第200話、飛び込む勇気


 風の流れの先は、大きな闇の穴。見た限りの印象で言えば、落ちたら最期――と想像がつく。


 だが、果たして本当にそうなのか? 印象で決めつけていないだろうか?


 他の方法が駄目だったから、もう下の穴を探るしかない――最後に残った道がそれしかないというのもある。


 俺たちがこの周回する飛空艇群の前に流されてきたところに、実は次への魔法陣なりがあったのではないか、という説もあったが、その飛空艇の流入先がいくつもあって、船が時々流れ着いているのが見えた。……この中に正解があるか? それを調べるのも大変そうだ。


「私、偵察、行ってきます!」


 ソルラが、大穴がどうなっているか見に行くと志願した。こういう時、彼女はとても度胸があるし、仲間のためにとても献身的だ。


「……万が一、何かあっても、私一人で済みますから」


 そういうところだぞ。心意気は買うが、自己犠牲も度が過ぎると困る。


「偵察ってのは、帰ってきてはじめて意味があるんだ。危ないと感じたら……いや不安を感じたらすぐに引き返せ。いいな?」

「わかりました」


 ソルラは翼を出して、飛空艇から飛び立った。一気に真下の大穴へと落ちるように。


「……見れば見るほど、不安になるのだぞ」


 シヤンがぶるりと身を震わせた。


「本当に大丈夫なのかな、あの大穴」

「……だいぶ、この船も流されてますね」


 ジンが言った。俺たちの乗っている飛空艇の高度も下がってきている。風に流されるまま、あの大穴へと引き寄せられている。


「そもそも、引き寄せられていると考えるからいけないのかもな」


 俺は思ったことを口に出している。


「ただ風が流れていっているだけで、吸い込まれているわけでもない」

「あ、戻ってきたのだぞ!」


 シヤンが声を上げた。……なんか、めちゃくちゃ慌てて戻ってきてないか? 必死の形相でソルラは、俺たちの飛空艇とすれ違い、そして甲板に落ちてきた。


「お、おいっ!? ソルラ、大丈夫か!?」

「やっぱり、下は危ないんじゃ――」


 言いかけるリルカルム。ソルラの呼吸はとても荒ぶっていて、激しく背中が上下していた。というか、ガタガタと震えている?


「ソルラ、何があった?」


 俺はしゃがみ込み、ソルラの肩に手を置いて落ち着かせる。甲板の木目を見ていたソルラは、震えながらゆっくりと俺と目線を合わせた。


「すみません。ごめんなさい。すみません、私――」

「落ち着け。もう大丈夫だ。何があったんだ?」

「わかりません。わからないんです! 真っ暗で何もないのに、突然、上か下かわからなくなって、そうしたら急に怖くなって、息苦しくなって、まるで溺れるような気がして――」

「闇の精神魔術に似ているわね、それ」


 リルカルムが言った。


「闇が、人の本能的な恐怖を呼び起こす魔法。よくわからないまま何故かとても恐ろしくなってしまう、ってね」


 彼女が説明している間に、ティーツァが神聖魔法で、ソルラの気を休め、落ち着かせる。ベルデが口を開いた。


「穴に近づいたら、そんな闇の魔法かかるとか、やっぱ危なくね?」

「似ている、というだけで、別に魔法と決まったわけではないわよ」


 リルカルムは帽子の鍔に指をかけた。


「そもそも、現象を魔法化したものってのが大多数だから、これも自然現象かもね。まさか火を見たら全部魔法だ、なんて言わないでしょ?」


 それはそうだ。ベルデが、リチャード・ジョーやドルーとしばし顔を合わせて、やがて俺を見た。


「で、どうする? このまま流れに任せるのか? ちょっとヤバいかもしれないぜ?」

「……」


 ソルラがかかったのが、自然現象なのか魔法の効果なのか。それにもよるが、今のところ判断がつかないんだよな。


 どうすればわかる……? ジンは鑑定魔法を使えるから、ソルラの症状を見てもら……いや、駄目だ。ティーツァがもう治癒系の魔法を使っている。今、鑑定しても遅い。


「発言しても?」


 ジンが言った。俺は頷きで答える。ぜひ意見を聞きたいね。


「ソルラは、急角度でダイブしていましたから、それが前後不明になった原因かと」


 下に向かって降りて、周りがすべて真っ暗になれば、ふとした時、方向感覚を失う。


「つまり、魔法ではなく自然現象。降下姿勢がまずかったと?」

「その可能性は高いと思います。彼女が方向感覚を失うくらいまで潜れて、体のほうは無傷でしたから、下の真っ暗な部分に降りてもしばらくは大丈夫だと証明されました」


 その先はわからないが。


「後は、慌てず、流れに任せていけばいいということだ」


 進もう。飛空艇の流れ着くままに。ここから自力で動かす方法を模索し、動かなければ俺たちにはやることがないのだ。……いや、レヴィーに乗って脱出する、はあるか。


 万が一、降下して船が潰れるとか壊れるということがあれば、その時は、レヴィー――リヴァイアサンでやり直しと行こう。


「俺たちより前を流れている船に注意しろ。それが壊れなければ大丈夫だ」

「前のが壊れたら脱出だな!」


 ベルデが言い、仲間たちは頷いた。風に流されている多数の飛空艇。俺たちの前にも後ろにもそれらが飛んでいる。ゆっくり、少々じれったいが、じっくり見ていこう。



  ・  ・  ・



 深い闇だった。灰色の雲の壁は、闇一色となり、飛空艇に乗っていなければ、確かに前後どころか左右もわからなくなっていたかもしれない。……こりゃソルラが怖くなるのもわかる。


 月明かりのない夜中とでも思えば……とも思ったが、この深いところから湧き上がってくる不安感はいったい何なのだろうか?


 闇は恐怖を与える。わからないもの、わからないことを人は恐れる。そういう思考、感情が、ただの夜と違って感じさせるのかもしれない。


「視界はかなり悪いですな」


 リチャード・ジョーが呻くように言った。


「雲の壁も真っ暗で、そこにあるのかもわかりません」

「前後の船も、近くのやつしか見えないな」


 ベルデが唸る。


「つーか、近くのはずなのに、見失いそうってどんだけ暗いんだよ!」


 悪い、暗視の呪いを使うわ。さすがに前の飛空艇が見えないのはまずい。……暗視でもあんまり見えないな。やっぱり変な空間だよ、ここは。

 どれくらい潜ったか、ふっと雰囲気が変わった。暗視の呪いによる視力も開けた。


「雲を抜けた」

「え?」


 ドルーやティーツァは見えていないようで戸惑う。だがベルデやシヤンなど、以前から俺とパーティーを組んでいる面々は、それぞれの方法で夜間視力を確保していた。


「開けた場所に出たのだぞ……!」

「今度は地下空間かよ!」


 ようこそ、地下世界へ、てか? 本当、何でもありだな、このダンジョンは。

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