第178話、必殺の呪い


 魔の塔ダンジョン60階の主は、竜の意匠の鎧兜を纏う重騎士。


 どういう理屈かわからないが床を滑るように移動する竜騎士は、さながら騎兵のようである。実際、そいつのメイン武器は騎兵突撃のお供である騎兵槍である。

 突進する竜騎士の体当たりを、横へ飛び込むことで回避。あまり回避が早いと、微妙に方向転換して、轢きにくるからだ。


 あんな猛スピードタックルを受けたら、モーニングスターでぶん殴られるが如く、内臓や骨が砕かれてしまうだろう。


「速すぎるぜ!」


 すれ違いざまに、ナイフを投擲するベルデ。しかし投げナイフは、竜騎士の甲冑に弾かれる。

 なら、これでどうよ!


「闇の手!」


 俺は呪いを飛ばした。黒い靄が腕のように伸びて、竜騎士を捉えようとする。しかし反転した竜騎士は、正面から靄に突っ込み、そして何事もなく突き抜けた。こいつも呪いが効かないタイプか。


 突進を回避する。スピードはあっても、攻撃が直線的過ぎるから、タイミングさえ外さなければ避けられる! 素人は、そのタイミングを図りかねて、吹っ飛ばされるだろうが。


「こいつ、ちっとも落ち着かないのだぞ!」


 シヤンが駆ける。竜騎士が旋回に掛かるところで追いつき、右側――騎兵槍のある方から突っ込む。左のバックラーには火吹きが仕込んであるからだ。

 強烈なシヤンの飛び蹴りが、ダイレクトにヒットした。しかし、竜騎士は、彼女の攻撃は軽いとばかりに倒れもしなければ、そのまま走行を続けた。


「硬すぎるのだぞ!」

「だが、懐に入ってしまえば――」


 ベルデが同じく右側から、竜騎士に肉薄する。


「その長物も役に立たないっしょ!」


 その瞬間、竜騎士は360度ターン。つまり横に高速一回転した。懐に入れば、槍は振るえない? ではそのまま回転すれば、その範囲内をひと薙ぎにできる。人の形をしていても人間ではない竜騎士ならではの攻撃。


 ベルデは咄嗟にガードしたが、騎兵槍で横から殴られ、吹っ飛ばされた。駒のような回転。しかし――


「頭なら、どうだ!」


 シヤンが再度ジャンプし、竜騎士の頭上から魔力を溜めた拳を振りかぶる。その場で回転しようとも、頭上の敵への対処は困難。いかに頑丈な兜でも、その衝撃は竜騎士の中身に響く!


「っ!?」


 竜騎士は回転しなかった。ただ左腕のバックラーを、上から迫るシヤンへと向けたのだ。そう、もっと簡単な迎撃方法があった。その場で回転したことで、離脱できなかったからこそ、単純に左手を敵に向ける余裕ができたのだ。


 先刻飛び込み、炎の餌食になったソルラと同様の運命がちらついた時、圧倒的な水が竜騎士の盾に直撃し、その体を押し出した。


 レヴィーだ。水を操るリヴァイアサンが、水のブレスの威力を抑えて、敵を押し出す程度で食らわせたのだ。その一撃は明らかに、シヤンを丸焦げの危機から守るものだった。


 致命の一撃を与え損なうシヤンだが、同時に虎口を脱することができた。竜騎士は押し出されたのを好機とみたか、反転して加速。高速移動に移った。


 一度距離を取って、向きを変えると、竜騎士は騎兵突撃の如く、突進を開始した。その先はレヴィー――ではなく、倒れたソルラと彼女を治療中のティーツァ。


「まずいっ!」


 ベルデもシヤンも間に合わない。リルカルムやドルーの魔法でも、竜騎士は止められない。リチャード・ジョーが大盾を構えて、ソルラとティーツァの前で壁になろうとするが、竜騎士の突進はおそらく彼を吹き飛ばし、後ろの二人もやられるだろう。ラエルが狙撃銃を撃ったが、敵は止まらない。

 止められるのは、俺しかいない!


「アレス様!」


 俺は、仲間たちの前に出ると、突進する竜騎士に正面から突っ込む!


「アレス!」


 ベルデやシヤンの声が重なる。俺と竜騎士は真っ正面からぶち当たるコース。あっという間に距離が縮まり、おそらく俺は槍に貫かれて――


 胴を騎兵槍が貫いた。肉や内臓がゴッソリ抉られた感覚――悪いな、痛覚は切ったんだ。


 貼り付けの呪い!


 俺なんか軽く勢いで押し込めるだろう竜騎士の突進。しかし如何なるものも、その場で動けなくする超重量の呪いを発動。俺がその場で動かなくなり、竜騎士もまた押せず、キュルキュルと床を削る嫌な音が虚しく響いた。やがて無駄と悟ったようで、竜騎士も動きを突進を止める。

 動きが止まったなら、超重量の呪いを解除。


「次の攻撃で、必ず死ぬ必殺の呪い――!」


 自分に呪いをかけ、俺は胴を貫かれたまま、間近にいる竜騎士にカースブレードを軽く叩きつけた。首が飛んだ。竜騎士は死んだ。


「……そしてこの呪いは、俺も死ぬ」


 敵を必ず殺すのと引き換えに自分も死ぬ、必殺の呪い。意識が急激に闇に飲まれていく。周りで俺を呼ぶ声も遠くなる。

 大丈夫、だいじょう……ぶ――


 俺は死んだ。たぶん、僅かの間。不老不死の呪いがかかっている俺が、死ぬわけないだろ。死んでも蘇生する。


「いててててっ!」


 騎兵槍を引き抜いた時、声が出た。痛みをカットする遮断の呪いを使っていたはずなのに、一度死んだからリセットされたか? ああもう……!


「いててて、じゃねえよ! 大丈夫なのかよ、アレス!?」

「アレス様!」


 ベルデとリチャード・ジョーの声。ああ、やばい、まだ胴体に穴が空いてる。声が出なくって、息苦しくなってきた。肺がやられたか? 残っていた空気を『いてててて』で消費するとか馬鹿みてぇ……。まあ、すぐ再生する。


 少し喋れないでいると、ティーツァが治癒魔法を使ったようだった。胴からドバドバ血が流れていたみたいだが、どこから新しい血が湧いてくるのかね。


 ややして、穴はなくなった。息もできるようになった。深呼吸して、体の異常を確認。先ほどまでうるさいくらいだった周りが、今では何も言わずに、俺を注視していた。


「お待たせ。もう大丈夫だ」


 周りが盛大にためていた息を吐いた。リルカルムが口を開いた。


「ね? これが不死の呪いってやつ」

「生きた心地がしなかった……」


 リチャード・ジョーが疲れたように言った。


「驚かせてすまん。俺は大悪魔の不死の呪いをかけられていてな。……死にたくても死ねない体になってしまっているんだよ」


 まあ、今回のような場合は、非常に助かる呪いではあるけどね。ただ反動はあるから、やっぱり気持ちのいいものではない。痛いものは痛いし、場合によってはさっきみたいに窒息寸前状態の苦痛があったりするしな。できれば使わないにこしたことはない。


「ソルラは大丈夫か?」

「ええ、アレス」


 横になっていたソルラが起き上がった。酷い火傷かと思ったが、ティーツァが上手く治療したようで、装備が多少焦げている程度になっている。


「あなたが無事でよかった……」

「お互いにな」


 番人だった竜騎士は倒れた。60階、突破だ。

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