第177話、竜の騎士


 邪教教団側が何を考えているかは知らないが、俺たちは未踏破階の攻略を進める。

 魔の塔ダンジョン60階。前の59階と同じく、不思議な材質でできた壁や床。屋内なのはわかるが広く、障害物もあって小さな村を積み木に変えたような雰囲気があった。


「気をつけるのだぞ」


 シヤンがその狼耳を動かす。


「たぶん邪教教団の者たちが、そこら中に隠れているのだぞ!」

「こっちが人数少なくなった途端、人海戦術か」


 舐められたものだ。

 こちらのメンバーは、俺、ソルラ、リルカルム、シヤン、ベルデ、レヴィー、ジン、ラエル、リチャード・ジョー、ドルー、ティーツァ。計12人!


「願わくば、59階に出てきた3人より弱い奴でありますように」


 ベルデが呟くように言った。たった3人に合同攻略パーティーは壊滅したが、ここにいる敵ひとりひとりが、そのレベルでないことを祈りたいが……。


「そうもいかないかもしれないな」


 何せここは、60階。敵が手強いのは当然だ。リルカルムが杖を掲げた。


「とりあえず、積み木の障害物ごと、辺り一面なぎ払えば、数も減るでしょうよ!」


 我らが災厄の魔女が大魔法を行使。紅蓮の炎が衝撃波となって、前方の地形ごと全てを吹き飛ばした。

 障害物ごと、潜んでいた敵が焼き尽くされる。


「いいねぇ、これでやられるようなら、雑魚確定」

「ちょっと! ワタシの魔法が凄いだけなんだからね!」


 何やら文句をつけるリルカルム。正面がきれいさっぱりしたところで、俺たちは前進する。魔法で一掃されたのなら、これほど楽なものもないが。

 ソルラが辺りを警戒する。


「アレス。忘れていないと思いますが、いつもなら、この階は――」

「フロアマスターはドラゴンタイプ、だろ?」


 今度は果たして、どんなドラゴンか。先の55階では、スケール感が半端なく違ったグレータードラゴンがいて、リヴァイアサン化したレヴィーと大ドラゴンバトルをしでかした。


「大きいだけなら、倒す……」


 少女の姿をしているレヴィーが、珍しく鼻息も荒く言った。リヴァイアサンからしたら、そこらのドラゴンは、サイズからして小動物だからな。先のグレータードラゴンが例外なだけで。

 積み木のような障害物ごと、リルカルムが魔法で吹き飛ばすため、俺たちは手持ち無沙汰で進めた。ボスが控えていると思えば、温存できるのは楽だが。


「いる……」


 レヴィーがボソリと言えば、シヤンも身構えた。


「強いヤツの気配だぞ」

「いよいよ、フロアマスターのご登場か」


 リルカルムによる蹂躙で、この階は突破も時間の問題だと思われた。そんな俺たちに立ちはだかるこの階のガーディアンは――


「人……?」


 ソルラは訝る。それは重甲冑を纏う騎士のようだった。しかし、ただの人間とは思えなかった。

 手足が太く、がっちりした体躯。兜はドラゴンを思わす意匠で、手には騎兵槍。ただし馬などはいない。


「あれもドラゴン?」

「どう見ても、人だろう?」

「人……?」


 ベルデの発言に、ソルラは再度繰り返した。竜兜の騎士――竜騎士とでも呼んでおこう。この竜騎士は、兜の奥で目を光らせた。

 騎兵槍と左腕のバックラーを構えた。臨戦態勢……やる気だ。


「あれがフロアマスターなら、叩くだけよ!」


 リルカルムが魔法を詠唱、幾重も絡まりあった雷の束を放った。オークだって一撃死する雷を束で食らえば、ひとたまりもない。


 竜騎士は盾を出して、雷の直撃を受ける。魔法が、弾かれた……! 対魔法付きの防具かもしれない。


 次の瞬間、竜騎士の足下で耳障りなスリップ音が響きだした。その予想だにしない音に眉をひそめたその時、竜騎士が床の上を直立したまま、猛スピードで突っ込んできた。


「回避!」


 人間としては長身、強靱な巨躯。馬はなくとも、騎兵が突撃するが如くの突進。直撃すれば槍で串刺しか、タックルで吹っ飛ばされる!


「やべえ、速いぞ!」


 ベルデが口走る。味方が左右に避けたことで、突撃をやり過ごすが、速すぎて、こちらが反撃する間がない。積み木のような障害物がなくなり、広々とした屋内を、竜騎士は滑るように高速移動する。


「いったい、どんな仕掛けだよ!?」


 緩やかにターンして、こちらに向き直ると、またも真っ直ぐ突撃してくる。動きが完全に騎兵のそれだ。


「ならば止める! 巨岩!」


 土属性魔術師のドルーが、岩の塊を飛ばした。59階で岩壁の魔法が、発動しない特殊素材の床や壁であるのを学習しているから、生やすのではなく、直接巨岩をぶつけにかかったのだ。

 竜騎士は騎兵槍の向きを変えた。飛んできた岩の穂先が触れ、粉砕された。


「なにっ!?」


 槍など巨岩の前に折れると思った。だが現実は、竜騎士の槍は岩を砕いたのだ。


「ドルー!」


 リチャード・ジョーがドルーを押して、竜騎士の突進コースから魔術師を外させた。


「人型をしたドラゴンだっていうのか……!」


 60階の守護者。ほぼドラゴンが番人を務めていた階に現れた竜騎士。


「それでも!」


 ソルラが翼を生やして、飛び上がるとターンをする竜騎士に高速力を発揮して迫った。


「そうそう機敏には――!」


 側面や後方から接近すればどうなるか。ソルラは一気に距離を詰めた。

 しかし、竜騎士は瞬時にその場で、ターンし接近するソルラに向き直る。一瞬、虚を衝かれたソルラだが、かまわず剣を手に突っ込んだ。

 竜騎士は盾を向け、その盾から炎を噴き出した!


「!?」

「ソルラ!」


 炎に包まれ、しかし次の瞬間、彼女は灼熱地獄から飛び出した。しかし、ダメージが大きいようで、ふらつき、そして床に倒れ込んだ。


「ティーツァ! 彼女を治療!」

「はい!」


 ヒーラーであるティーツァが走る。俺、ベルデ、シヤンが、敵の注意を引くべく竜騎士に突進する!


「よくもやりやがったな!」

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