってだけも芸がないよな」


 ベルデが、上下左右に無数に浮かんでいる飛空艇を見やる。見たところ、人が乗っている気配はなく、どれも無人のようだった。


「この船も自力で動かせねえ?」

「マストに帆を張れば……あるいは」

「張り方知らねえぞ。アレスは知ってるのか?」

「俺もしらん」


 帆船に乗ったことはあるが、王族としてだから、動かし方とかはさっぱり。


「それにしても、下はおっかねえな」


 やはり大穴の存在が気になる。流され、そこへ引き込まれたら、戻ってこられないのではないか。


「まあ、いざとなれば、レヴィーに乗って避難すればいいさ」


 リヴァイアサンの姿になったレヴィーは空を飛べるし、俺たち全員を余裕で乗せられる。


「それもそうか。それを聞いて少し安心した」


 ベルデは納得した。はてさて、次の階の入り口はどこなのか。



  ・  ・  ・



「何だと!? 塔が消えただと!?」


 ヴァンデ王国国王ヴァルムは、その報告に驚愕した。


「魔の塔ダンジョンが消えたというのか!」


 信じられない報告だった。ここ三十年近く、王都に存在し続けた忌むべきものが消えたという。

 慌てて、自身の目で確かめにいくヴァルム。王城から見えていたそれは、確かに影も形もなくなっていた。

 見張りの兵たちも動揺している。王の後に続いたハンガー大臣が目を見開いた。


「もしや、アレス様が塔を攻略されたのか……?」

「伝令! ダンジョンのあった場所にいる兵たちに確認せよ!」


 ダンジョンスタンピードの直後、王国軍が魔の塔ダンジョンを包囲する形で布陣している。もし兄アレスが塔を攻略したというなら、戻ってきているはずだ。


「何やら胸騒ぎがする……。本当に攻略されたから消えたのか?」


 あれだけ願っていた魔の塔ダンジョンの攻略と消滅。しかしそれが前触れもなく突然起きると困惑しかなかった。


「兄上は無事か……?」


 状況がわかるまで、不安は尽きない。そんなヴァルム王だが、もたらされた報告に、思わず天を仰いだ。


 魔の塔ダンジョンは当然消滅。跡地には地下にめり込んでいた分の穴だけ空いており、アレスら攻略組の姿はどこにもなかった。



  ・  ・  ・



「……見つからなかったか」


 魔の塔ダンジョン63階。漂う飛空艇の群れの中、次の階への入り口を探したソルラとリルカルムだが、彼女たちの捜索の結果、何も見つからなかった。61階の時もそうだったっけ。


「船の中も確認しましたが……」


 ソルラが申し訳なさそうに言った。


「すべて無人でしたし、魔法陣などもありませんでした」

「マジか。また何か仕掛けがあるのか……?」


 ベルデが首を振った。ソルラは答える。


「今回はそれも気にしていたのですが、特にそのようなものもなく」

「あんだけ船があるんだ。どれか見逃したとか?」

「それを言われると……ちょっと自信がなくなってきますが」


 ソルラは目線を下げた。


「私は一通り見たつもりです」


 ちら、とリルカルムを見る。彼女はブンブンと首を横に振った。


「私も、自分の受け持ち分は、ちゃーんと確認したわよ」


 しかし、魔法陣も階段も見つからなかった。ドルーが口を開いた。


「そもそも、前提が間違っているかもしれませんね。ここに流される前に、実は別の場所に次の魔法陣なりがある大地があったとか……」

「この飛空艇だらけの場所が、そもそも無意味ということか?」

「可能性の話です。ここに辿り着く前から、船は流されていましたし」

「これまでのことを考えると」


 リチャード・ジョーが言った。


「進行方向の真逆に出口があったパターンもありましたし、ドルーの言う通り、ここに来る前に、すでに出口があった可能性も捨て切れませんな」

「それか、雲の層の外とか?」


 聖女ティーツァが、おずおずと言った。この無数の飛空艇が周回する場所、その周りは厚い雲に覆われていて、その先になにがあるのか見えない。

 ベルデが顔を上げた。


「もしかしたら、この天辺に出口があるとか?」


 何やら太陽の日が当たっているのか、うっすらと明るいのだ。


「案外、風に逆らって一番上まで昇れば、脱出できるかも――」

「それはないわね」


 きっぱりリルカルムは言った。


「だって私、上を見てきたもの。明るい雲を突き抜けたら、そこはどこまでも空が広がっていた。他に何もないくらい空っぽ。……正直、ちょっと怖いくらい何もなかったわ」

「上はなし、か」


 俺は腕を組んだ。漂う飛空艇の中になし。いかにもそれっぽく明るい天辺にも何もなし。そうなると――


「大穴に降りるしかないな」

「え……!?」


 周囲が凍りついたように押し黙った。俺が言った言葉が信じられないという顔をしている。最初に硬直を解かれたのは、ベルデだった。


「おいおい、アレス。正気か? 下は見た限りやべー穴が空いてるじゃねえか!」

「……それ、本当にやばいのかな?」


 俺は甲板の端から、真下の大穴を覗き込む。


「真っ暗でよく見えないんだけどさ。別段、風に流された船が壊れるような音がしたわけでもない。……どうだシヤン?」

「言われてみれば、特に音とかしないんだぞ」


 獣人娘は耳を動かした。俺は続けた。


「そもそも、ここの飛空艇、全部風に流されていて、遅かれ早かれ、下の大穴に行き着く。そんな状況だから、よくよく考えれば飛空艇に次への魔法陣なりを仕込むのはあり得ないんだよな。それで上がはずれなら、もう下しかない」

「……」

「行ってみようじゃないか。風に乗って、流れに乗って、終着まで」

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