第196話、選択と行動
魔の塔ダンジョン最深部神殿。暗黒魔術師ドゥレバーの報告に対して、リマウ・ランジャは、一切口を挟まなかった。
10歳そこそこの少年の姿ながら王都教団の指導者であるリマウは、一言もなく、『去れ』と手ぶりだけで答える。
ドゥレバーが退出し、上級魔術師のハディーゴが、リマウに声を掛けた。
「残念な結果に終わりましたな。マスター・リマウ」
「……」
リマウは、怒りを顔に出すまいとしていたが、息づかい、態度でその心情は理解できた。
「マスター・ハディーゴ。あなたはまったく残念ではなさそうに聞こえる」
「そうですか? それは心外ですな」
老魔術師であるハディーゴは、長い顎髭を撫でつけた。
「よもや、ダンジョン・スタンピードを、こうもあっさり退けるとは。呆れますよ」
「王国側には、まだまだ余裕があるようです」
リマウは眉間に皺を寄せた。
「今、ダンジョンは一部を除いて、もぬけの殻も同然。もし攻めてこられたら、上層まであっという間ですよ」
「そうでしょうか? 私はそうは思いませぬが」
魔の塔ダンジョンのモンスターも手強いが、何より地形やトラップも侵入者に牙を剥く。正直、モンスター抜きの現状で、先駆者の情報を活用したとしても、かなりの出血を敵に与えることはできるだろうと、ハディーゴは確信している。
「まあ、今から入ってくる者たちなどどうでもよいことです。アレス・ヴァンデら最精鋭には、過去に突破した階のモンスターがいなくなろうと関係ありません」
まだ突破していない階が重要であり、それより下の階のモンスターが全ていなくなったとしても、アレス・ヴァンデらには意味はないのだ。
「とはいえ、王都を破壊したのですから、多少の時間稼ぎにはなるでしょう」
「王都壊滅、王城陥落となれば、あわよくばアレス・ヴァンデを諦めさせられる可能性もあった……」
リマウは顔をしかめた。
「時間稼ぎにしかならないとは……。世の中に幻滅ですよ」
「これはいよいよ、腹を括らねばなりますまい」
ハディーゴは言ったが、リマウは目を伏せ、口を閉じた。
この期に及んで、リマウは、生贄によるブーストでの邪神復活を躊躇っている。成功率が下がるから――失敗した時のリスク故だろう。
沈黙が場を支配する。リマウは踏ん切りがつかない様子だった。ハディーゴは辛抱強く待つ。失敗したら、取り返しがつかないというのがまた、安易な決定を躊躇わせているのだ。しくじれば次は数十年後である。
「ならば、別の方法を探るしかありますまい」
ハディーゴの言葉に、リマウのは瞼を開いた。
「この魔の塔を、ヴァンデ王国から撤退させます。……そうですな、現在、大変情勢が怪しいガンティエ帝国辺りなど如何でしょうか?」
「ヴァンデ王国から、撤退ですか。マスター・ハディーゴ」
「はい。尻尾を巻いて逃げるのです」
「……」
ハディーゴの視線は鋭い。これはリマウに行動を促していた。
「我々は五十年前の復讐を兼ねて、ヴァンデの地に魔の塔を突き刺した。邪神が復活した暁には、この国を消滅させるために」
大悪魔によるヴァンデ王国の破滅。邪教徒を滅ぼすべし――しかしモルファーの野望は、アレス・ヴァンデによって阻止された。……五十年経っても、また同一人物にここまで妨害されるとは思いもしなかったリマウやハディーゴである。
「ヴァンデ王国を真っ先に血祭り、とはいきませんが、どうせ他の国で復活させようが、邪神によって滅びるのは確定した未来。順番の問題でしかありません」
「……」
「生け贄を用いたブーストで復活の失敗を憂うのであれば、成功率を上げるために手段を選んでいる場合ではないでしょう」
アレス・ヴァンデによって数十年がかりの計画が潰れるのは、邪教教団モルファーとしては許容できないことだった。
「なに、ガンティエ帝国は、今、ハルマー、ハルカナと交戦しており、その支配者が誰になるかはわかりませぬ。その間に、魔の塔ダンジョンが攻略されることもありますまい。邪神復活は、確実、確定です」
ハディーゴは不敵な笑みを浮かべた。リマウはため息をついた。
「ヴァンデ王国に背中を向けるのは、屈辱です」
「背に腹はかえられませぬぞ、マスター・リマウ」
老魔術師は告げた。
「要は、復活させ果たせばよいのです。それ以外のことは、些事です」
「あなたのように気持ちを広く持てれば、楽なのでしょうね、マスター・ハディーゴ」
リマウは席を立った。
「……では、これまでと同じように。最善と思える手を取りましょう。……まあ、これまでの最善策は、ことごとくアレス・ヴァンデに潰されましたけど」
生贄策を渋るばかりに、以前ハディーゴが提案した、王都で騒ぎを起こせば、という考えをもとに、ダンジョン・スタンピードを起こしたリマウである。
そのハディーゴはニヤリとした。
「アレス・ヴァンデが絡めば、ですな。しかし、ガンティエに飛べば、奴も絡まない。成功しますよ、マスター・リマウ」
「そう願いましょう」
リマウは頷いた。
「それで、場所はどこにしましょうか、マスター・ハディーゴ?」
「元帝都ではどうでしょうか。少し前にダイ・オーガが地ならしをしましたし、皇帝も帝都から逃げておりますれば、すぐに討伐軍などが送り込まれることはありますまい」
「素晴らしい。では、そうしましょう」
邪神復活のために。世界から邪教徒を一掃するために。
・ ・ ・
ヴァンデ王国を襲った魔の塔ダンジョンによるスタンピードは収まった。
俺は城に帰るまで兵士や民から、感謝と尊敬を浴び……少々こそばゆい思いを味わった。五十年前の英雄物語のせいで、余計に盛り上がっている感じだ。
悪い気持ちではないが、少々視線が怪しくなる。堂々としていればいいのだが。スタンピードに立ち向かった騎士や兵士、民にも犠牲は出たが、それを忘れるほどの熱狂――いや、たぶん皆、そういう辛いものから目を逸らしたいのだろう。……いいだろう。皆の心の救いになるなら、英雄を演じよう。それが王族の務めでもある。
「兄さん、よくやってくれた」
弟ヴァルムからは、ハグされた。よく帰ってくれたという家族のハグだな。ついで一緒にいた王の息子リオスにも健闘を称えられた。周りの臣下たちからも王都を救ったことを賞賛されたが、これは俺だけの力ではなく、戦った皆の勇気と献身あればこそだ。
と思いつつ、皆、王都の被害の大きさを知れば頭を抱えたくなるだろうから、少しでも彼らの士気を保てるならば、ここでも道化を演じる。
……いやいや、それはそれ。これはこれとして。
「敵はダンジョン・スタンピードを起こした。これは連中が追い詰められているからだ。魔の塔ダンジョンの最深部は、近い」
「「「おおっ!!!」」」
周りの者たちから声があがった。ヴァルムは目を見開く。
「本当なのかい、兄さん?」
「私はこれから、討伐隊を率いて魔の塔ダンジョンを攻略する。我がヴァンデ王国は一歩も引かない覚悟だ。次に帰るのは、塔を攻略したあとだ。……諸君、もう一息だぞ!」
「「「「おおおっ!!!」」」」
歓声が強くなった。やられたら即お返しする。王都をやられた借りを、素早い報復に切り替えることで、打ちのめされた民の心に火を灯す。民のために、時に虚勢を張らねばならないのが王族の辛いところよ。
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