第193話、ダンジョン・スタンピード


 魔の塔ダンジョンから、モンスターが溢れ出した。


 ダンジョンにモンスターが増えると、環境を守るため、増えすぎたモンスターを放出する現象がある。

 それが、ダンジョン・スタンピード。モンスターの吐き出しだ。


「そんな馬鹿なっ!」


 ギルマス代理のボングは驚愕した。


「魔の塔ダンジョンで、モンスターの増加現象など、これまでほとんどなかった! それが……何故、急にスタンピードなんか」


 王都にある魔の塔ダンジョンでは前例がないという。俺は五十年ぶりの人間なので、ここに魔の塔ダンジョンが出来てからのことはほとんど知らないが、異常事態なのは間違いない。


 ギルドフロアにいた多数の冒険者たちは動揺していた。ダンジョンとしては、たまにある話でも、人工ダンジョンとも言われる魔の塔では一度も起きていないのであれば、混乱しても仕方がない。

 だが――


「とりあえず、戦える冒険者は全員出て、王都の防衛だ!」


 俺はフロア中に聞かせるつもりで声を出した。ボングや冒険者たちは俺を見た。


「王都の危機だ! 民を守り、モンスターを撃退するんだ!」

「し、しかし、相手は大群!」


 スタンピードを知らせにきた若い冒険者は言った。


「とてもかないっこない!」

「それでも! ここは王都だ。お前たちの住んでいる王都だろうが!」


 俺は一喝した。


「お前たちはなんだ? モンスター退治の専門家、冒険者だろう!? ここに、お前たち以上にダンジョンのモンスターに精通している者はいない!」


 空気が揺れる。誰かがハッと息を呑んだのが聞こえた気がした。


「自分たちの家を自分たちで守らなくてどうする!? 戦え! 民のため、自分のために! どうしてもかなわないなら、民を王城に誘導しろ! それも立派な仕事だ」


 俺は踵を返す。


「冒険者の意地を見せろ!」


 後ろは見なかった。ソルラやシヤンは何も言わずとも動いていたが、そこに『オオッ!!』と野太い冒険者たちの声が響いた。


 見ればそれぞれ武器を手に俺の後に続く。……気合いは充分だな。ヴァンデ王国の冒険者たちは、一流の戦士の気概を持っている。頼もしいことこの上ない。


「さあ、魔物狩りだ! 王都民にプロの技を見せてやれ!」

『『『うおおおおおっ!!!』』』


 うるさいくらいに気合い入りまくりだった。……うん、知ってる。お前たち内心では怖いんだな。王都では初のスタンピードだ。余所で経験している者もいるかもしれないが、今回が初めての者もいるだろう。

 震えて当然、怖くて当たり前。恥ずべきことではない。皆そうなんだ。恐怖を紛らわせるために、必要以上に声がデカくなるものだ。これこそ、戦場よ……!



  ・  ・  ・



 冒険者ギルドを出た冒険者軍団は、王都中央の魔の塔ダンジョンへと向かう。

 逃げる王都民。そしてそれを追うダンジョンのモンスターたち。ゴブリンやオーク、リザードマンなどが武器を手に向かってくる。


「突撃! 住民を救出しろ!」


 逃げてくる民もろとも魔法で吹き飛ばすわけにはいかない。戦士たちを中心に突撃だ!


「弓使いと魔術師は、空の敵を迎撃!」


 グリフォンや大型猛禽などが王都の空を乱舞する。不幸な住民や家畜が、その足に掴まれて、空へと連れ去られる。


「アレス!」

「行け!」


 何も言わずとも、ソルラの言いたいことはわかった。だから行かせた。翼を生やし、彼女は空の魔獣に挑む。狙撃銃を持つラエル、魔術師であるリルカルムも空中の敵に狙いを定める。


 俺はカースブレードを手に、向かってくるオークやホブゴブリンを切り捨てる。一刀両断。数だけは多い雑魚め。


「それにしても、何なんだよこれは!」


 ベルデがナイフで、ゴブリンの首を裂きながら言った。


「ダンジョンからモンスターが消えたんじゃなかったのかよ!?」

「消えた、というより、外にバラまくために集めたというべきかもしれないな」


 俺は、サイクロプスの振り上げた棍棒こと、一つ目巨人を斬撃で仕留める。


「魔の塔ダンジョンは、邪教教団が作り出した人工ダンジョンらしいしな。各階にいる奴らを根こそぎ動員したから、ダンジョンが空っぽだったのかもしれない」

「だがよぅ、なんで今になってモンスター・スタンピードを……?」

「さあな、俺にわかるか――と言いたいところだが、もしかしたら……」

「何だ、心当たりがあるのか?」


 リザードマンが斧を手に迫る。ベルデは回避。すると入れ替わるようにシヤンが入ってきて、必殺の拳で、硬いトカゲ戦士の顔面を粉砕した。


 呪雷――! 俺は正面から向かってくるオーク五体をまとめて倒す。


「確信はないが、これまでやらなかったことを突然やってきたってことは、連中も切羽詰まってきたんじゃないか?」

「というと?」

「俺たちは最深部のすぐそこまで迫っている。だから慌てた邪教教団の奴らが、スタンピードを起こして、王都の破壊に出てきた」

「なるほど!」

「邪教教団の奴ら、慌てているのだぞ!」


 ベルデ、そしてシヤンが戦いの中、ニヤリとした。あと何階で最深部かわからない。だが、スタンピードが邪教教団の仕組んだことなら、王都を攻撃してこちらの進撃を阻もうとする説も、一定の説得力はあると思う。


 ゴールは近い。その言葉は、仲間たちの心に勇気という名の火を灯した。


「だったら、余計、ここで負けるわけにはいかねえな!」

「とっととぶちのめして、一気に魔の塔ダンジョンを制覇するのだぞ!」


 冒険者たちは、果敢にダンジョンのモンスター軍団に挑む。

 しかし、多勢に無勢。蟻の集団のごとく、ダンジョンから溢れた魔物たちは王都に広がっていく。


 王都冒険者でもトップクラスの大半が、魔の塔ダンジョン攻略で深手を負い、離脱している状況。中堅とそれ以下の者たちが大半の今の王都冒険者ギルドは、如何にも戦力不足だった。


 だが、その時、高らかな角笛の音が王都に轟いた。それはアレスの耳に、ひどく懐かしく、そして力強く木霊した。


「王都騎士団、推参! 魔物どもを追い払え! ヴァンデ王国、万歳ッ!」

『『『『『ばんざーいっ!!』』』』』


 王国軍の援軍が到着した。ヴァルム王が緊急招集をかけ、動かした王国の守人たちだ。不意を突かれたスタンピードだったが、冒険者たちが多少なりとも敵の足を鈍らせた間に戦力を整えた王国軍は、王都と民を守るため、戦場に駆けつけた。


 ヴァンデ王国の旗の下に。

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