第195話、英雄の凱歌


「うーん、これは、どういうことだ……?」


 邪教教団モルファーの暗黒魔術師ドゥレバーは、困惑していた。


 一時は洪水の如くモンスター軍団が、王都に広がっていったのだが、それが途中で押し止められ、それどころか、次第に数が減らされているような。

 空から攻め立てるグリフォンやワイバーンも、地上からの魔法などで、減っている。翼を生やした人間――天使だろうか? それがすれ違いざまに飛行魔獣を切り裂いていたし、強力な魔術師がいるようで、複数体まとめて吹き飛ばされる。


 ドゥレバーは魔の塔からの見渡す。空中も大概だが、地上でも、肉眼で見えていた大型魔獣やゴーレムの姿が時間と共に、消えていく。

 遠距離視覚の魔法で、ドゥレバーは原因を探る。


 ――何か、人が跳んでいる?


 人間離れした跳躍で、建物から建物を移動する騎士らしきものを捉えた。


「何だあれは……?」


 フロアマスター級ドラゴンが、その騎士によって倒される。


「馬鹿なっ……たった一撃でドラゴンを仕留めただと!?」


 そんなことがあり得るのか? そんな人間が果たして存在するのか。そう考えて、英雄王子アレス・ヴァンデの名が脳裏をよぎった。


 ――そうか。あいつがその呪われし王子か……!


 ドゥレバーの焦りは時間と共に増大する。

 冒険者だろう戦士たちに、王国軍の騎士や兵士。それらがオークやゴブリン歩兵を倒しつつ、塔へと近づいてくる。


「これは、いやまさか……」


 ダンジョン・スタンピードである。それがこんな簡単に跳ね返されるものなのか?


「ぐぬぬ……」


 歯噛みしたところで、事態は好転しなかった。明らかにモンスター軍団は劣勢だった。

 リマウ師の命令を受けた王都攻撃だったが、鎮圧されるにしても、一日保たないとは思いもしなかった。



  ・  ・  ・



 王都攻防戦は、半日にも及ぶ激闘となった。

 数で勝るモンスターだったが、冒険者たちの奮闘もあって、次第に戦力を磨り減らし、包囲網を狭められていった。


 圧倒的な破壊と殺戮をもたらすはずだったフロアマスター級のモンスターが、王国軍に大きな被害をもたらす前に、先に駆除されたことも、戦線が維持された要因の一つだった。

 戦力を残したまま、王国軍はモンスターを魔の塔ダンジョンまで押し返し、やがて塔は沈黙した。


 モンスターの増援は途絶えたのだ。王国軍と王都に大きな被害を与えたダンジョン・スタンピードだったが、人類はその波を打ち砕いたのだった。

 王城にて、戦況を見守っていたヴァルム王のもとにも、前線から報告が届いた。


「王国軍は、ダンジョン・スタンピードを撃破。現在、魔の塔ダンジョン周囲を包囲し、守りを固めております!」

「うむ、ご苦労だった。警戒は継続しつつ、逃げ遅れた住民の確認と被害を確認せよ」

「はっ!」


 伝令が下がり、ヴァルム王は一息ついた。王太子であるリオスは、老いた父王に言う。


「鎧を脱がれますか? お体を大事になさってください、父上」

「よい。まだしばらくこのままで」


 前回、防具を身につけたのはいつだったか。ヴァルムはとっさに思い出せなかった。


 王都でのダンジョン・スタンピード。魔の塔ダンジョンが現れてから、最悪に備えて非常時の手順は定められていたものの、それが実際に効果を発揮したのは今回が初めてであった。


 おそらく第一撃で王都は壊滅的被害が出るだろうと、予想されていた。ダンジョン・スタンピードと共に、住民の避難場所として王城を解放。王も住民の逃げ込んだ王城防衛に参加しつつ、可能ならば全体の指揮を執る。


 ――もっとも、私が王城で剣を抜く事態ということは、おそらく最期の時になるだろうが。


 王国軍は迅速に反撃に移ることができた。いち早く反応した冒険者ギルドの冒険者たちが初動で反撃に出て、モンスター軍団の侵攻を一時的に押し止めたからだ。


 ――兄さんが、冒険者ギルドを正常化していなかったら、果たしてどうなっていたか……。


 ヴァルムは思わずにはいられない。腐敗と、帝国のスパイによって牛耳られていたかつての冒険者ギルドであったなら、これほど素早い対応、迎撃はできなかったのではないか。


 その場合、今も王都はモンスターの蹂躙を許し、王城のほうが包囲されていただろう。


「アレス大公の活躍は、見事でした」


 リオスが、隣に立った。


「ここからでも、巨大な魔物が倒れていくさまが見えました。我々は伝説が間違いではなかったのを目の当たりにしたのです。伯父上は、大悪魔を討伐した本物の英雄だということを」

「まさに。私も実際に兄の活躍をこの目で見たのは初めてだ」


 ヴァルムは目を細める。

 すでに一人で大悪魔に立ち向かっていた兄アレス。その彼が、本気を出せば、ドラゴンだろうと大型の魔獣やゴーレムだろうと、たちまち倒される。


「あの大物殺しの活躍があればこそ、防衛に成功したといっても過言ではあるまい」


 アレスが大型の敵を倒していくのは、遠く王城からも見えた。もしアレスがやってくれなければ、その大型種を多くの騎士、冒険者らが取り囲んで相手をしていただろう。そして倒すまでに、多くの血が流れていたはずだ。それらの大物に払うはずだった犠牲を省けた分、雑兵処理に兵たちを投入することができた。


 結果、味方の損害は抑えられ、逆に魔の塔ダンジョンを包囲するところまで追い込めたのだ。


「さすがだよ、兄さん。王国の民は、今日という日を忘れないだろう」


 五十年前、伝説となった英雄は、再びヴァンデ王国を救ったのだ。その活躍は後世に語り継がれるべき所業だ。



  ・  ・  ・



 ダンジョン・スタンピードの鎮圧は、王城に逃げ込んだ民たちにも伝わった。彼らは王都の被害の大きさに愕然とした。壊れた建物も多く、凶悪な魔獣の死体処理を、兵たちが進めていた。

 そして破壊の跡に沈む巨大なドラゴンや魔物の死体を見て、何故、城と自分たちが助かったのか理解できなかった。


 戦った騎士や兵士、冒険者たちは、それぞれ自分たちの活躍、奮闘あればこそと誇った。だが二言目には必ず、こう添える。


「アレス・ヴァンデ様が、先陣切ってドラゴンや化け物を退治なさったのだ」


 英雄王子――伝説の騎士。人々は知る。伝説は本物だったと。

 ヴァンデ王国にアレス大公あり。彼がいれば、如何なる敵をも討ち滅ぼすだろう、と。

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