第194話、吹き抜ける風のように


 邪教教団モルファーの暗黒魔術師ドゥレバーは、魔の塔ダンジョンから放たれる魔獣軍団の姿に歓喜していた。


「これこそ、紛れもない破壊だ! 邪教徒共を殲滅せんめつせよ!」


 言葉が通じるわけではないが、王都を侵食するダンジョン・モンスターたちの、破壊と殺戮に胸を躍らせるドゥレバーである。


 ダンジョンの大半の階から、モンスターを引き抜いて王都に放つ。上層部からの命令は、一時ダンジョンの防衛力の低下に繋がるのだが、背に腹はかえられない。王都で問題を起こせば、冒険者の進撃の足止めになると考えられた。

 もっとも、ドゥレバーに言わせれば、それは些細な問題だ。邪教徒とその町を破壊できるなら、それ以上は望まない。


「いいぞぉ……。このまま王都を破壊して、我らが邪神様、復活の贄とするのだぁ!」


 魔獣軍団は、王都を突き進む。建物を壊し、ただ本能の赴くままに。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョンを中心に王都に広がる魔獣を、王国軍が包囲する。進撃を阻み、王都住民の盾として踏みとどまる中、冒険者たちを中心に敵を切り崩していく。数を減らして、包囲を狭めていきたいところだが――


「さすがに大型相手ではな!」


 俺はカースブレードを手に、フロストドラゴンへと一気に踏み込む。冷気をまとうドラゴンが咆哮をあげれば、周りの者たちを震えさせる。それはドラゴンの迫力か、はたまた冷え切った空気のせいか。俺にはどちらも関係ないがな!

 一刀両断、切り落としたフロストドラゴンの首が、ゴトリと地面に落下する。


「アレス様!」

「大公閣下!」


 周りの声を背に、俺は次の獲物を求める。ゴブリンやオークなどは、冒険者や王国騎士でも対抗できる。

 しかし、フロアマスター級や、中級以上のモンスターの相手は難しい。こいつらを早く黙らせることが、この戦場の優位確保に繋がる。


 つまり、こちらの戦力をごっそり削る可能性のある魔物を、俺が狩っていくわけだ。刈りとられる前に、こっちから引き抜いてやる。


 建物を砕きながら、大型ゴーレムが闊歩する。撒き散らした瓦礫に、味方のはずのゴブリンが巻き込まれて潰れるのが見えた。ゴーレムには、ゴブリンなどただの肉の塊か。

 巨大ゴーレムの肩へと飛び乗る。うー、高いなぁ。


「魔喰い!」


 ゴーレムを動かす魔力を呪いが喰らう。基本的にこの手のゴーレム系と呪いは、あまり相性がよくない。身体能力が下がるとか、何か病気に――ということがないからだ。


 だがゴーレムを構成する魔力を遮断するのはできる。呪いと言っても、全部効かないわけではない。何を使うか、適切な呪いならば充分効果を発揮する。たとえば、必殺の呪い――相手を確実に殺す一撃を繰り出せるが、俺も死ぬ――も通用する。もちろん、蘇生までの時間やその後を考えると、こういう混沌の場で選択するのは効率がよろしくないが。


 魔力を奪われ、ゴーレムが立っていることもままならなくなる。俺は素早く次の足場へと退避。崩れるように倒れたゴーレムが、足元のオークやゴブリンを踏み潰した。一石二鳥ってやつだ。


 民家の屋根に飛び乗る俺。身構えつつ、いち早く次の獲物を見定める。屋根の上だからといってのんびり観戦を決め込む余裕はない。じっとしていれば、小賢しいゴブリンアーチャーなどから弓で射かけられる。


 食らったところで俺は死なないが、被弾から再生までの能力低下はいただけない。不死身だからといって、ダメージは受けないにこしたことはないのだ。


「……ワイバーン」


 低空に舞い降りた翼を持つトカゲが高速で向かってくる。翼を広げたその大きさ、6メートルから8メートルくらいかな。

 下を行くオークやリザードマンらより、いち早く移動できるってのはいいよな。だが――


「俺にとっては、飛んで火に入るなんとやら、だ!」


 黒き呪いの靄を噴射、否、撃ち出す! 呪いの塊をもろに浴びたワイバーンは、体から根こそぎ力を奪われ、下を行く魔物たちの上に墜落、巻き込んだ。


「呪いが効く奴なら、むしろ大歓迎だ」


 高速飛行体が墜落した衝撃で、地上にいた連中も巻き添えだ。雑魚は効率よくやっていきたい。


 俺は、屋根から屋根へ移動する。高いところから見渡せるのは視界の面では助かるが、同時に狙われやすくもある。ちょっと気を抜くと、矢が飛んできて、足元に刺さる。動き続けないとな。


 視界の中で、魔法の炎を浴びてグリフォンが落ちていくのが見えた。魔術師や弓使いたちが対空戦闘を繰り広げている。


 立て続けに雷が落ちて、俺は思わず耳を塞いだ。連続した雷が、グリフォンやワイバーンを的確に貫き、地面へと叩き落とした。……今のはリルカルムかな? 空を飛んで戦っているソルラには、当てるなよ。

 ガラガラと民家を砕く音が響く。次の大物――フロアマスター級!


「臭い奴が、人様の町を来るんじゃない!」


 猛毒を撒き散らすポイズンドラゴンが、我が物顔で王都を進撃している。振りまく毒のせいで、冒険者も兵士も近づけない。


「二度あることは三度ある、って言うが――」


 カースブレードの一閃は、余所にかまけて俺を見落としたポイズンドラゴンの首を飛ばした。


「さすがに三度目ともなると、格落ちだよ、お前は」


 フロアマスター勢揃いともなれば迫力はあるが、ドラゴンパーティーは経験済みだ。


 頭を失い、その場で鎮座するポイズンドラゴン。こいつの死後も毒の水溜まりは消えないし、まだ毒性分が残っている。撤去したいところだが、今は戦闘中だ。それに、毒に耐性のある魔物以外は、こいつの死体の周りには来れないだろうから、一種のバリケードになる。次だ、次――


「アレス!」


 ソルラの声と、グリフォンが側面からダイブしてくるのに気づいたのは同時だった。カースブレードを握り込み、カウンターを仕掛けようとした矢先、グリフォンの首と翼が飛んだ。ソルラが仕留めたのだ。


「アレス! 突出し過ぎです!」

「わざと突出しているんだよ!」


 俺の周りは敵だらけ。屋根をつたって移動しているが、ひとたび下に目を向ければ、オークなど以外にもトカゲや狼、スライムなどの魔物もいっぱいだ。


「強敵潰しだ。潰せば潰すほど、王国側に有利になる」


 それに、一人のほうが、呪いも使いやすいのでね。……少なくとも味方を巻き込むことなく、敵に集中できる。


「ソルラ、空の敵は任せるぞ。特に戦闘区域外に出たり、王城などへ飛んでいこうとする奴は必ず潰せ! 空はお前の独壇場だ。頼む!」

「わかりました! アレスも気をつけて……!」

「お前もな」


 ソルラと別れ、俺は目につく強敵を叩くべく、さらに敵領域へ踏み込む。……俺と同じく屋根をつたっているジャイアントスパイダーを見かける。次は、あいつだ――!

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